第三十八話「戦乱の終わり」

「えっ? 道也くん……?」


 驚いた初音が抱擁を解く。


 道也は左に身体を向けて、神の気配がするあたりを見た。

 そこには白い装束に身を包んだ神職といった風情の痩せぎすの老人がいた。


「貴様は、なんという無礼な男なのだ! たかが勇者が神であるわたしを追い出すとは! ただの人間ごときが!」


「……本音が出たってところだな。勇者だなんだいっても操り人形としか思ってないということなんだろ? 俺は勇者でもなければ、おまえの僕(しもべ)でもない。小江戸川越の住人・雁田道也だ!」


 初音から体を離した道也は再び銃剣を出現させて、切っ先を向ける。

 勇者の力ではなく、今度は自分自身の力で生み出した守護武装だ。


 先ほどまでと違うのは、フォルムがより先鋭化したデザインになっていることだ。

 そして、道也自身からは黄金色のオーラが立ち昇っている。


「な、なんだと……なぜ、ただの人間が、ここまでのオーラを……」


 神は驚愕の表情を浮かべて、あとずさる。


「『勇者の力』によって魔王を倒せたのは確かだから、そこは感謝する。だが、ヤマブキや初音に害を与えるっていうのなら容赦しない」


 言いつつ、一歩踏み出す。


「……ふん、霊体のわたしに害を与えることなどできまい。生意気を言うな」

「……いや、俺の感覚が告げている。この状態のおまえにもダメージを与えることができるってな」


 そう言いながら、道也は射撃姿勢をとる。

 そして、どこまでも冷えきった瞳で、神を見据えた。


「ぐぬ……」


 直感的に身の危険を感じたのだろう。

 神は、さらにあとずさる。


「去れ。もう戦いの時代は終わったんだ」

「……くっ……だが、魔族との戦いは永遠に終わらん。歴史は繰り返すのだ! 魔王の子を生かすことは絶対に禍根を残す! いずれ貴様以外の人間に勇者の力を授け、魔王の子とおまえたちごと滅ぼしてやる!」


 道也は銃を撃った。


 ――ダァン!


 銃声が響き渡り、神の右肩が吹き飛ばされる。


「ぬぐぅあ!?」


 霊体だからか血は出ないが――右肩はそのまま綺麗に消失していた。


「ぐあっ……あぁあ!? ば、バカなっ……!」


 消失した肩を抑えるような仕草を見せる。どうやら痛みも感じているらしい。

 驚愕と痛撃によって、神の表情は醜く歪んでいた。


「勇者の力と魔族の力、そして、新たに目覚めた力……これらが合わさったことで、これまでにない力を手に入れたってことかもな。……次は、顔を狙うぞ?」


 実際に撃つ気はないが銃口を向けながら警告する。


「ぬ、ぐっ……!」


 神は霊体であるにも関わらず冷汗――否、脂汗を浮かべ、あとずさっていった。

 

「死にたくなかったら、このまま去れ。俺も無益な殺生はしたくないからな……」


 しかも、神となるとその存在を消したときになにが起こるかも未知数だ。

 このまま平和が訪れるのなら、それに越したことはない。


「…………ぐうぅ……」

「俺は、本気だ」


 忌々しげな表情を浮かべる神に、道也は、再度、警告する。


 照準は、額。

 狙いは、絶対に外さない。


「…………わかった」


 神は観念したように、項垂れた。


「……だが、必ず魔王の子は災いを齎すと警告しておくぞ! 魔族の子が魔王となったときは、わたしは新たな勇者を選ぶ……! それが、わたしの役割だからな……」


 苦々しげに言うが、ここまで譲歩させられれば十分だと道也は判断した。


「俺たちは必ず魔族と上手くやっていける。ヤマブキが大人になって、仮に魔王になってもな」

「夢物語を……」


 神は吐き捨てるように呟く。

 だが、それぐらいは言わせておいてもいい。


「これから、ますます川越の人口は増えて科学技術も発達する。そうなると、それこそ勇者の力や異能力も必要じゃなくなる世界が来るかもな……」


 三富新という天才市長が現れたことは、川越にとって僥倖だった。このまま科学技術が発達すれば、さらなる強力な武器をも開発することが可能だろう。


 それに、これから子々孫々続いていけば異能力を持つ人物も増えて守りも盤石になっていくはずだ。


「……忌々しい異世界人どもめ! 神の領域を穢すとは! 罰当たりどもが!」

「なんとでも言うがいいさ。それに罰当たりって言うが川越は寺社仏閣がいくつもあるからな。元いた世界では信心深いほうだと思うぞ」


 そもそも時の鐘だって、寺の境内にあるのだ。

 それに川越祭だって神事でもある。


「そんなものは邪教だ! くそっ……! やはりいずれ、新たな勇者を探し出して、この町を……」


 まだごちゃごちゃ言う神に対して、道也は銃弾を放った。

 ――とはいっても、あえて照準を外して頭上3センチにしておいたが――。


「ひぃいっ!?」

「この町に仇なすなら容赦しない。それだけはもう一度言っておく。……わかったなら、去れ。わからないというなら、今度は顔に撃つぞ」


 道也は脅かすように声を低くして告げて、銃を構え直した。

 

「…………くっ」


 神は悔しげな表情を浮かべたもののこれ以上ここにいることが無意味だと判断したのか、そのまま姿を消していった。


 光の粒子が霧消し――ようやくのことであたりに静寂が戻る。


「…………ふぅ。やっと終わったか……」


 魔王との激闘が続き、最後は神によって存在まで消されそうになりながらも――どうにか、この町の平和を守りきることができた。


「あぁ……よかったです、道也くん……!」


 再び初音が抱きついてくる。

 今度は世界に留めようとする目的ではなく――自然な、恋人のする抱擁だった。


「……ありがとう。初音がいてくれなかったら、俺はたぶんダメだったと思う。魔王にも勝てなかったろうし、神に背いた瞬間に存在がバラバラになっていたと思う」


 初音のことを抱きしめ返しながら、あらためて感謝の思いを伝える。


「わたしなんて、なにもしていません。道也くんが、がんばってくれたからです」

「そばにいてくれただけで、俺には十分だったんだ。本当に、ありがとう」


 無事、戦いを終えることができた余韻を長く味わうように道也は初音と抱擁し続けた。こうして、温もりを感じていると生き残ったという実感が湧いてくる。


(……いいものだな、帰る場所があるっていうことは……)


 初音がいて、川越という町があって、そこに住む仲間たちがいて――。

 やはり、それはいいことだと思う。


(……これからはヤマブキも一緒だしな)


 もう魔族への異常な殺戮衝動は芽生えない。

 これで、平穏な暮らしを共に送っていけるはずだ。


 そんなことを考えていると――。

 川越方向の空から、三つの人影が近づいてきた。


「おーい! ふたりとも無事ーー!?」


 その声は芋子。

 空を翔けてきたのは芋子のほか、茶菓とヤマブキだ。

 三人はそのまま道也と初音のところまで飛んできて着地した。


「ふたりとも無事でよかったよー!」

「……戦闘が止んだみたいだから、様子を見にきた……」

「……お父様の魔力が消失してるの……これで、平和が戻るの……」


 三者三様に、胸を撫で下ろしているようだった。

 仲間たちの笑顔を見て、あらためて戦いが終わったという実感が込み上げてくる。


「……本当に戦いは終わったんですよね……よかった、本当によかったです……」

「ああ。これで本当に平和が訪れそうだな……」


 結果として、魔王自ら魔族軍を率いて攻め寄せてきたことで逆に戦いを一気に終結することができたのだ。


「……お兄ちゃんのおかげで、この世界に平和が訪れるの……。……あとは、ヤマブキがこの世界からいなくなれば完璧なの……」


 ヤマブキはそう呟くと、自ら爪を喉に突き立てた。


「ちょっ、早まっちゃダメだって!」


 慌てて芋子がヤマブキの両手を押さえつける。


「ヤマブキちゃん!」


 初音も駆け寄って、ヤマブキを抱きしめる。


「……ヤマブキちゃんが自分を責めることなんてないです! もう戦いの時代は終わったんですから……これからは一緒に暮らしていく時代です!」


 茶菓も同意するようにうなずく。


「……ん。これからますます科学技術が発展して凝った和菓子も作れるようになる……ぜひ、茶菓の作った和菓子を味見してほしい……」


 道也もヤマブキたちのところに歩み寄った。


「そうだぞ。ヤマブキが責任を感じる必要はない。俺たちと一緒に暮らそう」


 道也は初音に抱かれているヤマブキの頭を優しく撫でてやった。


「……う、くっ……この町の人たちは、みんな優しいの……優しすぎるの……! うぅう、うわぁああああああん!」


 ヤマブキは涙を溢れさせると、初音の胸元に顔を埋め声を上げて泣き始めた。


「もう大丈夫です、大丈夫ですから……この川越で一緒に暮らしていきましょう」


 そんなヤマブキを初音を安心させるように初音は強く抱きしめる。

 まるで親子のようなふたりを、道也たちは優しく見守るのであった――。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る