1-8. 『蛍』

 さっき千代嬢が発した「聞いてみれば分かる」との言葉の意味が、律には分かった気がした。類の表情からも、同じ考えである様子がありありと見える。

 オルゴールから奏でられる『蛍』のメロディーは、千代嬢が言った通り二番、つまり二曲分までしか繰り返されなかった。


「お分かりになるでしょう、この曲は……『別れの歌』として習う曲です。あの人はこれを、『今の僕の気持ちにぴったりだ』と言って贈ってきました。それも、壊れたものを。これは……一体、どう解釈するのが正解なのか、私、分からなくて」


 唇を震わせ、そう絞り出すように語る千代嬢。両隣のご令嬢がおろおろと肩を抱いたり、背中をさすったりしている。

 話は途中だったが、律にも千代嬢が恐れている内容は分かった。

 

「あ、あの……!」

 沈黙の中に千代嬢のすすり泣きが入り混じり始めた室内で、律が令嬢たちと同様におろおろとしている中。穏やかな声がその場に響き渡った。

「なるほど、承りました」

 何を承ったんだ!? 律は驚いて、隣の青年を見る。お嬢様方も同感のようで、ぽかんとした目が類に集中した。


「その贈り物を送ってきた葉月良純様の真意を突き止めてほしい、とのご依頼ですね」

「……そ、そうなんです!」

 涙を拭き、目元に力を込めて目一杯強く頷く千代嬢。

「私がどう勘ぐろうとも、事実そのものは変わりません。こうなったら、きちんと良純さんの真意を受け止めたいのです。それが……どんな結論であったとしても」

「かしこまりました。そのご依頼、受けましょう」

 微笑みを崩さず、あっさりと類は頷いた。

「あ、ありがとうございます!」

 千代嬢はほっとしたように胸の前で手を握り、しきりにぺこぺこと頭を下げる。


「千代さん、よかったですわね!」

「ええ……お二人とも、こんな私事に付き合って下さって本当にありがとう」

 手を取り合って安堵し合うご令嬢たちをよそに、類が何かを考え込んでいるのを律はじっと見つめていた。その口元がニヤリと吊り上がるのも。

「ところで、一つ質問よろしいですか?」

「ええ、勿論です。何でしょう、東雲様」

 不思議そうに首を傾げる千代嬢に、類は安心させるような穏やかな笑顔で口を開いた。


「葉月良純様の留学先は、イギリス方面ですか?」

「えっ……」

 ひゅ、と息をのむ音がする。千代嬢は目を丸くして、はくはくと浅い呼吸を繰り返した。

「ど、どうしてですの? 私そこまでお話できていなかった気がするのですが」

 息を整えた千代嬢が類の方に身を乗り出す。

「なあに、簡単な推理です。ところで、どうです? 合ってますか?」

「……正解ですわ」

「なるほど。では、また来週の土曜日、同じ時間にこの『よろず屋茶館』へ来ていただけますか? それまでに真相を突き止めて見せましょう」


普通ならここで疑わしそうな表情をするのが通常の反応だろう。しかし、千代嬢は一寸の迷いもなく笑顔で頷いた。

「分かりました。ぜひ、よろしくお願いいたします」

「すみませんね、お時間を頂戴してしまって」


「いいえ、そんなことありませんわ。それにしても東雲様、小早川様」

 少し落ち着いたのか、千代嬢が紅茶を一口飲んでから柔らかく微笑んだ。

「本当でしたのね、この『よろず屋茶館』のご評判は」

 律は類の顔を見る。肝心のこの茶館の主人はにこにこと底知れない笑顔で「ありがとうございます」などと言っていた。


「この部屋に来られるのは、その部屋の主と助手に相談事がある客のみ。一度訪れれば、極上のお茶とお菓子でもてなしながら、依頼を解決してくださると――そんな噂を聞いていたのですが、確かにその通りでした」

「これはこれはありがたいご評判を。ですがまあ、その結論は来週に実際確かめていただければ幸甚です」

「ええ、よろしくお願いいたしますわ」

 どうやら契約完了のようだ。律は笑顔になった依頼者の表情を見てほっとしながら、お客様と類のグラスに紅茶を追加すべく席を立った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る