第44話「雷神の意地、魔王の底力」

 アズマの身体から立ち上る異様な光は、思考らしい思考を持っていない霊の集合体である巨人の動きも止めた。


 しかし、それは土師はじの苛立ちを増させる。


「棒立ちだろうが!」


 八頭やずかばおうとした亜紀からやれと、声をらして怒鳴りつけ、巨人を動かす。


「おおおお」


 巨人が拳を水平に振るうのは、叩き潰すよりも、吹き飛ばし、壁に叩きつけてやる方が土師の好みそうな光景になるからだろうか。


 しかし巨人の拳ではないものへ、亜紀は目を見張る。


「!?」



 亜紀を壁に叩きつけようと振るわれた拳は、飛来してきたが防いだのだ。



 上階から見下ろしている土師も、窓を叩いて信じられないと叫ぶ|ソレ。


「何だと!?」


 多目的広場に並ぶ金属製のモニュメントが飛来したのだ。確かに軽量鉄骨を使ったモニュメントは、霊を凌ぐ盾と成り得る。


 誰がやったか。ベクターフィールドが必勝の笑みを浮かべる存在だ。


「来たな、雷神!」


 雷神の子供・アズマである。


 青白く輝くモニュメントは、電圧がかかる事で起こるイオンクラフト効果で浮き上がった。


 しかし眼前で起きている現象でも、そんな事は有り得ないと土師が叫び散らす。


「そんなバカな事があるか!」


 21世紀の今日、軽いバルサ材とアルミ箔でできている模型程度ならば浮き上がらせられる実験装置くらいは実在しているが、トン単位の重量を持つ軽量鉄骨を持ち上げようとすれば、何億ボルトの電圧が必要かわかったものではない。


 眼前で起きている光景は、土師の理解を超えていた。


「そんな電圧がかかっていたら、周囲がどうなるか……」


 それに対し、ベクターフィールドは「アホか」と鼻で笑う。


「こいつが操ってるのは、電圧じゃねェ。電流・・だ」


 人類が手にしているいる技術や知識では計り知れないのが雷神アズマの力だ。電流を流すために電圧をかけているのならば、確かにそこら中の伝導体へ放電が始まってしまうのだろうが、アズマは電流を直接、操っている。


 アズマはモニュメントのみに電流を流し、副次的に電圧がかかる事によって操ってた。


 何億ボルトだろうが何兆ボルトだろうが関係ない。アズマが操っているのはアンペアなのだから。


 そのモニュメントの影からベクターフィールドか飛びだす。


「はん!」


 信じられようと信じられまいと、棒立ちになった敵は切り捨てるのみだ。


「ッ!」


 横合いから剣を振り抜く。回転しようとするが、身体の軸を中心に一本ではなく、肩、膝、足首へと繋がる二本だとイメージする事で次の行動へ繋げる。


 よこぎから突きへと繋げた。


 縦横無尽に剣を振り、敵を切り払うベクターフィールドは、亜紀へ言葉を向ける。


甘粕あまかす、とっとと離れろ!」


 ベクターフィールドの腹積もりは、その分の時間を稼ぐ事。


 剣を振り抜き、駆け抜ける。


 しかし振り抜いた腕に激痛が走った。


「!?」


 横目で見やると、自らが存在しているを自分で壊していく霊の姿が。


 によって保たれていた、自らを存在させているエネルギーをベクターフィールドにぶつけてきたのだ。


 自爆攻撃の威力そのものは小さい。実体を作る程、濃いベクターフィールドに比べ、実体を持たない霊なのだから。


 しかし数十回も繰り替えすのなら話は別だ。


 腕といわず足といわず、霊はベクターフィールドをめがけて飛び込んできては自爆していく。


「ッッッ」


 ベクターフィールドの動きが鈍る。歯を食い縛った分の、ほんの僅かに過ぎないが。


 その鈍った隙を突き、霊がベクターフィールドの左手を掴んだ。


「いい加減にしてよね!」


 霊からぶつけられる怒りの声。


「バカぁ!」


 声が出せたという事は、密度の高いエネルギーを秘めていたという事だ。


 ――腕が……!


 左腕が消えてしまったのかと思う程の痛みが、ベクターフィールドの全身に走るが、悲鳴は何としてでも堪える。


「ッッッ」


 ベクターフィールドは砕けんばかりに奥歯をかみしめた。苦痛の呻きも、だからどうしたと毒突く事もない。


 ――往生際が悪いとはいわないぜ。


 次々と攻撃を仕掛けてくる霊へと向ける言葉は、少なくともベクターフィールドにはない。


 ――そもそも往生際が悪いって、どういう意味で使う言葉だ?


 敵ならば往生際が悪い、味方ならば不屈の闘志と言い換えるのでは理屈に合わない。


 こちらも必死、あちらも必死ならば、それでいいと考えるのがベクターフィールドだ。


「いや……」


 だが、それでも打ち消したい言葉はあった。


「いい加減にしろってなんだ? いい加減に、俺に何をしろっていうんだ?」


 先程、腕と共に自爆して果てた女の言葉だけは、ベクターフィールドが許容できない。諦めろというのならば聞き入れるつもりはないし、死ねというなら殺してみろといい返すのみだ。


 ――戦ってるんだぜ? 俺たちは!


 たおすかたおされるかであって、自殺していただくものではない、と断じたベクターフィールドへ、また別の霊課声をぶつける。


「お前が斬った」


 今度はベクターフィールドが剣を持つ手にまとわりつく。


「女を返せ、子供を返せ、年寄りを返せ、男を返せ」


 そして、また自爆。


「できないなら詫びろ! 命で詫びろ!」


 それに対し、今度はベクターフィールドの口から怒声が迸った。


「詫びる事など、ない!」


 それと共に纏わり付かれた手を強引に振り、魔王の剣を叩きつける。斬るような動作はできなかった。


 それでもやって来る自爆のダメージには顔をしかめさせられ、目を細めさせられてしまう。


 それは明確すぎる隙ではないか!


「!?」


 こじ開けた目に飛び込んできたのは、2トントラック。


「死ねーッ!」


 運転手の叫び声は、この車輌が事故を起こした時も、そうやって叫んだのだろう。フロント部分は人型の凹みがある。ブレーキではなくアクセルを踏んだ証だ。


「ッ」


 息が詰まるほどの衝撃だが、もうそろそろベクターフィールドも慣れてきた。


 ――死ねは……まだマシか。


 双方共に殺す気でやっているのだから、ベクターフィールドもいわれて頭に来る言葉ではない。ただ、聞いてはやれないが。


「自分から死んでやれないぜ。殺してみろ!」


 右腕を振り上げ、魔王の剣を振り下ろす。突進してきたトラックは、自ら刀身に食い込んでいく様な形で消えた。


 ――キツいぜ。


 片膝を着きかけるベクターフィールドは、それは懸命に堪えた。


 堪えて尚、的になってしまう。


「!?」


 頭上から降ってきたのは、八頭を戦闘不能にした弾丸だ。


「クッソ!」


 飛び跳ねる様に逃げても、無傷では済まない。


 だが大部分を、赤い光が掻き消していく。



 アズマだ。



「フーッ、フーッ」


 小さな目を精一杯、見開くアズマは、ベクターフィールドを磨り潰そうと溢れ出てくる霊を一瞥し、赤い光となって加速する。


 まさしく雷光の速さ。


 秒速200キロという常識外のスピードだ。


 そしてアズマの攻撃を防ぐ術は、霊には皆無である。雷とは静電気の塊だ。当然、樹脂に宿る程度ではない。


 その恐るべき輝きに、土師は忌々しそうに歯軋りした。


「1.21ジゴワット……」


 ただし土師が呟いた言葉は、何もかもが間違っている。ジゴワットなどという単位は存在せず、また雷が持つ平均的なエネルギーは90GWギガワット


 荒れ狂う力は、暴力そのもの。


 だが巨人を飲み込もうとする力を操るアズマに、怒りや憎しみはない。


 ――八頭さん、八頭さん!


 アズマの胸にあるのは、倒れている八頭への想い。


 ――ごめんなさい! ごめんなさい!


 雷神の子供――即ち神であるアズマは、こうなるまで手が出せなかった。例え相手が霊だとしても、自分の事は最後にするのが理というもの。


 土師との因縁が始まった深夜病棟でも、八頭が牛相撲の横綱に殺される寸前まで何もできなかった。


 あの時、八頭が倒れなかったのは幸運に過ぎない。


 荒れ狂う雷光は怒りではなく、悲しみと後悔だ。



 だが悲しみは、怒りほどの攻撃性を示し続けてはくれない。



 身体を構成する霊を犠牲にしながら、遂に巨人はアズマをつがえた。


「ウーッ、ウーッ」


 巨人の空虚な目で見下ろす先には、徹底抗戦の構えを見せるベクターフィールドがいる。


 土師が色めき立つ。アズマを捉えるのに巨人を構成する霊を大量に失ったが、それだけの収穫はあった。


「落とせ! 落とせ!」


 土師がヒステリックに叫ぶ通り、今のアズマをベクターフィールドにぶつければ、さしもの魔王と言えども消滅させられる。


 それに対し、アズマは大きく息を吸い、力を溜め込んだ。


「フーッ!」


 轟音と共に稲妻と化そうとするアズマだったが、巨人は手を緩めない。身体を構成する霊は、ここまでの猛攻を受けて尚、3分の2も減っていないのだから。


 しかし互いの抵抗がせめぎ合う轟音は、にも届く。


 ――戦ってる?


 八頭だ。


 ――どうなってんだ? 俺は。生きてるのか? 死んでないよな?


 身体は、殆ど動かない。


 ――身体が重い……。視野が狭い……。


 その視界で八頭は見た。


 ――アズマか!? アズマが一人でやってる? アズマが、一人で……!?


 狭くなった視野、薄くなる視界でも、八頭の目にはハッキリと映っていた。


「俺も、行くぞ……」


 満足に動かない身体に力を入れる。


 だが空しくも四肢に力を伝えられない。剣を確かめる手すら怪しいのだから、立てる足など尚、怪しい。


 ――身体が動かん……。目が……。


 起きるどころか目も意識も薄くなってきた八頭だが、聞く事だけはできた。



決裁けっさい――」



 その声は、ベクターフィールドもかつて聞いたもの。

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