5-4)何はともあれ日進月歩の日々は続く。
* * *
「月くん、自分が危ないのわかってたでしょう」
じと目の日比野から目を逸らすが、目を逸らしただけでこの会話が落ち着くものでもない。ただただちくちくと痛むものから一時的逃避をしたに過ぎない。
あの時も考えたが、魔法少女になるという服が無い時点で元々俺の立場は明確だった。場合によっては擬似餌なのかと思ってしまうほどはっきりしたもの。
調べ回り人と話し、当時を思い起こさせることは重要な要素を占めたのだろうと思う。そしてそういう中で、一つの危険は想像できた。思い起こさせる相手が、いろいろと動き回る人間を警戒しないわけがないのだ。
過去を思い出す人が増える中、プレッシャーを感じる人間がなにかをやらかすかもしれない。それは過去に被害を受けた演劇部の先輩にとって、だいぶリアリティのある予想だ。そう考えれば、日比野が魔法少女というとんちきな要因を持つ――誰ともわからないなにかとして存在することに意味はあったと言える。
見たことがあるような気がする、それでも見覚えのない女子生徒に扮することは、安全のためにも必要なことだった。そういう予想は、現状日比野に付き添っている俺がどうなのか、ということも一緒に内包していた。
「僕に対して一人で動かないようにって言っていたのに、それってすっごく酷いと思わない? 自分がされたらどうおもうか考えた? 人にされたくないことはしちゃいけないんですよ、幼稚園でお勉強する基礎の基礎ですよ」
「悪い」
早口に続けられた言葉を受けて謝罪を繰り返す。いいわけしようがないのは事実だ。
はあ、と露骨なため息が重なる。
「ほんっと肝が冷えたんだよ? それなのに月くん高橋先生の下敷きになるほう選ぼうとしてたし……」
「本当悪いと思うし反省しているけど、下敷きの方は不可抗力だろ。俺が階段から落として潰すとか、最悪死ぬぞ。殺す覚悟なんてない」
背骨が折れるだとかなにかあってみろ。正当防衛だろうがなんだろうが、正直だいぶ引きずるのが目に見えている。
俺ならまだ、受け身をとれる。危険ではあるがそれは確信だった。日比野と海野先生がこなければそれは素直に実行できたはずだ。
「そりゃ傷つけるのが怖いのはわかるけど、でも本当危なかったじゃん。間に合ってよかったよ」
「よかったけど支えるのは無茶だったと」
「無茶をしたのは月くんですぅ」
日比野が唇を尖らせる。まあ、それは事実だ。すまん、ともう一度続けると、盛大なため息が返る。
「まあ、終わったこと蒸し返すのは不毛だし、これはここまでにするよ。こってり絞られたしね」
「そのあたりは覚悟していたとは言え、中々だったからな……」
あの後、海野先生からこっぴどく怒られ、警察にも怒られ、親にも怒られ中々に散々だった。怒ると言ってもそれは心配だとか諸々で理不尽ではない、とわかる。そこで理不尽に思ってしまうほど子供ではない。
けれども悲痛な心配が含まれていたからこそ余計罪悪感がすごかった。年寄りに無茶させないでくださいよ、という海野先生の言葉はまだましだった。それに続けて「また私たちは信じるに足りなかったんですかね」などと言われると本当どうしようもない。
そんなことないですと言っても事実俺たちだけで動いていたので、否定に説得力がないのだ。
「結局、月くんを巻き込んで終わっちゃったんだよね」
「巻き込んだというかセットだったんだろ。俺のやらかしは本当悪かったけど、お前の責任にしないでくれよ」
「わかっているけどさあ」
日比野がため息をつく。どうすればよかったのかな、という呟きに、答えるものを俺は持たない。
「……結局、七不思議はなかったのかな」
ふとこぼれた疑問は、ささやかな音をしていた。あったと思う。そう呟けば、日比野がこちらを見る。
「高橋先生が俺たちを誘い出すために使ったけれど、元々は高橋先生が先輩に呼び出されたわけだしなんらかのものはあったんだと思う。ただ、それは高橋先生が思うほど高橋先生を責めたものじゃないのかもな、とも思うんだ。
自殺と決められるきっかけだった日記を高橋先生は捨てたけれど、そもそも先輩が日記を持って行く必要なんてなかった。高橋先生を責めるものや過程をもっと別の形で残しておけば良かったのにしなかったのは、あくまで先輩は対話にとどめるつもりだった、にすぎないと思う」
「けれども高橋先生から女子生徒の話を聞こうとして、失敗したってことか」
「多分」
予想でしかないものだが、高橋先生が警察に連れて行かれる前のつぶやきから考えてそこまで見当違いじゃないのではないだろうか。先輩はあくまで七不思議以上の物を残さず、そして強い未練を持っていた。
「そういや日比野、私の先輩って言っていたけどさ」
「うん? いつ?」
きょとりと日比野が瞬く。なんとなく予想していたものでもあったので、いや、と俺は短く否定するだけにとどめた。
「いつって言うのも微妙だな。台本の件があるし。気にしないでくれ」
「え、半端。気になる」
「気にならない気にならない」
あまり深く考えてはいけない部分だ。触れてはいけない。先輩もドストレートだが私と言った意味を考えるとろくなことにならず、けれども気になってしまうのは正直な感想なのでかぶりをふった。
「それより海野先生すごかったよな。迫力だった」
「ああ、あれはほんと……人目さえあればだったけど、予想しなかった助けだよね」
元々なにかあれば一緒に逃げる予定で、そのために海野先生が残るタイミングをねらっていた。日比野の部活で遅い時間を話しておいて、俺たちの悪巧みというか少し遅くになるけどちょっと見て回りたいような話を海野先生の耳に入る場所でする。ただし、演劇部の先輩が言う真実に触れるのまでは邪魔が入らないように場所はにごして――そういう目論見はなんとか形になって、けれどもそれ以上のもので返って来たと言えるだろう。
最初の予定と違う形で俺と離れて先生を探しに行った日比野は、簡単に事情を話すと一人先に走った。年寄りに無茶させないでくださいと海野先生は再三言ったが、その日比野からさほど遅れず合流したのでやはり年寄りという言葉は少し違うのではないかと思う。まあ、あのお説教の中ではさすがにそんなこと言えなかったが。
「何とか出来た、のかなぁ」
日比野が呟く。その何とかが何かをわざわざ聞きはしない。さあな、と言う俺はだいぶ勝手なのだろう。
「演劇部の先輩が自殺ではないってことは証明されたし、お前演劇部復活させるんだろ。関わることはできたと思う。最初にお前が言っていた目的は達成されたし――でも出来たかどうか、については正直わからないさ。俺もお前も、わかる結果はもらえなかった。けれど、わからないままだいぶお節介は焼いていたと思うぞ」
「他人事に言うけど月くんその筆頭だからね」
「まあ、似たもの同士ってことだろ。お前のお人好しが一番の心配だよ。魔法少女とか言って笑ってられないだろ」
日比野の言葉に苦笑しながら答える。日比野はまた唇を尖らせ、しかしそのあと、少し悪戯っぽく笑った。
「魔法少女に変身する道具は残っているけどね」
「やめてくれ」
本気でやろうとはもう思っていないのだろう。笑い声が返っただけなので、肩を落とす。
演劇部の先輩とは、結局会ってない。俺だけでなく、日比野も再会できなかったらしい。とはいえあのとき思っていたように、まだ終わってないからとか探す物がある、とはもう思わない。
正直日比野が見た幻覚だったことにしてしまって問題ないんじゃないだろうか、と思うが、結論は出さないでいる。それくらいが俺たちには丁度いい。
「月くん用の衣装も追加でくれたらよかったのにね」
「勘弁してほしい。先生も困惑してただろ」
幸い、海野先生は日比野が女子生徒に見えていたのも経験していたし、そもそもああやって見回りすることになったのが保健室の女子生徒や演劇部の先輩が原因だったので困惑するだけで終えてくれた。荒唐無稽な話ではあったが、否定できないのがどうしようもないですねというのが海野先生の見解である。高橋先生は日比野の声を聞いてから、日比野を見えないのではなく『演劇部の先輩』と誤解したままだったので警察への説明がいろいろとややこしくなったりしたが、それだけで終えられたのはだいぶましな結果だったと思う。
「まあ、とりあえずお互いお疲れさま。……本当にありがとね」
「おつかれ。こっちこそ、巻き込んでくれてありがとな」
改めて、というようにお互いに拳をぶつけ合う。そうして笑った後、日比野が息を吐いた。
「僕は巻き込んだのに月くんはほんと……いや、これはもうこれきりにするけどさ」
「そうしてくれ、俺が栗持たなきゃいけなくなる」
「いやもうこれはいっそ持っていてほしいなあ」
「それ撃つ気満々ってことになるぞ?」
お約束な話にお互いしょうもなく笑って。それで本当にようやく、奇妙な日常はおだやかに戻ったのだった。
(完)
親友(男)が魔法少女を自称する件について 空代 @aksr
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