1-3. お嬢様方はお客様
「……今の、落ち込んでたんじゃなかったんですか」
「ええ、私が? 落ち込む要素なんてあった?」
「……なんでもないです」
律は先ほど自分の口から出た言葉を改めて反芻し、自分の迂闊さを呪った。
「まあともかく、実際もう着替える時間もないと思うよ」
類が言葉を切り、壁にかかった時計を見上げた。時刻はちょうど午後の五時になろうとしている。律ははっとして、この部屋への通用口である黒くどっしりとした扉に目を遣った。
追い打ちをかけるように、類が面白がっているような口調で言葉を続ける。
「ほら、約束の時間だ」
――ガラン。
黒い扉に取り付けてあるドアベルが鳴り、ゆっくりと扉が開き始める。その扉を押したと思われる人影が三人見えたかと思うと、『彼女たち』は興味深そうな瞳でこちらを覗き込んだ。
「あ、いらっしゃいましたわ! 東雲様に、小早川様」
「午後の五時にお店の奥の扉のお部屋。お約束通りでしたわね」
三人の女性を相手に、類は律を背にずいと歩を進め、優雅に腰を折る。
「『よろず屋茶館』にようこそいらっしゃいました、お嬢様方」
彼が三人の若い女性を『お嬢様』と称したのは、文字通りの意味だ。
三人とも、歳は律と同じ十代半ばごろか。光を穏やかに反射するその長い黒髪を流行りの洋風の髪形に結い上げ、仕立ての良い上品な色の着物を着ている。
どこからどう見ても『良い家』のお嬢様方だった。
「前に噂を伺った時から来てみたかったんですの! 素敵な場所ですわね」
「こんな素敵なお嬢様方のお褒めに預かり、光栄です」
類がその端正な顔で微笑みながら答えると、お嬢様方は息をひそめてその場に固まった。心なしか、彼女たちが類へ向ける視線は少し熱を帯びている。
「あの、足もお疲れでしょうしどうぞこちらへ」
類の後ろ側から進み出て律が手で部屋の中を指し示すと、途端に三人分の視線が律の全身に突き刺さった。
「……小早川様」
「律様」
口々にそう言いながら、彼女たちは真剣な目で律ににじり寄る。そのただならぬ視線に圧され、律は後ろへじりっと後ずさった。
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