一冊の、日記を見つけた
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狗狼さんの家にやってきて、だいたい二週間が過ぎた。
二週間も、なのか、二週間しか、なのかはよくわからない。
ただ一つ言えるのは、この生活にもかなり慣れてきたということだ。
朝起きて、ご飯を食べながらその日の家事の分担をする。
担当になった家事をこなしつつ、ご飯を食べ、時間が空けば、ブラブラといろんな部屋を覗く。
大体どの部屋もうっすらとほこりを被っていることが多くて、あまり手入れがされていないことがわかった。
だから、気分さえ乗れば、そういった部屋の掃除もしていた。
もちろん、そういう気分ではないときは、そういうことはしなかったけれど。
その部屋を訪れたのも、暇つぶしだった。
扉を開けば、おなじみになったかび臭い空気がふんわりと鼻腔をくすぐっていく。
電気をつけるカチッとした音が、小さく部屋の中で響いた。
焦げ茶色の木でできた机と椅子、そしてベッドにクローゼット、本棚。
窓にかかった鮮やかな若葉色のカーテンは、雨戸が閉められたまの部屋では揺れることはない。
恐らくは、女の子が好みそうな、そんな可愛らしいナチュラルな雰囲気の部屋だった。
本棚を見れば、だいたいが私も読んだことのある狩人の教本で埋まっている。
他には、難しそうな専門書やら小説やらが並んでいた。
試しに一冊とってパラパラとめくってみる。……そっと棚に戻した。
ふと、背表紙になにも書いていない本に目が行く。
導かれるようにしてその背表紙に手を伸ばした。
手に取ったそれは、色あせたノートだった。
中を開いてみると、可愛らしい文字がさらさらと流れるように並んでいる。
日付が頭に書いてあるところから、恐らく日記だと思われた。
一瞬読んでいいものか躊躇してしまったけれど、好きにしていいと言われたのを思い出した。
まあ、文字からして狗狼さんのものではないだろうし、読んでもいいだろう。
そう思い、改めて読もうとしたときだった。
「あ、見つけたのか、それ」
「っ!」
冷たい声に、思わず飛び上がりそうになったのをすんでのところで堪える。
振り向けば、うしろから狗狼さんが私の手元の日記を覗き込んでいた。
「これって、日記ですよね?」
「それ以外に見えたら視力検査を受けることをおすすめするな」
「どなたのか、きいてもいいですか」
もう突っ込むのも面倒なので、無視して問いかける。
狗狼さんも恐らく無視される前提で言っていたのか、ああ、とうなずく。
「たぶん、
「意外」
「なにが」
「こういうの、全部残すタイプだとは思わなかったので」
まるで、そこに今も住んでいるような、そのままにされた部屋。
「あいつはここに住んだことはない」
「え」
「あいつが死んだあと、元の家からこちらに部屋の家具を移したんだ。前の部屋がかなり広かったから、全部、とはいかなかったがな」
狗狼さんは静かに前に出て、そっと本棚を指でなぞった。
「どうして……」
「忘れられないから、いや……受け入れ切れていないのかもな」
そういえば。
他の部屋は高確率でほこりが積もっているのに対して、この部屋はそんなことはなかった。
恐らくは、それなりの頻度でこの部屋を出入りしていたのだろう。
そっと、視線を狗狼さんの表情に移す。
灰色の三白眼が、切なげに歪んでいた。
「狗狼さんは、その元婚約者さんが、大切だったんですか?」
「もちろん」
視線を本棚から動かすことなく、狗狼さんは即答した。
まっすぐな返答が来るとは思っていなかったので、面食らってしまう。
「……あなたの肉親を、殺したのに、ですか?」
「お前は、もしもあの吸血鬼が雪と一緒になるためにお前の肉親全員を殺めたとしたら、どうする?」
茜が、舞白と添い遂げるために、私の両親や彼の両親を殺したら。
もちろん、茜はそんなことはしない。
それは茜の性格的に、というのもあるし、私の親が、茜が私以外と結ばれたいと思っていることを許したからでもある。
つまり、殺さなくても結ばれること自体は可能なのだから、私たちを殺すメリットも理由もない、ということ。
だけど、もしも、そうじゃなかったら。
私の両親や彼の両親が、茜の気持ちを認めずに、私と結ばれることを強制したら。
その結果として、彼が皆を殺したら。
私は。
「舞白を、恨みますね」
もしかしたら舞白を、殺してしまうかもしれない。
「僕も、お前と同じだ」
「同じ……?」
「好きだからこそ、そいつのせいだとわかってはいても恨みたくはなくて、原因となった人を恨む」
灰色がかった三白眼が、静かに私のほうを向く。
「僕の元婚約者は、僕以外の肉親全員を殺した。狩人に恨みを持つ、もしくは狩人を邪魔に思っている吸血鬼たちを使って」
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