第2話「憧れの高級スポーツカー」
ベクターフィールドの愛車は時代に取り残されたような2ドアクーペで、亜紀の好みと合致している。前世紀末に作られたスポーツカーは、括弧書きで「高級車」だ。走りに徹している訳でもなく、セダンのように乗り心地がいい訳でもなく、ワンボックスカーのように利便性が優れている訳でもないが――、
「乗ってる俺、スゲェって感じられるのが好きだぜ」
まるで亜紀の考えを読んだかのような言葉が、ベクターフィールドの口から出て来た。
「中古で探しても、なかなかないんだぜ。白のマニュアル車なんて、現役の頃でも買ってる奴、少なかったから」
開け放った窓に肘を掛けて運転するベクターフィールドは、知らず知らずのうちに口元が緩んでいる。走りに徹している訳でもなく、乗り心地も使い勝手も良くない車だが、その欠点すらも愛せるからこそ
助手席に座る亜紀も窓を開け、目を細めていた。
「分かる気がする」
全開の窓から入ってくる風が気持ちいい。
だが今、向かっている場所は、笑っていられる場所ではない。
被害者となった女子生徒の自宅だ。
「ごめんください。警察です。玄関先までお願いできますか?」
インターホンに向かってかける声は、亜紀が極力、明るくなく、しかし深刻でないように作った。
母親らしき女が姿を見せると、ベクターフィールドが代わって前へ出る。入れ替わり立ち替わり違う刑事が来る事に対し、強い不信感を抱いている母親だからこそ、ベクターフィールドの出番だ。
「確認作業なので、別のコンビなんですよ」
その言葉は文字通り口から
ただしこう言う時、ベクターフィールドの力は活きる。
「娘さんの部屋を、もう一度、見せていただけませんか?」
普通であれば、親は激怒して追い返しているところだ。娘が転落した場所は、未成年者がいていい場所ではない。亜紀の調査が強制ではなく任意ならば、断るのが親の気持ちというもの。
しかしベクターフィールドには相手を
「……こちらです」
少々、ぼんやりした印象に変わった母親は二人を邸内へ招き入れると、この状況に慣れていても、亜紀は心配そうな顔を相棒へと向けてしまう。
――大丈夫?
しかしベクターフィールドは涼しい顔。いわゆる魔法である。違法ではないし、また本人の意識や認識を破壊した訳でもない。
ただ警戒心を解いたのみであり、母親のぼんやりとした表情はリラックスしているだけ。
「刑事さん? 外国の方?」
母親が声を掛けたのは、いいタイミングだった。短髪の黒髪であるが、ベクターフィールドは日本人離れした長身と、彫りの深い顔をしている。
「父がカナダ人なんです。ガキの頃は色々と言われました」
ベクターフィードが苦笑いしたところで、娘の部屋へと続く階段を昇りきった。
案内された娘の部屋は、一目見ただけならば、おかしな点はない。母親に頭を下げた後、亜紀がドアを閉めた。
「調べてみましょ」
部屋は至ってシンプル。10畳の広さに目を瞑れば、シンプルなベッドと机、コミックラックは、どこにでもある。
唯一、違うと思わされるのはローテーブルに載せられたステレオコンポで、ベクターフィールドも珍しそうに首を傾げた。
「コンポで音楽を聴くんだな。スマホでもあれば十分そうなのに」
ただ事件と無関係である。
「手伝って?」
亜紀が一言、挟んだ。本来ならば机の引き出しやクローゼットの中も徹底的に調べたい所だが、それはもうやり終えたはずだ。刑事が家捜しした場合でも、片付けは家の者がやらなければならないのだから、片付けた母親の苦労を思うと手を伸ばしづらい。
しかしベクターフィールドは何を思う事もなく机の引き出しを開け、
「そいや、何でエンコーって思ったんだい?」
「中年と学生ってカップルは怪しいでしょ」
ローテーブルを調べている亜紀の口調は事もなげだ。スーツ姿の中年と制服姿の女子では、あまりにも釣り合いが取れない。
「何で中年だって断言できる? スーツ着た10代とか20代とかじゃなく」
「何でって……髪型とか肌とか、分かる所はいくらでもあるでしょ」
先入観で見ている訳ではない所は、流石、警官と言う所か。
「成る程な。チャラい奴じゃないって訳か。なら、会ってその日にホテルに連れ込むような強引さはない」
そう言いながら振り向いたベクターフィールドは、片手に小さな石を持っていた。
「石? ハンドメイドの趣味でもあったの?」
亜紀にはビーズに見えたのだが、違う。
「
薬だと断言した。
「砕いて鼻から吸っても、注射しても飲んでも、どれでも効果が出るだろうぜ。錯乱してたんだろ? ホテルの部屋で。これだぜ、原因」
「覚醒剤?」
鼻の粘膜だろうが注射だろうが効果があると言われれば、亜紀にはそれしか浮かばなかった。しかし覚醒剤の結晶は白だ。純度が高くなればなる程、透明度が高くなる。しかし、この石は黒い。
「多分、そんないいもんじゃないだろうぜ」
証拠を入れるための小袋を手渡しながらした、クターフィールドの舌打ちは、隠しきれない不愉快さが
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます