1-2. 着物と好み
そんな思いを込めて、先ほど類が読んでいた新聞につと律は目を遣った。そのついでに満足げに頷く美青年の表情がちらりと視界に入る。
「うんうん、大正解」
「……あの、類さん。それはともかく」
「うん?」
「何でしょうか、その生暖かい微笑みは」
律が恐る恐る問いかけると、類は更に頬を緩めて立ち上がった。
「いや、流石は私だと思ってね」
「はい?」
突然類の口から飛び出た自画自賛の言葉に、律は戸惑って二、三度瞬きをした。類は顎に手を当てながら律へと歩を詰め、その服装を上から下までざっと眺めてから満足げに頷く。
「やっぱり君にはそれが似合ってる」
「あ、着物のことですか」
律は自分の着ている着物を見下ろす。慣れない格好をしているからかどことなく不安にかられ、律は意味もなくぱたぱたと着物の表面をはらった。
「やっぱり着替えてきます、落ち着かない」
「いや待って待って」
部屋の『通用口』から出ようとする律の手首を掴み、類が慌てたように首を振る。
「せっかく似合ってるのに」
「いえ、どうも女物は落ち着かなくて。着慣れないので……」
「齢十六歳のうら若き少女が何を言っているんだい」
はああああと深いため息を吐いて、類が顔を手で覆った。そのままの姿勢でじっと固まってしまった青年相手に、律は困惑して眉をひそめる。
「類さん? 硬直なんかしてどうしたんですか」
「……そうか、君は服に対する私の選択眼を信用していないんだね。そんな私が将来呉服店を継ぐなんて無理なのかなあ、やっぱり」
そうかそうかと言いながら類が大きく肩を落とす。しんみりとしたその声色に、律は少したじろいだ。
そうなのだ、律はこれでも割と歴史の長い『東雲呉服店』の次期後継ぎ。その彼が律に見立ててくれたのがこの袴一式だ。これをやたら別の服に着替えたがるということは、つまり彼の見立てが気に入らなかったと明言することになる。それは律の望むところでも、意図するところでもない。
「いえ、そういう訳ではなくてですね。こう、高い物なので自分などが着ていいのかと落ち着かないのもあります」
「……」
類の顔は上がらない。どうやら『呉服店の次期後継ぎ』のこの青年、服の選択眼がないと言われたと勝手に勘違いして落ち込んでいるらしい。
ええい、面倒くさい。律は息を吸い込んで一気に言いつのった。
「この着物、素敵だと思いますよ? 自分でも好みだと思います。色の取り合わせもいいですし普段の着物より動き回りやすいし、こんな格好で表を歩いてみたい人、きっと多いと思います。ちょっと珍しいですけど、自分はこういうの結構好きです」
「……本当? 好き?」
じわり、と類の声に少し喜びの色が混ざる。よし、この調子でさっさと機嫌を回復してもらおう。そう思いながら律は大きく頷く。
「ええ、本当です」
次の瞬間、類がぱっと顔を上げて目を煌めかせながら律に一歩詰め寄った。それはそれは綺麗な満面の笑みで。あまりの態度の豹変ぶりに、律はびくっとして一歩後ずさった。
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