1-12. 昔を知る人

「ああ、そんな深く考えなくていいから。それより、私が伝授した紅茶の淹れ方、正解だったろう? あれはねえ、イギリス帰りのご婦人から教えていただいた特別な淹れ方なんだよ。紅茶の味は淹れ方でも左右されるからね」

「そうだったんですか」


 律はなるほど、と頷いた。イギリスと言えば紅茶、紅茶と言えばイギリス。道理で美味しかったはずだ。


 類がどこでそのご婦人と知り合ったのか、という問いはほとんど意味がないことを律は良く知っている。元来の持ち前の社交性と明るさ、そして家業は接客業ということも手伝ってか、類にはとにかく知り合いが多いのだ。

 今に始まった事ではない。


「イギリスといえば、どうして――」

 前に類と千代嬢が交わしていた会話を思い出して律が言葉を発しかけると、とある日本家屋の前で類が足を止めた。


「着いたよ。ここだ」

 ごめんください、とよく通る声でにこやかに言いながら類が門を開き、玄関の前に立つ。

 しばらく待つこと数分。玄関がキイと開き、家の内側から白髪の入り混じった初老の男性が顔を覗かせた。角ばった骨格をした顔立ちに丸い眼鏡、そして冷静そうな光を宿す瞳。


「こんにちは、陣内教授。突然お邪魔してすみません」

 類が言うと、その初老の男性は厳格そうな顔をくしゃりと崩し、笑顔でドアを大きく開けた。


「よく来たね、東雲くん」

「お久しぶりです、教授もお元気そうで」

 玄関口でしっかりと握手をし合う男性陣。律が静かに後ろに控えていると、挨拶を交わし終わった陣内教授が律の方に身を乗り出した。


「ところで、そちらが例の?」

「ええ、私の助手の小早川律くんです」

 律から手で示され、律はすっと頭を下げる。


「初めまして、小早川律と申します」

「初めまして。さあ、君も遠慮しないで中へお上がり」

「恐縮です、ありがとうございます」

 深く一礼をし、律は二人に続いて教授の家の中へと上がり込んだ。


「ところで東雲くん、今回の件は舶来品についてだと聞いたが」

「ええ、そうです。ここにそのオルゴールがありましてね」

 歩きながら類が後ろを振り返り、律が抱えている巾着袋を指し示す。


「そりゃ楽しみだ、早く見なければ。さ、二人ともこの部屋へどうぞ」

 律と類が通されたのは、壁に掛け軸の掛かった静かな和室だった。壁は柔らかな笹色、床は清潔な畳。部屋の真ん中には大きな木製の机が置いてある。


 教授に促され、類に続き律が座布団の上に座ると、新調したての畳のような、かぐわしい匂いがふんわりと香った。


***

 日本茶が出され、めいめいにそれを啜っていると、教授がまずは口火を切った。

「さて、それじゃ早速見せてもらおうかな」

「そうですね。律くん、出してくれるかい」

「はい」

 律は頷いて、抱えていた巾着袋からオルゴールを慎重に取り出した。黒く表面を光らせる机の上に律がそっと置いたそれを、教授は真剣な目でじっと見つめる。


「どこで製造されたものなのか、そして壊れているのか否かも見ていただきたくて」

 類が言うと、教授は顎を触って何かを考え込みながら頷いた。

「なるほど。少しだけ、触っても大丈夫かね?」

「はい。依頼人に許可はいただいています」


 いつの間に、と律は驚いて類に無言の視線を向けた。その意味を汲み取ったらしい類はニヤリと笑って律にひそひそと耳打ちする。

「私のすることにぬかりはないよ。さすがだろう?」

 左様で。律がその顔の近さに緊張しながらぎこちなく頷くと、類は満足げな微笑みを浮かべて律の耳元から顔を離した。


「ああ、やはり」

 しばらくオルゴールを四方八方からじっくりと検証していた陣内教授が口を開く。

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