第45話「雷神・死神・魔王」

 今夜は大きな事件が多い。


 拘置支所を爆破して明津あくつ一郎いちろうを襲おうとした一件は、悪魔が集まってしまったため、冥府も動員をかけるしかない。


 結果、悪魔との戦闘は激化しており、クリスと戦闘を開始したベクターフィールドには、ベクターフィールドが魔王である事を把握できないまま非正規の死神を一人、向かわせるに留めてしまった。


 非正規の死神は命を落とし、そして何万か何十万か分からない程の霊を寄せ集めた巨人が出現する事態に。


 最も近い場所にいた八頭やずを補足できたのは幸運だった。動員をかけるしかない。既に戦闘不能、瀕死の状況に追い込まれている事など無問題だ。



 冥府から伝わってきた声は、最上位の死神が発しているのだから。



「現時刻より、限定的に八頭やず時男ときおへ死神の力を付与する」


 死神の言葉と共に、八頭の身体をえきを示すの衣が覆う。


ちょくである!」


 次に闘争を示すが宿り――、


「勝利せよ!」


 立ち上がる力を与えられた八頭の姿に、死神が死を告げに行く正装であるが加わる。


「生還せよ!」


 当然、手には死神の剣が現れた。



 それも最上位、特級である事を示す猛牛の意匠が与えられている。



 両足で立った八頭は何事かを叫んだのかも知れない。


「――」


 だが、それは誰の耳にも入らなかった。


 ――俺も行くぞ!


 アズマを捉えている巨人に向かって跳躍。


 そして剣を一閃し、巨人の腕を切断する。


 4階建てのビルに相当する巨人であっても、そこへ軽く至れる身体能力は死神に与えられた力の一端でしかない。


 八頭に抱きかかえられたアズマは信じられないという顔をするが、手から伝わる感触は忘れられないものだ。


「八頭さん……」


 アズマは顔をくしゃくしゃにしていた。泣いているのか笑っているのか、様々な感情が交じり合った顔は、八頭も同じ。


「一緒に行くぞ」


 しかし八頭が落下に転じた所へ、巨人は残った拳を振りかぶる。跳躍はできても、八頭に飛翔する翼はない。空中で細かく動く事など不可能であるが、八頭に抱きかかえられているアズマが動く。


 アズマの力が二人の身体を雷光に変え、巨人の拳を返り討ちにした。


 翼を持たない八頭を、アズマが飛翔させる。


 アズマの起こす雷に対し、八頭の剣はまさしく暴風を呼ぶ。剣に意匠された猛牛の通り、その突進は止められない。


 アズマと八頭の雷風が削っていく様を見上げるベクターフィールドは、そこに最大の勝機を見出した。


「よし!」


 魔王の剣を地面に突き刺して両手を構えるベクターフィールド。


「海の方へれ!」


 轟音の中でも、ベクターフィールドの怒鳴り声に乗った意志は二人に届く。


 アズマが急転回する。


「わかった!」


 ゲームで得意とする四輪ドリフトよろしく急ターンし、アズマの目が巨人を海側に捉えた。ここへ来て、アズマも全力を込める。


驚弾きょうだん炸裂さくれつ!」


 凝縮し、プラズマ化した雷を、超高速で放つアズマ。加速されたプラズマは、流体でありながら固体に近い密度を持ち、巨人を一気に後退させる。


 水柱が立ち、続いて水飛沫が怒濤の如く現れた。


 それでも尚、土師の命令に従おうとする巨人に対し、ベクターフィールドはその手に溜めた恐るべき力を解放する。


「真の力を出す時が来たぜ」


 右腕を空へ向けて掲げるベクターフィールドの、もう一つ攻撃手段、大魔法。



「ファイアボールで火の海に沈めてやる!」



 だが土師はじは吹き出してしまう。


ファイアボール・・・・・・・?」


 語感から受ける印象は、RPGならば最低ランク・・・・・、まず最初に憶えるような初歩的な魔法だ。


「スライムと戦った事はある?」


 あざけりを向ける土師に、ベクターフィールドはハンと鼻先で笑った。


「ないぜ。そういう世界に行った事がないもんでな」


 この嘲笑は、ベクターフィールドには嘲笑として成り立たない。


「続けそうな言葉は、誰々がいたから勝てた、何とかがいたから負けなかった、とかか? そういうのも、俺はいなかったな」


 ベクターフィールドは苦笑いしていた。誰かがそばにいてくれた記憶は薄い。それは八頭もアズマも同じだろう。ベクターフィールドにはひかる姉ちゃんしかいなかった。八頭には先代しかいなかった。アズマは、先代と八頭がいたが、それは入れ違いになった。


 土師にはいるのかも知れないし、いないのかも知れないが、それはベクターフィールドでなくとも、誰もがこういう。


 ――どうでもいいぜ。


 土師の事情も過去も知った事ではない。ただこの場にいる誰もが――八頭や亜紀だけでなく、巨人のパーツにされた霊さえも――望んでいない明日を来させようというのだから、やる事はひとつ。


 阻止のみ。阻止するためにベクターフィールドは、高めた魔力を天へと放つ。


「スライムと戦うための魔法じゃないぜ、これは!」


 真っ赤な輝きが一筋、飛翔し……、



「天体ショーだ!」



 ベクターフィールドの魔力が呼ぶのは流星だ。それも一際、大きく、閃光を放ちながら猛スピードで飛来するものを火球――ファイアボールと呼ぶ。


 その正体は隕鉄・・


 霊を粉砕する、まさしく暴力的な力を持つファイアボールは、ありとあらゆる衝撃をはらみつつ、巨人の中心を打ち抜く。


「おおおおお……」


 低く棚引たなびく唸り声とともに 巨人の身体が傾いた。霊は生前の記憶、習性に縛られる。思考を司っていた頭、鼓動を司っていた胸は霊になっても急所であり、それは集合して巨人となっても同様であったらしい。


 ただ、この巨人は崩れ落ちようとする時も、身体を構成していた霊をバラ撒こうとする。


「!」


 そこへ閃くのは八頭の剣だ。


 正規の死神は、冥府に記録されている人間の経験をフィードバックしてもらえる。八頭の殺陣は今、コマ落としにしか見えないスピードを発揮していた。


 剣を振る動きが剣を引く動き、突く動きへと連鎖していく様は、ベクターフィールドに勝るとも劣らない。


 そして殺陣とは即ち、人に制せられず、人を制する技術である事を体現する動きは、スピードそのものではアズマに劣るが、アズマであっても捉えられぬ、また回避しがたいことわりを備えていた。


 動いている八頭自身も信じられない事であるが、現実に一振りで確実に霊が一つ消えていく。


 時計回りに旋回する八頭の剣は旋風。


 旋風は霊を一所へ集め……、


「ミラクルアーチ!」


 アズマの起こしたプラズマはアーチを描いて集められた霊に炸裂した。

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