第6章「雷神×死神/喪女×魔王」

第26話「死神は合コン、雷神はレースゲーム」

 ふとした切っ掛けというものが存在するらしい――この考えは、この時、亜紀あき八頭やずの双方にあったはず。


 まず八頭は、数合わせで参加した合コンで、まさかアズマとじゃれついていたコーギーの飼い主と出会うとは思っていなかった。


 コーギーの飼い主・亜紀も、こんな所で再会するとは思っていなかったし、何よりも、少々、早口になる程、八頭がのめり込む話が、自分の好みと合致している事は文字通り僥倖。


「祖父が、とても車に詳しい人で、一発目に言われた事は、エンジンには絶対に手をつけるな、でした」


 双方が車好き。


「その言葉、分かる気がします。私も乗ってるのは軽なんですけど、車は50馬力もあれば走るし、100馬力もあればスピード出せるんですから。まず手を入れるのはタイヤ、次にブレーキだと思います」


「ああ、それ、僕もいわれましたよ」


 八頭がパンッと手を叩いた。


「150馬力なんてあっても、なかなか使いこなせないっていうの」


「わかります。そうなんですよね。アクセルを床まで踏んで走らせると、全然、コントロールできないんですよね」


 亜紀も小さく、何度も頷き、自覚しないまま若干、前のめりになっている。


「ちゃんと止まる、ちゃんと曲がるっていうのが、速く走らせるコツだって思います」


 280馬力を手足のように操るベクターフィールドの顔は、この際、亜紀の脳裏には浮かんでこない。


 それよりも八頭だ。


「僕も、やっぱりそれもいわれました」


 八頭も楽しそうに頷いている。


「教習所でいわれる事が、実はスポーツ走行でも有効なんですよね。ターンは、十分に減速して入り、出る時は加速しながら出る」


「ターン!」


 八頭としては何気なしに出した言葉だったのだが、今度は亜紀がパンッと音を立てて手を合わせた。


「アメリカ式ですね」


 素人ならばカーブ、走り屋ならばコーナーという所を、アメリカのレースシーンではターンと呼ぶ。何気ない一言に出て来たからこそ、嬉しくなる単語だ。


 ――人数合わせだし、俺がモテる訳ないと思ってきたけど……。


 八頭は笑みが尽きないと感じていた。


 亜紀も、ずいぶん、長く笑っていられる。


 ――また金曜は空いてる? 今度はハイスペック男子!


 ――行きます! 仕事あっても無視していきます!


 そういってまで来た合コンであるが、いつものように場に馴染めなくなったら、スマートフォンで読書を始めてしまう亜紀である。先日、初仕事となった明津あくつ一郎いちろうの事件に進展があり、被害者の事を思い出して気持ちが沈みがちであったが、それを払拭できる明るさを八頭がもたらしてれていた。


 亜紀の場合、楽しさが余裕を呼ぶのか、八頭の手元が空いているのもよく見えた。とはいえ、八頭が何を飲んでいるかまで見てないのは失点かも知れないが。


「あ、飲み物なくなってますね。ビールでいいですか?」


 丁度テーブルに瓶ビールがあると手を伸ばす亜紀へ、八頭は片手をコップに蓋をするように置く。


「車なんです。だから、お茶で」


 コップに蓋をした方とは別の手で、八頭は車のスマートキーを示した。


「あ、そうですね。乗るなら飲むな、飲むなら乗るな、ですね」


 亜紀は愛想笑いしつつ、ビール瓶と共にテーブルに置かれていたウーロン茶の瓶を手にする。


「何に乗られてるんです?」


 八頭のコップにウーロン茶を注ぎながらも、亜紀の目は八頭のスマートキーへ向けられていた。スマートキーであるから、亜紀が憧れていたバブル期のスポーツカーではないのだが、ここまで車に対し、雄弁だった八頭が何に乗っているかは気になる。


「クーペです。ちょっと前に出た」


 しかし、その回答は、亜紀にとっては満点。久しぶりに国内メーカが出した新型スポーツカーだと話題にはなった車だけに知っている。


「あ、いい車ですね。やっぱり、青?」


「青です。やっぱり青かなって」


 八頭と亜紀がケタケタと笑った。そのメーカを象徴する色を知っている――二人とも、それだけで楽しい。


***


 そして車好きといえば、もう一人いる。


「よーし、よしよし!」


 留守番しているアズマの顔を、青白い光が照らしている。


 その光の正体は携帯ゲーム機の画面で、アズマは器用に前足をスティックとボタンに載せ、ネット対戦に没頭中だ。


 画面の中ではアズマが操る青いスポーツセダンが、白いクーペを追い掛けている。隙を見せたと切れ込むアズマに対し、スピーカーから対戦相手の声が。


「いいや、インは渡さないぜッ!」


 白いクーペを操作しているフレンドの声だ。


「最終ターンだぜ!」


 ゴール前の最後の競り合いへ向かう。


「負けないもんねー」


 返事をしたアズマは、一瞬、ボイスチャットのインジケータに視線を向けた。「マオー」と表示されているフレンドは最近、よく遊んでいる相手で、顔も知らないオンライン上だけの関係であるが馬がよく合った。


 クーペのテールランプが赤く輝き、マオーが宣言する。


「インは塞いだ!」


 頭を押さえてゴールだ、というマオーの勝利宣言だが、曲がる方向に身体を倒してしまうくらいのめり込んでいるアズマはネバーギブアップだ。


「ううん、イン攻略法は、まだあるもんね!」


 対するアズマはブレーキのタイミングを遅らせ、わざとアウト側へ走行ラインを膨らませた。ともすればミスのように思えるのだが、ミスではない。


 アズマの狙いは飽くまでもインを突く事。


 ――こっちは四輪駆動だ!


 アズマは目を見開き、マオーの車が若干、インを開けてしまっている点を見る。



 マオーもギリギリで勝負していた分、ブレーキとアクセルのタイミングを間違えたのだ。



 四輪駆動車であるアズマのスポーツセダンが、いち早くグリップを回復させている。


「目覚めろボクサー! 吠えろターボ!」


 アクセルワークによって回転数をキープしていたスポーツクーペは、大外から一気にインへ向けて加速していく。


 対するマオーはアクセルを中途半端にしか開けられず、その差は如実だった。


 頭一つ分、アズマの方が早く直線に入る。そうなれば、性能差のない二台であるから決着だ。


「やられたぜ」


 マオーの声は溜息交じりだったが、それは悔しさよりも爽快感が出ている。ここがアズマと馬が合う理由だ。


「最後の最後までわからない勝負だったね。楽しかった!」


 アズマがキャッキャと喜ぶと、マオーも「そうだな、そうだな」と嬉しそうに声を弾ませていた。


「じゃあ、もう一回――」


 と、再スタートだと言いかけるアズマだったが、玄関が開いた重たい音が遮った。


「あ、家族が帰ってきたから……ゴメンなさい。今日は、ここまでかな」


「そうか。俺も楽しかったぜ。またレースしような」


「またね。絶対ね」


 アズマが礼を言うと、画面の端に「マオーさんがログアウトしました」という表示が出た。


 それと入れ替わるように部屋の電灯が点き、八頭が来る。


「ゲームしてたのか?」


「おかえりー。一緒に遊んでくれる人がいるんだ」


 アズマは、前足で電源ボタンを長押しして、八頭の方へ走った。


「そっか」


 八頭はふぅと深呼吸しながら冷蔵庫からジュースを取り出した。一口分、煽った。


「八頭さんも、楽しかった?」


「ん? ……ああ」


 生返事をしながら思い出した亜紀の顔は、どうしても苦笑いさせられる。


「楽しかったよ」


 アズマの顔と見比べると、どうしても思い出してしまう別の顔があるが故の苦笑いだ。


「そっかー」


 アズマも分かるから、やっぱり苦笑いだ。


 そして、その苦笑いすらも消してしまう着信が、八頭のスマートフォンにあった。



 招集――。



 IMクライアントが告げたのは、非正規の死神を招集するものだったのだから。


 内容は短く、そして不穏だ。



 ――呪術師・・・です。



 八頭の顔から、苦笑いも笑みも消えた。

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