第11話「ロクデナシの夕餉」
――出て……。
翌日、出勤した
呼び出し音は10回近く続いたはずだが、留守番電話サービスにも繋がらず沈黙。
――出ない、か。
それも当然かも知れないが、「出られない理由がある?」と考えてしまうのが亜紀だ。
ただし私用電話に等しいのだから、仕事中に何度もはかけられない。
――午前中は、これが最後!
そう思いリダイアル……する前に着信があった。ディスプレイの表示を見る暇も惜しい、と亜紀は反射的に取る。
「はい」
声が若干、弾んだのは、裕美が掛け直してきたからかと思ったからだが、裕美ではなかった。それでも有益な情報をもたらす相手ではあるが。
「俺だ。掴めたぜ」
ベクターフィールドだった。
「情報が掴めた」
データを集める事に関しては、ベクターフィールドは切り札といえる。非合法どころか
「待ち合わせは、バーグおばさんの店……って分かるか? アメリカンステーキやハンバーグの――」
「知ってる。夕方に行くわ」
ベクターフィールドが指定した店は、アメリカンステーキとハンバーグが売りの、個人経営のレストラン。ステーキやハンバーグだけでなくアイスのようなデザートまで店内で手作りするという拘りを持っているのが特徴の店で、ベクターフィールドならば間違いなく「名店」と括弧書きにするはずだ。
***
無垢材を思わせる木製の扉を開けると、壁も床も板張りを思わせる内装が目を引く。店員の服装がカーキ色のパンツと白いポロシャツ、そして襟元にはブルーのグラデーションが目を引くスカーフというのも、全てイメージしやすいアメリカを表している。
駆け出たいのに事務処理で残業させられた亜紀に対し、ベクターフィールドは悠々とした姿でカウンター席に座っていた。
「ダッシュしてきた?」
「まぁね」
隣の席に着いた亜紀へ、ベクターフィールドは手元にあったカットグラスを押しやった。
「うまいぜ。喉、渇いたろ? 食べて食べて」
カットパインを凍らせたデザートが、今の亜紀にはありがたい。
「ありがとう。でもフォークの方がいい気がするけど」
先割れスプーンよりもフォークの方が食べやすいデザートだという亜紀だが、ベクターフィールドは「いいから、いいから」と急かす。
仕方なしという風に先割れスプーンをパインに刺した瞬間、亜紀は「え?」と目を丸くさせられる。
パインはシャーベットのような感触だったのだ。
「な、な? 不思議だろ? パインを凍らせてるのは間違いないけど、どうやって凍らせたのか分かんないんだぜ」
成形している訳ではなく、果肉を使っている事は間違いない。先割れスプーンを刺す感触は柔らかいが、口当たりはシャクシャクと、かき氷に似た食感を示す。甘さもパインの甘酸っぱさに加え、微かに感じるシロップの甘さが、ただ単にパインを凍らせただけではないと感じさせる。
「食べた時の甘さ、幸福感……最高だぜ」
一息吐くには最高のメニューだというベクターフィールドは、亜紀が落ち着くのを見計らって、メモを一枚、差し出した。
「車の持ち主だ」
どうやって調べたのか手段までは教えないが。
そして、メモされているのは車の情報だけではない。
「……カード関係?」
亜紀の顔に苦いものを走らせる内容だった。
銀行系のクレジットカードだが数社、融資限度額まで一度に引き出している。
「何かやばい雰囲気があるぜ。ここで出てくるのが、これだ」
データはいくらでも集められるベクターフィールドであるから、亜紀の前へ差し出したタブレットには防犯カメラの映像にも見える動画が表示された。
そこにはミニバンの所有者を壁際へ追い詰め、取り囲んでいる一団が映っている。
「音声は口の動きから、俺がつけた」
ベクターフィールドが差し出してくるイヤホンを受け取った亜紀は、思わず吹き出しそうになってしまった。
――うわあああ! ひいいい!
ミニバンの男があげているのだろうが、その悲鳴はベクターフィールドの茶化すような声だったのだから。
「……つっこみません」
ニタニタと笑いながら見遣ってくるベクターフィールドに、亜紀は笑いを力業で押さえ込む。どう考えてもツッコミ待ちしている。
――だからさぁ、俺たちの妹に何してくれてんだって話よ。
――お詫びすべき。
取り囲んでいる男たちの声もベクターフィールドになっているのだが、会話の内容は笑うに笑えない。
――奥さんとか子供も肩身狭いだろ? このままじゃ。
その中の一人が歩み出て、男の胸ぐらを掴んだ。
――うっ……うっ……。
――泣いてちゃ、わかんねーだろ!
「美人局に引っかかって……チェックイン寸前に引きずり出されて、この様だったんだろうぜ。その結果が、このご利用限度額まで引き出したカード」
「被害者の居場所もわかってるんでしょ? 行ってみましょ」
席を立とうとする亜紀だったが――、
「本日火曜日はハンバーグがお安くなっています」
ベクターフィールドは、その眼前にメニューを突きつけたのだった。この映像は過去のものだ。急いでも阻止できる訳ではない。
「焼きたてハンバーグが
多弁になるベクターフィールドに、亜紀は頬を痙攣させながら、席に座り直す。
「……焼きたてハンバーグ、シングルサイズ……」
だが注文はできなかった。
不意に亜紀のスマートフォンが着信音を鳴らし始めたのである。
――裕美さんの番号!
今度は番号を確かめ、その上で亜紀が慌てて取った。
「もしもし? 裕美さん?」
亜紀が呼びかけるが、返事はない。
返事はないが、その理由はすぐに分かった。
――うひゃひゃ。
――やりぃ。ありがてェ。
男ともいえない、まだ少年たちの声だ。
――何? これ……。
戸惑う亜紀だが、頭の回転は鈍くない。
――聞かせようとしている!
裕美は男たちの会話を亜紀に聞かせようとしているのだ。
その喧噪の中、か細い声が混じる。
「助けて……」
裕美の声だと感じ取った亜紀は、スマートフォンを通話状態のまま操作した。
――GPSが起動している!
それは裕美からのSOSに決まっている。
「分かった。任せて」
亜紀は小さな声で――それで聞こえたかどうかは分からないが――告げた。
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