第29話 竜に迫る
作戦は極めてシンプルなものだった。
九頭龍本家のある山まで渡貫病院名義のヘリ(重火器装備)で近づき、正面突破。前から順にみこっちゃん、ミア、俺、千鳥。みこっちゃんが直接戦闘を担い、俺はミアの車椅子を押しつつ久遠を見つけ次第救出、その後に戦闘。
ミアは能力による補助。執事はヘリで待機、もとい遠距離からの眼と〈奥の手〉を担う。
「せいぜい背後に気をつけることですね」
執事の言葉が嘘であることを願う。
千鳥が殿を務めているのはそういうことだ。
九頭龍家を相手にして戦力が過剰ということはない。
ミアが誰にともなく呟いた。
「だいじょうぶ、だいじょうぶ、もしものときは、右目だって」
その真意を訊くことは叶わなかった。
千鳥がいう。
「なに、あれ」
いつだったか体重計に載ったとき同じくらい深刻そうな声だった。生憎、乗っているのはヘリコプターであって体重計は搭載されていない。視線の先には目を見張るほどの数値ではなく、柱があった。
一言で説明するなら、柱。山にそびえ立ち、天を支える柱。九頭龍の屋敷があるはずの場所に一本の柱が建っていた。
「こいつは驚いた。あのお嬢ちゃん、こんなことまで出来るのかい」
柱の周りに反時計回りで雲が集まる。あっという間に空が暗雲に覆われた。かと思えば、雲を集めるなり柱は消えた。
「道理で舵が取られるわけだ。アレはいわば、人工の竜巻というわけですね」
「ってことはウチらもヤバいんじゃないの? ヘリ落ちちゃう系?」
「ご安心下さいお嬢様。端からヘリで目標地点に向かうつもりはありませんし、このメンバーならいざとなればヘリから飛び降りた方が安全でしょう」
「そー、だけど」
千鳥が俺に視線を投げた。
俺は大丈夫なのかという視線か、それともミアを守れるかという視線か、測りかねる。通常の物理法則相手なら女の子一人守るのにこれほど頼もしい味方はいない。俺の身体は知らない。いずれにせよ久遠と合流できれば少なくとも俺は百人力以上。
というわけで、
「一番早いルートで頼むぜ」
「うっそでしょアンタ」
何かを間違えたらしいが、ヘリは方向を変えた。九頭龍の屋敷が正面に来る。どうやら山に近いヘリポートを目指すのも止めたらしい。
「え、本気? 六花、まぢで?」
「半分は」
「半分ってナニ?!」
「なるほど、それは名案だ。執事のお嬢ちゃん」
「ボクもそう思います。十六夜様の意見を取り入れるのは癪ですが、九頭龍迦楼羅の能力を鑑みるにこの天候は頂けない。お願いします。八叉様」
ヘリの後部座席には奥から俺、ミア、千鳥、みこっちゃんが座っていた。みこっちゃん側から風が吹き荒れる。ドアが開け放たれていて、灰色の後ろ髪が今、消えた。灰色のアイコンタクトを残し、落ちた。
「めちゃくちゃねあのジジイ!」
千鳥の手によってドアが締められる。シートベルトがしてあるとはいえ、身体は癖でミアを庇うように彼女の肩を抱いていた。遠く離れていく灰色の長髪の下には、一対の翼が生え、頭の上に円を載せれば立派な天使に見えるだろう。
「……爺さんなのか、あの幼女」
「書面上はね! っていうかアンタ」
わざわざシートベルトを締め直して、俺を睨む。
「それ、いいの? 浮気じゃない?」
視線を追う。
睨んでいたのは俺ではなくミアだったらしい。彼女はシートよりも俺の胸に縋るようにして、しかし今は白金色の鎖しか目に入らない。僅かに覗く耳は真っ赤に染まっていた。手を放しても離れない。
狙い澄ましたような衝撃。近づきすぎたか、と口を閉じたがそうではないらしい。
「失礼、風が強くて」
「いやいやいや、風が強くってこんなにがっくんがっくんしないでしょ?」
「するんです。まったくこれだから素人は」
「あ、わかったわかった、ごめんねー、ツンデレちゃん。図星だったねー、気にしてるんだねー、ほんと、ごめんねー?」
今、飛行している高度を百とすると、急降下するときは地上までの半分である五十程度まで下がり、直後、百まで上がるような動きを連続した。上下交互に吹き付けるなんて、なんて自然で機械的な風だ。
半分。
今、作戦の半分には俺の意見が取り入れられたのだ。久遠を早く助けに行きたいあまりに一番早く、なんて言っては見たがあながちおかしな意見ではなかったらしい。もし雨にでも降られたら、地表に張った雨の膜に迦楼羅の体液が混ぜられたら、など考えたくもない。屋敷の正門から突入して撹乱し九頭龍家の家族全員を敵に回す役目を担うみこっちゃんが飛び降りたのはその為だ。
俺たちは獣道を通って裏門から侵入、みこっちゃんから届いた情報を元に隙を突き、戦闘を優位に進める。ヘリの上下運動は本格的に顔を青白く染めた千鳥のマジで止めてで止み、早くもミアの能力が役に立った。自律神経を整えて吐き気を抑えたらしい。
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