えぴろーぐ

結「川越祭~小江戸、実りの秋~」

☆ ☆ ☆ 


 魔王との戦いから一か月が過ぎた――。

 魔王が死んだことにより、毎日続いていたモンスターの襲来は絶えていた。


「今日も、大丈夫なようですね」


 念のため本丸御殿前で出撃できるように待機していた初音たちだったが上空は今日も平穏であり鳥も飛んでいるような状態だ。


「モンスターじゃない鳥も飛ぶようになったしね! ん~、平和だ!」


 初音の横に立って上空を眺めていた芋子はおやつの芋菓子を口に放り込むと、モグモグと美味しそうに咀嚼する。


「……平和が一番……」


 茶菓は、庭に茶道具を拡げて抹茶を点(た)てていた。

 その前では、お行儀よくヤマブキが正座して芋羊羹を食べている。


「やっぱり抹茶と芋羊羹の組み合わせは最高なの♪」


 ヤマブキは太陽のような笑顔を弾けさせた。


 この一ヶ月で、だいぶヤマブキは町に馴染んでいた。

 今も初音の家に住んでおり、毎日こうして一緒に本丸御殿で過ごしている。


(本当に平和な時代が訪れたんだな……)


 まったりした時間を送るみんなを見て、道也の心も和む。

 なお、道也は日課の射撃練習を初雁球場で終えたところだ。

 もしものときのために、射撃の腕を鈍らせるわけにはいかない。


(このぶんなら今日の祭は無事に開催できそうだな)


 モンスターたちの出現によって、開催が危ぶまれていた『川越祭』。

 実は今日が――『川越祭』の再開される日なのだ。

 午後一時までに異変がなければ、予定通り祭を開始するということになっていた。


 ――カーン!


 時の鐘が鳴らされて、午後一時が市民たちに知らされる。

 そして、その一分後に防災無線の放送が開始された。


『川越市民のみんな! おっ待たせ~! 今日の『川越祭』は予定通り開催する! みんなお祭楽しんでくれよー!』


 新の声が響き渡るとともに、町のあちこちで歓声が上がる。

 誰しもが、この日を待ち望んでいたのだ。


「ふふ、ついに川越祭ですね……♪」

「やったー! 祭だー!」

「……感慨深い……」


 川越娘たちも相好を崩す。

 川越に住む者たちにとって、やはり川越祭は特別だ。

 もちろん、道也にとっても――。


(再び祭を迎えることができて、本当に良かったな……)


 道也も初音たちの笑みを見て、心が温かくなった。

 この笑顔を守るためにこそ戦ったのだから、感慨もひとしおである。


 町のあちこちからこの日のために組み立てられていた各町内の山車が曳き出され、祭囃子も奏でられ始めた。


「なにが始まるの……?」


 祭未経験のヤマブキは、初めて聴く祭囃子にそわそわし始めた。

 笛と太鼓の奏でる和の旋律。

 道也たちにとっては聴き慣れた音楽だが、初めて聴くヤマブキには新鮮だろう。


「ふふ、やはりお祭りといえば、これですね。それでは、みんなで町内を回ってみましょうか」

「祭りの日を無事迎えられて良かったー! 今日は食べて食べて食べまくるぞー!」

「……あまりカロリーを摂取しすぎるのよくないけど……今日は特別……」


 そんなふうに会話をしていると――市役所方面から小江戸見廻組の曳く山車がやってきた。真ん中に乗って太鼓を叩いているのは――川越市長・三富新。

 そして、山車の頂点に乗せられているのは――道也を模した人形だった。


「わああ……! すごいの……! お兄ちゃんそっくりな人形が乗ってるの!」


 ヤマブキは瞳を輝かせて歓声を上げる。


「って、俺――!?」


 こんな人形が作られていることを、道也は知らなかった。

 自分を模した凛々し人形を前に、驚愕してしまう。

 そんな反応に気をよくして、新はニヤリと笑みを浮かべる。


「山車に乗せる人形は古今の英雄とか歴史上の有名人だからね! 太田道灌とか源頼光とか武蔵坊弁慶とか。今回の川越を救った立役者は雁田くんなんだから新しく作る山車に相応しいと思ってね! でも、まさか一ヶ月で完成するとは思わなかったけど。ほんと、職人のみんなが最高の仕事をしてくれたよ!」


 新品の山車を目の当たりにして、初音たち川越娘たちも歓声を上げる。


「すごいですね。道也くんそっくりです♪」

「おー! すごいじゃん! かっこいー!」

「……見事な出来栄え……」


 道也としては、気恥ずかしいばかりだった。


「実は川越娘の三人の山車もあるぞ! というか、実は先月に三人のぶんの山車は完成していたんだ!」


「わ、わたしたちもですか……!?」

「ちょ、聞いてないよー!?」

「……なんという新手の羞恥プレイ……」


 自分たちも人形化していることを知って川越娘たちは驚愕と羞恥の入り混じった表情を浮かべる。だが、新のサプライズはそれだけでは留まらない。


「そうそう! 雁田くん! 例の漫画はしっかり完成させてくれよな! 科学技術の発展のついでにボクはアニメという日本の誇る至高の文化を復活させようと思っている! 武器だけを発展させるのは絶対によくないからね! 新しい時代には新しい娯楽が必要だ!」


「アニメを……!?」


 道也としても、失われた文化の中で特にアニメを見てみたいと思っていた。

 自分の書いたキャラたちが動くのは、ぜひとも見てみたい。といっても、実在の人物をモデルにしているので常に目の前で動いているわけだが……。


「ふふっ♪ これから本当に毎日楽しい日々が始まりそうですね♪」


 初音はこちらに向けて優しく微笑む。

 そして、そっと左手を近づけてきた。


「ああ、そうだな。これからは普通の青春を送ることができそうだな」


 道也は初音の手を握る。

 この温もりとともに、川越で生きていけることは幸せなことだと思った。


「これからも、よろしくな。初音」

「はい、道也くん♪」


 祭囃子は徐々に盛り上がっていく。

 小江戸川越は長い戦いの日々を終えて、実りの秋を迎えたのであった――。


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カワゴエファンタジー~小江戸川越異世界転移記~ 秋月一歩@埼玉大好き埼玉県民作家 @natsukiakiha

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