たくさんの人を、救う手を。
* * *
しんとした暗闇の中で、じっと天井を睨む。
薫は、すごかった。
一人で、サクッと吸血鬼を灰にしてしまったのだから。
手慣れていた。
きっと、今まで何人も、助けてきたのだろう。
昨夜や、初めて会ったあの夜のように。
あの手は、きっと、たくさんの人を救える手。
それなのにわたしは、昨日それを途絶えさせようとした。
大好きな友人たちを巻き込んでしまうくらいなら死んでしまいたいと。
その気持ちのためだけに、わたしは、大切な友人であるはずの薫の手を、汚そうとした。
ざっくりとだけど、吸血鬼や狩人については、クロくんから聞いている。
だから、狩人が人間を殺したら始末されてしまうことを、知らないわけではなかった。
それなのに、わたしは、あの瞬間、それを忘れていたのだ。
自分のことだけを、考えて。
なんて醜いんだろう。
最低だ。
ぼうっとした光が、視界に入る。
ベッドの横にあるサイドテーブルの上に置いてある、スマホだ。
手を伸ばして、スマホを握る。
ひんやりとした冷たさに、吸血鬼たちの肌を思い出して、胸が痛む。
メッセージが着ていた。
給料の振り込みを行った、ということと、珍しく、起きたかどうか確認をしたいから、見たらすぐに連絡をくれ、というものだった。
今まで、一度もそんなことを言われたことはない。
不穏なものを感じつつも、何度か画面をタップして、電話をかける。
一度のコールで、彼は出た。
「起きてたんだ?」
いつも通りの声に、小さく息を吐く。
「さっき、たまたま起きたの」
「具合は? 大丈夫そうか?」
珍しいこと尽くしだ。
体調の心配も、そんなにされたことはない。
「特に問題はないけど……クロくんがそういうこと気にするの、珍しいね」
「自覚あるかわからないけど、お前、今日、死にかけたんだよ」
狩人として、心配するのは当然だろ、と。
そっと首元をさする。
いつも通り、噛まれたあとは残っていないような、そんな、つるりとした肌触り。
右手を握って、開いて、と動かしてみる。
持ち上げてみても、あの気だるいような感じはない。
背筋や血管に水を注がれているような、あの寒気もない。
意識が遠のくような感じも。
ああ、あのときわたし、死にかけていたんだ。
でも、今更だった。
他人の手を使って、死のうとしたのだから。
「傷、治してくれてありがとう」
「仕事だからな」
そうだ、それも、狩人の仕事の一つだった。
それでも。
心配してくれたのも、傷を治してくれたのも、仕事だからだとしても。
それをするかしないかは、また、別の話なのだから。
「うん、ありがとう」
「……しばらく、仕事は休みにする」
「え?」
予想外の言葉に、わたしは目を丸く開く。
「どういうこと?」
「単純に、僕がここをしばらく離れることになったからだ。流石に、お前も連れて動けないしな。だから、しばらく休み」
その言葉に、なるほど、とわたしはうなずく。
今までそう言ったことがなかったわけではないから。
ただ、まあ、年に一度あるかないか、くらいの頻度なので、驚いてしまったわけで。
それなのにどうしてなんだろう。
胸騒ぎがする。
「極力外に出るなよ。特に夜」
「うん、わかった」
「じゃあな」
「うん、おやすみ」
プツッと通話が切れる。
そっとサイドテーブルにスマホを置いて、わたしはもう一度、横になった。
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