1-5. あいすてぃーは魅惑の音

 はい、と律の目の前に新しいグラスを差し出しながら類が肩をすくめる。

「……よく見てましたね。本当に視界が広いお方で」

 確かに律が食器棚から出したグラスは四つだが、その作業をしていた間、類はお客様の相手をしていたはずだ。

「君、自分の分だけ注がないつもりだったろう。全く君は……」

 やれやれと首を振る類から颯爽と遠ざかり、律はカウンターにグラスを置く。律としては出来るだけ早く歩いたつもりだったのに、類は数秒と経たずに律に追いつき、持っていた追加のグラスを一つカウンターに置いた。


「君の遠慮深さにはほんと参るよ、もはや頑固の域だね。椅子だって最初はお客様と私の分しか用意しないし」

「いや遠慮深いと言うか、常識をわきまえたまでです。そもそも使用人と次期ご当主が肩を並べて座るのはおかしいんですよ、分かってます?」

「君は使用人じゃない、私の助手だろう」

 それは詭弁というやつだ。思わずこめかみを手で押さえながら目線を上げた律は、興味深げにそわそわとこちらの様子を伺うご令嬢たちの姿を見る。

 いけない、お客様をお待たせしてしまっている。律は視線を類に戻すと、口を開いた。


「別に深い意味はないんです。紅茶の量も沢山は作れませんでしたし、足りなくなったら怖いのでひとまず四人分淹れようかと……。大体、今回作れと仰った紅茶、作り方まで贅沢すぎるんですよ」


 この明治において、紅茶はかなり高級かつハイカラな飲み物である。一般人である律にとっては、こんな状況でなければ到底触れる機会もなかった代物だ。

 緊張のあまり淹れるときに手が震えてしまったのは言わないでおこう、絶対類にからかわれる。そう思いながら律は目を細めて見せた。

「なるほど。どっちにしろ君らしいや」

 何が可笑しいのか、類は微笑みながらくるりと踵を返す。

「とにかく、この場にいる全員分のお茶をよろしくね。いいかい、『全員』は五人だよ」

「……はい、すぐに」

「あ、お菓子はさっき用意して置いてあるから。それも人数分ね」

 こともなげにさらりとそう言って、類はご令嬢たちの元へ戻っていく。それを横目で見届けながら、律は氷を積み上げた箱の中から用意していた『紅茶』を取り出した。


***

「まあ、綺麗」

「これは……冷えた紅茶?」

 黒く丸いお盆にグラスとお菓子を載せた律が登場するや否や、ご令嬢たちがぐっと身を乗り出す。律は頷きながら口を開いた。

「アイスティー、と言うらしいですよ。類さん曰く」

 透き通った琥珀色の紅茶の中に、きらきらカラコロと、グラスの中で弾けるように輝く氷。律が着物のたもとを引き寄せながら慎重にグラスを置いていくたび、風鈴の音のように軽やかな音がグラスの中で響いた。

「あいすてぃー……! なんだかハイカラな響きですね」

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