第16話「どうしようもなく縛り付ける理よ」
クリスの経歴については死神も把握していなかった。精々、クリスの手によって冥府へ来る事になった人数だけだ。
――最後の犯行は、マンションの中庭?
クリスの経歴については女死神も把握していなかった。精々、クリスの手によって冥府へ来る事になった人数くらい。
資料はクリアファイルに入れて持ち歩けるくらいで、八頭も現場へ行く道々に目を通した。
――最後の犯行は、マンションの中庭?
と、不意に
「八頭さん」
この仕事の度に浮かぶ疑問が、今もアズマにはあるからだ。
「何で、こんな人を助けなきゃならないの?」
死刑になってもおかしくない犯罪者である事は確かである。ましてや狙っているのが、クリスが殺した者の霊だというのなら、クリスを守る理由など、アズマには分からない。
「……」
八頭とて、そう思う事はあった。
過去形だ――答えは出ている。
「それは私刑に過ぎないからだ」
死神は摂理に縛られる。
そしてこの場合、死者は生者を害してはならないと言う事だけではない。
「霊が人を殺したら、無罪放免だろ」
クリスは見下げ果てた男であるが、だからと言って殺していい法はない。アズマは釈然としないが。
「でも……」
「法が間違ってるって思うなら、法の方を変えるしかないんだよ。んで、正式な手続きって言うのは、どうやっても時間がかかる」
資料に視線を戻す八頭とて、完全に割り切っているとは言えない。
「法が間違っていると確信犯的に行動するより、自分の仕事をする方がいいだろ?」
そう考えられる理由は、二つだ。
優先しなければならない死神の摂理。
もう一つは――、
「いや、行こう」
考える事を止め、八頭は資料から樹脂製の刀身を持つ模造刀に持ち替えた。金属よりも強くマイナスに帯電させる樹脂は、霊に対して高い効果を示してくれるが、今回は流石に
***
スタート地点は、必然的にクリスの居場所となる。その情報も女死神が持ってきていた。
その情報を元に警察へ――と言う選択肢は、ない。間接的に死神の力を関わらせる事になる。グレーゾーンの利用は控えたい。
導かれたのは、クリスが最後に犯行を行った場所。
――マンションの中庭か。
何故、こんな場所に現れるのか、八頭には理由など分からない。
――どっちかっていうと近づきたくない場所じゃないのか?
その程度で想像が止まってしまうのは、まさか目撃者がいたとは思っていないからだ。そして目撃者の始末を放置しているというのも同様に。
だが長々と考え込んでいる余裕は、なかなか贅沢な時間の使い方である。相手は連続殺人犯。眼前に姿を見せる訳にはいかず、そんな状態で護衛しようというのだから、当然、走り回る事になる。
「ねェ」
「ん?」
不意に声を掛けた来たアズマを振り返る八頭は、まだ問答があるのかと思わされた。アズマはまだまだ納得できていない様子なのだから。
「心配しなくても放置しないよ。仕事はするが手は考えてある。それで納得してくれ」
上手く行く保証はなく、そこまで頭の良い方ではない八頭であるが、できる限りの知恵を絞った。
だがアズマが八頭を呼び止めたのは、そう言う話ではない。
「変なとこにいる」
アズマの言葉は主語が省略されていたが、それで意味が分からなくなる八頭ではない。
「!」
アズマが顔を向けている方を見上げる。
マンションの廊下だ。
人気のないマンションの廊下にクリスがいる。
――何で!?
上階にいるとは思っていなかった。そこまで細かな所在地は死神の情報にも存在しない。
最も手近な出入り口を見遣るが、当然、オートロックだ。
――解いたのかよ!?
玄関先にあるロック解除用のテンキーを前に、八頭はギッと歯を鳴らした。正規の死神ならばいざ知らず、八頭のような非正規は自分の能力で解くしかない。
――いや、違う。この手のロックは中からしか開けられない。
テンキーは部屋番号を押す事でインターホンに繋ぐためのもの。
――外から開ける場合は鍵だ!
顔を上げれば、ドアの隅に鍵穴があった。当然、シリンダー錠ではない。ピッキングは不可能だ。
――じゃあ外壁を昇るのか? いいや、現実的じゃねェ。
クリスが何故、上階にいるのかは分からないが、住人ではない連続殺人犯がいる理由は想像がつく。八頭だけでなく、アズマにも。
「八頭さん、こっち!」
慌てているアズマを追う形で玄関から駆け出た八頭は、そこで見た。
鳥の霊が一斉に上階へと向かう。
霊だ。鳥は地面スレスレを飛び、目標寸前で飛翔するような飛び方はしない。明らかにおかしな動きをしているのだから、誰かがコントロールしている。
霊の行方を目で追うと、クリスへ飛びかかっていく姿が見えた。
コントロールしている側が戦闘のプロでないのは、幸運か、それとも不運か。
鼻を鳴らしながらナイフを抜くクリスには、どちらでも構わない。
――ハン。
もし一斉に、それも全方向から襲われれば、クリスも無傷では済まなかったが、ばらけてしまったのならば対処できる。
縦横に振るわれるナイフは、文字通りクリスの手足だ。剣道やフェンシングのような
縦横に振るわれるナイフは、八頭から見ても鮮やか。
――アレなら?
一瞬、八頭の脳裏に守る必要はないのではないかと言う考えが過るが、打ち消す。
クリスの動きは鮮やかだが、無限に動ける訳ではない。
鳥の霊は先鋒だ。
クリスの動きが鈍ったところで本命が来る。分かるだけに八頭も焦った。
――人の霊を出す好機を伺っているはずだろ!
何とかして上階へ、しかも一刻も早く上がらなければならない八頭が、選んだ方法は――、
「ッ!」
飛翔しようとした鳥の霊の足を掴むと言う方法だった。
死神からもらった資料に目を通す
「八頭さん」
そこには不安そうなアズマの顔。
この仕事の度に浮かぶ疑問が、今もアズマにはあるからだ。
「何で、こんな人を助けなきゃならないの?」
死刑になってもおかしくない犯罪者である事は確かだ。
「……」
八頭とて、そう思う事はあった。
過去形だ――答えは出ている。
「それは私刑に過ぎないからだ」
死神は摂理に縛られる。
そしてこの場合、死者は生者を害してはならないと言う事だけではない。
「霊が人を殺したら、無罪放免だろ」
クリスは見下げ果てた男であるが、だからと言って殺していい法はない。
「でも……」
アズマは釈然としないが。
「法が間違ってるって思うなら、法の方を変えるしかないんだよ。んで、正式な手続きって言うのは、どうやっても時間がかかる」
資料に視線を戻す八頭とて、完全に割り切っているとは言えない。
「法が間違っていると確信犯的に行動するより、自分の仕事をする方がいいだろ?」
そう考えられる理由は、二つだ。
優先しなければならない死神の摂理。
もう一つは――、
「いや、行こう」
考える事を止め、八頭はクローゼットの中から樹脂製の刀身を持つ模造刀を手に取った。相棒の気が変わる前に出て行った方がいい。金属よりも強くマイナスに帯電させる樹脂は、霊に対して高い効果を示してくれるが、相棒の力はそれ以上だ。
***
スタート地点となるのは必然的にクリスの居場所となる。その情報も死神が持ってきていた。
その情報を元に警察へ――と言う選択肢は、ない。間接的に死神の力を関わらせる事になる。グレーゾーンの利用は控えたい。
導かれたのは、クリスが最後に犯行を行った場所。
――マンションの中庭か。
何故、こんな場所に現れるのか、八頭には理由など分からない。
――どっちかっていうと近づきたくない場所じゃないのか?
その程度で想像が止まってしまうのは、まさか目撃者がいたとは思っていないからだ。そして目撃者の始末を放置しているとも思っていない。
だが長々と考え込んでいる余裕はなかった。連続殺人犯だ。眼前に姿を見せる訳にはいかず、そんな状態で護衛しようというのだから、当然、走り回る事になる。
「ねェ」
「ん?」
不意に声を掛けた来たアズマを振り返る。納得できていない様子だから、まだ問答があるのかと思わされた。
「心配しなくても放置しないよ。仕事はするが手は考えてある。それで納得してくれ」
上手く行く保証はなく、そこまで頭の良い方ではない八頭であるが、できる限りの知恵を絞った。
だがアズマが八頭を呼び止めたのは、そう言う話ではない。
「変なとこにいる」
アズマの言葉は主語が省略されていたが、それで意味が分からなくなる八頭ではない。
「!」
アズマが顔を向けている方を見上げる。
マンションの廊下だ。
人気のないマンションの廊下にクリスがいたのだ。
――何で!?
上階にいるとは思っていなかった。そこまで細かな所在地は死神の情報にも存在しない。
最も手近な出入り口を見遣るが、当然、オートロックだ。
――解いたのかよ!?
玄関先にあるロック解除用のテンキーを前に、八頭はギッと歯を鳴らした。正規の死神ならばいざ知らず、八頭のような非正規は自分の能力で解くしかない。
――いや、違う。この手のロックは中からしか開けられない。外から開ける場合は鍵だ。
テンキーから顔を上げれば、ドアの隅に鍵穴があった。当然、シリンダー錠ではない。ピッキングは不可能だ。
――じゃあ外壁を昇るのか? いいや、現実的じゃねェ。
クリスが何故、上階にいるのかは分からないが、住人ではない連続殺人犯がいる理由は、そう多くないはずだ。
「八頭さん、こっち!」
アズマの声が慌てたものになっていた。
玄関から駆け出た八頭は、そこで見た。
鳥だ。
鳥の霊が一斉に上階へと向かっていた。
霊だと分かったのは、鳥は地面スレスレを飛び、目標寸前で飛翔するような飛び方はしないからだ。明らかにおかしな動きをしているのは、誰かがコントロールしているからに違いない。
霊の行方を目で追うと、クリスへ飛びかかっていく姿が見えた。
だがコントロールしている側が、戦闘のプロでない事が災いした。
――ハン。
クリスは鼻を鳴らしながら、懐からナイフを抜く。もし一斉に全方向から飛び込んできたならば、クリスも無傷では済まなかった。
しかしばらけてしまったのでは、クリスは対処する。
縦横に振るわれるナイフは、文字通りクリスの手足だ。剣道やフェンシングのような有効打突面がある競技で磨いた腕ではない。脳天から股下まで、
――アレなら?
一瞬、八頭の脳裏に守る必要はないのではないかと言う考えが過るが、打ち消した。
クリスの動きは鮮やかだが、無限に動ける訳ではない。
鳥の霊は先鋒だ。
被害者の霊を出す好機を伺っているはずだ。
何とかして上階へ上がらなければならず、その時、八頭が選んだ方法は――、
「ッ!」
飛翔しようとした鳥の霊の足を掴むと言う方法だった。
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