第22話「例え北の果てだとしても」

 ベクターフィールドの段取りは、こうだ。


 ――なりすましそのものは罪に問えない。しかし、なりすまししてやった事が、この場合、突ける。


 犯人が犯した失敗は、犯行声明とも取れる「ありがとう」という書き込みだけではない。


 ――業務妨害。


 被害届は自殺した高校生の両親だけでなく、バイト先からも出されたのだ。客に対し、床に擦り付けたコーンでアイスクリームを提供したという点はバイトテロ・・・・・と呼ばれる行為である。


 まず被害者の高校生に対する名誉毀損、バイト先への業務妨害、いじめ防止対策推進法違反。


 そこからSNS管理者とプロバイダ事業者への情報開示と、とんとん拍子に進む。


 個人の特定から捜査令状の決裁まで、異次元のスピードで事態が進展するのは、まさしくベクターフィールドの魔力だった。


 だがあっさりと進んだ礼状に、亜紀は目を白黒させる。


「北海道!?」


 ネットは全世界と繋がっているのだから当然といえば当然であるが、まさか北の端とは思っていなかった。


「石狩市……」


 馴染みのない土地だけに、亜紀も首を傾げてしまう。


 ベクターフィールドも地理や道は分かるが、


「札幌から北へ80キロくらい行った所だぜ。何が旨いかは知らん」


「ニシンが名物だったと思いますよ?」


 だが亜紀に対し、ベクターフィールドは「ケッ」と舌を出す。


「小骨ばっかりの魚、嫌いなんだよ」


 殊更ことさら、食べたいと思っていないベクターフィールドは、「とっとと終わらせて帰るぞ」としか言葉がない。好き嫌いの多いベクターフィールドは食い道楽ではないのだから。


 しかし亜紀は、首を傾げながら、思いつくものを口にしていく。


「あと北海道なら、ホッケとか海鮮丼とか、石狩鍋とかちゃんちゃん焼き……」


 それもベクターフィールドは、鼻先で笑い飛ばすような態度で遮ってしまう。


「随分、知ってるな。ただ、どれもこれも興味ねェよ。海産物なら、北陸、山陰、瀬戸内だ」


 それが亜紀に、「仕事だ」と気持ちを切り替える切っ掛けになってくれる。


「とりあえず、その80キロは電車ですか?」


 荷物を受け取り、不可逆の出口を出た亜紀は、初めて見る景色にキョロキョロさせられた。地元では自転車で事足りているのだから、亜紀は飛行機に乗る事自体、初めての事。電車に乗るとしても、どの路線に乗ればどこへ行くかも知らない。


 だがベクターフィールドは顎をしゃくり、空港の外を指す。


「車がある」


「レンタカーですか?」


 旅行するならいいけれどと目を瞬かせる亜紀へ、ベクターフィールドは「何、いってるんだ?」と眉をひそめさせた顔を振り向けた。


「人の車を運転するの、苦手なんだよ」


 駐車場に停めてあると指差すのは、白い、それも「高級」と括弧書きするようなスポーツカーだった。ベクターフィールドは当たり前のように運転席の鍵を開けるのだから、ベクターフィールドの愛車である。


「自分の?」


 何故、車が北海道の、しかも空港の駐車場にあるんだと目を丸くする亜紀だったが、ベクターフィールドは「そういう細かな話も聞きたいか?」と眉間の皺を更に深くするだけ。


「モノを移動させるのは楽だけど、人も一緒に移動させると気持ち悪いぜ?」


 わざとらしく声を震わせていうベクターフィールドは、追求させたくないという気持ちと、本当に気持ちの悪い手順を取らなければならない事を言外に告げている。


「いえ、別に構いません……」


 聞かない方が良いと亜紀も首を横に振った。飛行機に乗るよりも――もっといえば、航空券を払うよりも安上がりというのならば、ベクターフィールドとて飛行機に乗るまい。


 それに手段の追求よりも、眼前にあるベクターフィールドの愛車に目が行く。


「これ、ミッションですか? オートマですか?」


 80年代の刑事ドラマに影響されたという亜紀にとって、世の中がバブル景気に沸いていた頃の車は垂涎すいぜんまとだ。


「ミッションだ。やっぱ、この白が高級感があっていいぜ。高級車=黒みたいな風潮があるが、白の清潔感がいい」


 そういうベクターフィールドのセンスは、亜紀と一致している。


「クーペっていっても、走りに徹してる訳じゃないし、じゃあVIPが乗るようなセダンの乗り心地があるかっていわれたらそうじゃねェけどな」


 これが好きなんだというのは、十分、その言葉だけで伝わるものだ。助手席に乗り込む亜紀は、頬がにやつくのを自覚する。


「革張り……いいですね」


「車好き?」


 運転席のベクターフィールドが話を振ると、亜紀は「好きですよ」と大きく頷いた。


「スポーツカー欲しいなって思うんですけど、まだお金がなくて買えてないんです」


 両親の影響から、借金をしてはならない、という考えのある亜紀にとって、ローンを組まない車の購入はハードルが高い。


「へェ。何が好き?」


 エンジンをスタートさせるベクターフィールドは、80キロの旅路が退屈にならずに済むと笑みまで浮かべた。


「80年代の刑事ドラマに出て来た車なんですけど、シャンパンゴールドの……です」


 亜紀は直接、車名こそ挙げなかったが、感性の合うベクターフィールドには想像がつく。今、乗っているベクターフィールドの愛車とのライバル関係にあったスペシャリティカーだ。


「名車だ」


 そこはベクターフィールドも認め、だからこそ亜紀は饒舌じょうぜつになる。


「ちょっとクラシックなデザインで、何だろう……トラディショナルな感じっていうか、そういうのが格好良くて。ゴールドメタリックなんて、最高にカッコイイと思うんです」


 憧れの名車だというのがよくわかった。


「あァ」


 そういわれると、ベクターフィールドもククッと笑い、


「セクシーでダンディだ」


 その言葉で亜紀も「そうそうッ」と興が乗る。


 セクシーとダンディ。


 それこそ亜紀が最も好きな刑事ドラマを表す単語だ。


「でも、この車も好きです。ツインターボモデルだけミッションが設定されてるんでしょう?」


「そうだぜ。その車のライバルっていうのなら2代目なんだろうけど、俺は、この3代目が好きだぜ」


 ベクターフィールドがケラケラと笑った。


「意外なところで繋がったな、趣味が」


 ならば80キロはすぐだ。

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