第10話「魔王の取説」
「この子の名前は、
「あんまり裕福な家でもなく、また両親との折り合いも悪い……そんな
「中坊?」
顔を
「深夜のコンビニの入り口付近に座り込んで、友達と大声で話して時間を潰してる……そんな子。時間は腐る程あるのに、お金はない」
「そりゃ、中坊が金稼ぐ手段なんてねェわな」
「補導歴は、ここ一年で3回。私だけでそれだから、もっと多いと思う」
溜息を吐く亜紀は、補導しているのだから、裕美との関係を良好とはいえない。四角四面にしか対応できない亜紀なのだから、心を開こうにも開きようがないというものだ。
ベクターフィールドにはいえないが、亜紀は裕美の家庭の事情も知っている。父親は運送会社に務めており、それなりの収入はあるのだが、家を留守にしがち。その収入も大半は自分の小遣いにするような性格であるから、娘に対し、どう接しているかは想像に易い。母親も同様だ。
時間があるが金がない――そんな女子中学生が稼げる方法、それも簡単とつくのならば、いくつか危険な仕事が存在している。
亜紀は
「成る程。児童売春か」
直接的で亜紀も鼻白んでしまうが、そういう事である。
「補導した事はあるか?」
横目で見遣ってくるベクターフィールドに、亜紀は人差し指を立てて見せ、
「……1回……」
あるのだ。
だからこそ今、ミニバンに乗った裕美を怪しんでいる。
「……あーあ」
視線を前へ戻しながら、ベクターフィールドは鼻を鳴らした。
――買う方も買う方、売る方も売る方だろう。
今更、需要がどうの供給がどうのと話をする気はないし、そもそもベクターフィールドは事の善悪など判断できない。
ベクターフィールドの行動は単純に完結している。
そして亜紀との契約は、「亜紀が必要だと思った事件について、全ての能力を使って協力する事」なのだから。
――批判するのは契約に入っていないぜ。
ベクターフィールドはそういう存在だ。
「その1回……私が補導した3回目に、絶対、止めるって約束してくれたのよ」
亜紀が相談できるのも、心配なんだと訴えられるのも、同様の理由といえる。
――嘘吐かれてなきゃいいが。
人が良すぎるだろうと思うベクターフィールドだが、それもいわない。口にする言葉は一種類のみ。
「手を貸すぜ」
約束してくれた者を信じるのは、亜紀の信条だ。信条、約束――ベクターフィールドが絶対に守るものではないか。
ベクターフィールドはパンとハンドルを叩いた後、
「一度、アパートの方へ戻るぞ。ミニバンの行き先は分からん」
亜紀のアパートに車を横付けにした。
***
午後10時を過ぎたとはいえ、部屋で待っている亜紀の飼い犬は飛び起きて駆け出てくる。
「おーおー、ちまちゃん。相変わらず美人さんだぜ」
しかし駆け出てきたコーギーの仔犬に伸ばされた手は、主人ではなくベクターフィールドだった。
「ふん、ふん」
亜紀の愛犬・ちまは、鼻を鳴らしながらベクターフィールドの手に額を擦りつける。
「ネコ派だと思ってた」
一人と一匹の脇をすり抜けてリビングへ荷物を置きに行く亜紀は、ベクターフィールドが犬派という事が不思議だった。
「豪華な椅子に座って、長毛種のネコを撫でるのが好きそうだと思ってたけど」
それでは魔王と言うよりも黒幕といった風情になってしまうが。
「俺も、偉くなったら、そうしてればいいんだと思ってたよ」
ちまの額を撫でながら、ベクターフィールドは深く溜息を吐く。
「けど悪魔っていうのはホトホト嫌になる。時間にはルーズだし、おまけに平気で嘘を吐く。自分で出向いた方が心も身体も楽だ」
二度目の溜息を吐くと、ちまがベクターフィールドの手から離れ、背伸びするような仕草と共にベクターフィールドの顔に鼻を近づける。
「元気出せっていうのか? 優しいな、ちまちゃんは」
ちまの鼻先にキスをして、ベクターフィールドは立ち上がった。
「動物はいい。絶対に嘘を吐かない。行動に打算がない」
「……」
そんな言葉は、どうしても亜紀には魔王に相応しいとは思えない。
「方針を決めようぜ」
何をいおうとしているのか分かっている分、ベクターフィールドの行動は早かった。亜紀の切り替えも同様に。
「この持ち主の特定をお願い。まだ事件化してないから、このナンバーから車輌の持ち主を照会する事はできないの」
一昔前ならば、一般人でもナンバープレートから所有者を割り出す事は比較的楽だったが、現在では不可能となっている。警察の権限ならば可能であるが、それは事件化してからの話だ。事件でもないのに照会を行う事は、権力の乱用に繋がりかねない。
「……車体ナンバーも知ってたら別だろ?」
確かに陸運局にプレートナンバーとボンネット下の車体ナンバーを持っていけば照会できるが、
「私が知ってると思う?」
「思わん」
「真面目に話して」
亜紀が
「うん、すまん」
亜紀に対しては素直に出さない言葉だが、ちまに対しては素直に出す。
「……お願いね」
亜紀も複雑な心境だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます