第29話「交差した2組」

 呪術師の出現は、冥府にとっても、また生きている人間にとっても、様々な意味で危険である。生者を害する霊を操るという事、霊による殺害は死神が関知できない死で、その意識と魂は冥府の管轄下を離れる事など、双方の視点から無視できない。


 魂の減少も、呪術師に連れ去られた後に被害者がどうなるかというのも、冥府としては看過かんかできない状況に繋がる。



 この事態は緊急事態だ。


 だが八頭の愛車で待機するアズマは、ぷくっと頬を膨らませていた。


「だったら、八頭さん一人に頼まなきゃいいのに……」


 アズマの言う事ももっともで、緊急事態ならば緊急事態らしく、正規の死神を動員すべき自体だ。


 挙げ句、守らなければならない相手は、またしても犯罪者となれば、アズマの不満は溜まるばかり。


「あっちも正職員の死神を出さなきゃ、急ぐ急ぐっていうだけになってるもん……」


 不満と愚痴をいうアズマに、八頭は少し苦笑いしてみせた。


「動いてるさ。きっとな」


 八頭が口にした言葉は、出任でまかせでも希望的観測でもない。女死神から預かった資料には、簡単な計画書がついている。


「いつもなら冥府から姿を隠してる呪術師だ。前の病院も、クリス・ルカーニアの時も、呪術師が絡む前から情報が来た事はなかったろ?」


 身を隠すすべを持つ呪術師を察知したのだから、冥府も本腰を入れている。


「しっぽを掴んだって事は、かなり大々的に動いてたって事かも知れない。そして、ここだからな」


 八頭が視線を資料から窓の外へ向けた。



 拘置支所。



 拘置支所は拘置所と同じく、刑事被告人や死刑囚を収容する施設である。当然だが中にいるのは、人の恨みを買っているというならば、これ以上にない者たちばかりだ。


「悪魔だの何だのから見たら、ここで一騒ぎあるのは大歓迎なんじゃないか?」


 その対処も考えれば、八頭でなくても、正規職の死神も多数が動いているという仮説に容易たやすく辿り着ける。そうでなければ困るし、怠慢というものなのだから。


 それでも、アズマが不満を抱えてしまうのは、クリスの時と同じ。


「でも……」


 せめて自分たちを関わらせるなと思うが故に、不満と愚痴が出てしまう。そこは、八頭も察せられる。


 ――留置所に入ってるような奴らを守る気はないか。


 八頭とて、アズマの方が一般的な感覚だと思う。クリスに守るべき価値などと言うモノはない、とも。殺してきた人数を思えば極刑は間違いないが、絞首刑がクリスの最後に相応しいかと言えば――少なくともアズマは――相応しいとは思うまい。


 快楽的殺人者だったクリスと他の犯罪者は、アズマにとってはどんぐりの背比べ。


 しかし八頭は、アズマの不満を理解して尚、自分を殺して動かなければならない。


 ――死神の言う通り、ここにいる連中が霊になって操られたら、かなりヤバイ。


 八頭が言葉にできないこれ・・は、アズマにとって、気に食わない正論だ。


「まぁ……俺を最前線に出す必要はない……かな」


 八頭がアズマの気持ちにより添える言葉は、その程度。


「そうだよね」


 膨れっ面のまま八頭を見上げてくるアズマの不満は、幾分か軽減されていた。



 気に食わなくとも、アズマは八頭に協力する事だけは拒否しない。



 苦笑いと感謝の笑みが入り交じった表情で、八頭は資料に視線を戻した。八頭でも嫌悪感を示す明津一郎のデータに。


「ネットの成り済まし……」


 溜息と共に、そんな事をひとちてしまった八頭は、アズマが感じた事のない悪感情がある。


「ん?」


 顔を上げたアズマが見た八頭は、何ともいえない嫌な顔をしていた。


「いや……」


 八頭は言葉を濁し、アズマの頭を撫でようと手を伸ばすと、アズマは――、


「インターネットって、確かめる方法がないからね」


 八頭の手の感触に目を細めるアズマは、くつくつと喉を鳴らし、八頭がギョッとするような事をいいだす。ただ明津を擁護するのではなく、八頭を笑わせようとしての事だが。


「僕も、ネット対戦では、身長180センチのイケメン高校生っていってるし」


「おい!」


 八頭が思わず吹き出してしまう。


 人か人でないか以前に、アズマは体長30センチ程度、メンタリティに関しては小学生レベルだ。


「イケメン高校生はないだろ」


「えー、信じてくれるよ? フレンドのマオーさんとか」


 今夜も一緒にレースをしていた相手の名前だが、それも八頭を苦笑いさせられる。


「なんつー名前だよ」


 その苦笑いが仕事に迎え気分を変えてくれた。仕事に意識を向け直し、緊張感を取り戻す。


「けど拘置支所に、どうなって乗り込む? そこが問題だぞ」


***


 拘置支所は、老婆が籠もっていた病院や、クリスが忍び込んだマンションとは根本的に違う施設だ。


 老婆が籠もっていた病院とは、ごとき人のため容易に外部から侵入できない程、警備が厚かったという点では似ているかも知れないが、それだけでは不正解。


 拘置支所は外部からの侵入も許さないが、内部から外部への脱出も許さない点が、大きく違う。



 故に二重の構え、文字通り鉄壁・・なのだ。



 ここへの潜入方法を考えるのも八頭の仕事なのだが……、


 ――どう入り込む?


 今回ばかりは現実的なルートが浮かばない。見取り図があり、明津あくつ一郎いちろうが収監されている部屋も把握できるのだが、それまでだ。


 八頭が自由自在に面会できないのは当然であるし、こんな夜中に許可を得た面会人などいないのだから、その背後について潜入するという手段も取れない。


 ――入ったとしても、面会人が通れる廊下から、収監者がいるフロアへ行けるか?


 それは無理だと結論付けられるのに時間など不要だ。


 だがこの時、八頭は気付かなかったのだが、幸運はエンジン音と共に八頭の愛車を追い抜いていった。


 白いクーペ・・が。

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