第30話 朝焼けに包まれて

 裏門から音もなく侵入し、ミアの能力で迦楼羅の視神経に干渉した。こちらの動きに気が付き難いように盲点を作ったそうだ。

 曰く〈視覚過敏の誘発〉。


 そして俺たちは朝日に紛れて突入する。だから、久遠は俺の匂いをかぎ分けることができて、戦闘中の迦楼羅は俺が久遠に近づいたことに気が付かなかった。さらに双葉血脈の参戦を疑われない範囲でみこっちゃんの戦闘にも補助していたらしい。

 みこっちゃんの視線でバレるリスクは奇跡的に回避した。っていうか、迦楼羅が正気を失っていたから気づかれなかっただけのような。


 千鳥の自律神経を整えたのと反対に自律神経を乱して攻撃に転じればいいのではないかと問うと、難しいという答えが返ってきた。治すことはできても壊すことはできないということだろう。医者と彼女に相応しく、人外殺しの双葉には相応しくない、優しい左目だ。


 久遠を拘束するベルトを解き、一度前線から離れて状況を説明する手筈だった。久遠が戦える状況だったら俺も戦うと進言したのだが、殺し合った直後の執事に言わせると、甘えるなとのことらしい。結局、俺は久遠の拘束を解いた直後、顔を涙やら洟やらでくしゃくしゃにした久遠(二十四歳の姿)に抱き着かれ、抱きしめて頭を撫でる欲求に勝てなかった。


 彼女の身体はこんなにも冷たいのに、俺の身体は胸の辺りから全身に向けて沸々と温かくなる。ひとまずの無事を確認し、抱き上げた。彼女が好きなお姫様抱っこ、俺自身もこの体勢で縋りつかれるのは嫌いじゃない。


 来たときと同じ穴を通って屋敷の裏側へ撤退するべく向き直ると朝焼けに目が眩む。塞がった両手では日差しを遮ることも出来ず、目を細めた。逆光の中で陰る千鳥とミアと入れ替わる。交差するというところで千鳥はハイタッチを求めてきた。それは契約外だ。酷く悲しそうな顔に向け、しーっと口の形でジェスチャーを送ると、挙げられた片手で合掌をはじめた。理解が早くて助かる。


 ミアはみこっちゃんと迦楼羅に視線を向けたままで、千鳥の口の端にちろりと舌を出して決めたウィンクには腹が立ったが、彼女の手元で集中しているミアに免じて許すことにする。


 久遠を抱いたまま裏口の脇に腰を下ろした。右目だけ薄目にせざるを得ない。朝焼けに照らされた久遠の顔を確認すると、すでに顔の体液は拭い取られていた。代わりに鼻の頭も目の下も真っ赤に染めて、夢でも見ているかのようなとろんとした目をしている。


 たった半日会えなかっただけなのに話したいことも聞きたいこともありすぎて、上手く言葉が出てこない。


「……久しぶりの実家はどうだった?」


 額に軽い衝撃が走り、後頭部に伝播した。後頭部の方が重かった。その直前に、キッと睨みつける目があった。頭突きされたのだ。どうやら失言だったらしい。綺麗な形が変わったらどうするつもりだ、お前の頭。


 流れ星の明滅から目を落とすと、目には再び涙が溜まっていた。何も言わずに、傷つけないように涙を拭った。これ以上、傷つく必要はない。傷ついていいわけがない。


「遅いのよ……バカぁ……っ」


 俺は、上手く笑えているだろうか。

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