第24話「確定的故意」

 連行された明津あくつ一郎いちろうは、全てを吐いた。無論、これはベクターフィールドの力であるから抗えない。


 ただし明津一郎の言い分は、亜紀ですら素っ頓狂な大声を出してしまうものだったが。


「はぁ!?」


 ――彼女の人気に嫉妬していた。


 その人気というのも、亜紀には理解しがたい。


「ドウジンショウセツ?」


 思わず調書を取る手を止めてしまう亜紀は、明津一郎が口にした単語が同人小説・・・・だと気付くまで時間がかかったし、気付いても理解が追い付くまで時間がかかってしまう。


 何もかもが幼稚な明津の言い分は、終始、こんなものだった。


「SNSでリア充っぷりをアピールして、固定の読者もついていて調子に乗ってる。俺がよかれと思ってしたアドバイスは、荒らし扱いにして」


 明津が吐露した怒気に、ベクターフィールドがタブレット端末を示す。表示させるのは被害者のブログである。


「IPから……これだろうな」


 指差されたコメント欄には、明津一郎がいうような「良かれと思って」という言葉からはかけ離れた――少なくとも亜紀の感性ではそうなる――言葉が綴られていた。必要がないのに、口に出して読んでしまうくらい。


「私はネコが嫌いなので、こんなキャラはいらない。本編に関係ないウンチクばかり。無価値」


 流石に北海道警察の警官たちも侮蔑の色を強めてしまう。


「これがよかれと思っていった言葉だとしたら、どういう国語辞典を親に買ってもらってたんだ?」


 しかし出そうになる苦笑いを、亜紀はかみ殺す。


「親は兎も角……」


 親の顔が見たいというセリフが浮かんでしまうのだが、この際、親は無関係だ。


 ――事件はくまでも加害者である明津一郎だけが問題。


 それだけは忘れてはならないというのが、二十歳そこそこながら警察官として亜紀が身につけた信念である。


「それでもブログの記事は続いていますね。折れなかった」


 そうして亜紀が進めていく画面には、善意をかなぐり捨てた言葉が出てきた。


「こんな二次はレイプと同じ。レイプ魔死ね」


 送信者と受信者だけしか見られないメッセージであるが、最早「よかれと思って」ではない。もう堪えきれないとばかりに、ベクターフィールドは笑ってしまう。


「これだけじゃ警察は動けないし、持っていくだけバカな話だったがな。事実、彼女は持ってこなかった。利口だぜ」


 亜紀は「黙ってて」と釘を刺し、


「それでも折れなかった。この流れが、成り済ましの動機ですか?」


「……」


 亜紀から視線を逸らした明津一郎が発したのは、反論や返事ではなく舌打ち。


 これには亜紀も思わず腰を浮かせてしまうのだが、そこはベクターフィールドが制するように手をかざす。


 ――甘粕あまかすは座ってろ。


 言外に代わると告げたベクターフィールは机を回り込み、ゆっくりと明津の眼前に腰を屈めた。


「成り済ましたアカウントの最新の一言について答えろ。ありがとう……どういう意味だ?」


 決して、怒鳴っている訳でも乱暴な言葉遣いをしている訳でもないが、口調だけは追い込みをかけるように作る。これは亜紀にはできない。得意不得意ではなく、気性、性格の問題だ。


 気圧される明津だが、気圧されて尚、口からは凶暴な言葉が続く。


「俺は、成り済まししかしていない。床に擦りつけたコーンのアイスも、誰も食べちゃいない。学校だって、勝手に他の奴らが暴いていったんだ」


 聞いていた警察官たちは、そんないい訳が通用するものかと思ったが、ベクターフィールドはその言葉は使わない。


「そういう事を訊いているんじゃないぜ。そういう展開を期待して、その結果がどうなるか、想像していたから出て来た書き込みか? って話だ」


 ふぅとベクターフィールドはわざとらしく、深く深呼吸して見せた。それは怒鳴る前の溜めにも思え、明津一郎をおののかせる。


 ――これが甘粕あまかすにはできないだろ。


 証言として採用できるのは断言のみ。思う、だろう、かも知れない――そんな言葉は排除したものを引き出さなければならないのだから、必然的に口調は強いものとなり、相手を追い詰める事となる。


「頭の隅には……あったかも知れない――」


かも知れない・・・・・・が通るか」


 ベクターフィールドが明津の返事を静かにさえぎった。


「あったのかなかったのかハッキリしろ。なかったっていうなら、ありがとうと書き込んだ意図は何だ?」


 続く言葉がまくし立てるような早口になったのとて、態とだ。


 ――ナリは整っただろ。


 ベクターフィールドが能力を発動させれば、明津一郎は隠し通したい意思と関わりなく、真実を口にする。


「……そうだ」


 引き出すべきは言葉が出て、更に続く。


「死ねと思っていたけどな、何より大事な俺の人生が台無しになるのはゴメンだ。自殺しろくらいは思っていたし、勝手に追い込んでくれるヤツがいるだろうと思ってた。でも、俺は追い込んでいない。礼は、そんなところまで行ってくれた事への礼だ」


 明津は目を見開き、挑みかかるような視線をベクターフィールドと亜紀へ向けていた。


「俺は何もしてないぞ! 殺人で裁けるなら、裁いて見ろ!」


 肩で息をする程、一気呵成いっきかせいに言葉を吐き出した明津一郎に対し、ベクターフィールドは涼しい顔で背を伸ばす。


「まぁ、裁くのは警察の仕事じゃねェしな。だけど罪状は――」


 ベクターフィールドから視線を向けられた亜紀は、明津一郎の言い訳に眉をひそめたまま、同じく静かにいった。


「自殺する事を想定した上でやったのなら、確定的故意・・・・・。自殺まで追い込まれるかも知れないと考えていたのなら、未必の故意・・・・・です。殺人罪に次ぐ重罪です」


 机の上に出されていた亜紀の拳は、白くなるくらい強く握りしめられ、震えていた。


 努めて平静を保った亜紀だったが、それはベクターフィールドが整えてくれた舞台に対する遠慮に対してのみ。


 怒りはある。


 しかし……しかし、


 ――あなたのような卑怯者は、絶対に容赦しません。


 怒りはあっても、いえない言葉だと噛み殺した。

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