私の髪が、短い理由

 + + +



 物心ついたときには既に、茜は私の守る対象だった。

「女の子の狩人はね、自分の身はもちろん、子供も守らなければならないのよ」


 だから、誰よりも強くならなければならないの。

 それが、母さんによく言われた言葉だった。


 私は、吸血鬼の父と狩人の母との間に生まれた。

 ずっと人間か吸血鬼と交わってきた一族だから、狩人だけとつがってきたところと比べると、狩人として出来ることも力も血も、すべてが劣っていた。

 だけど狩人として必要な治癒能力と変身能力は備わっていたから。

 私は親戚中に期待をされた。

 その分、男性からは甘やかされて、女性からは厳しくされた。

 もちろん逆の人もいたし、全員が全員そうだ、と言うわけではないけれど。

 でも間違いなく、幼い私の中では女性は怖くて男性は優しい、と区別されるようになっていった。


 父方の従兄弟である茜のことは、ずっとずっと、綺麗だと思っていた。

 夜を溶かした色の髪と、満月の光を集めた白い肌。

 優しく垂れた、夜中の湖のように透き通った瞳。

 綺麗な綺麗な、私の吸血鬼。

 

 買い物か、なにかをしていたときだった。

 両親と離れて、たまたま二人で行動をしていて。

 うずくまっている男性を見つけて。


 それが、吸血鬼だった。


 私はそれまで、親戚の吸血鬼しか知らなかったし、男性は優しいと思っていた。

 だから声をかけた。やめておこうよ、という茜の声を無視して。


 自分を殺そうとする人がいるだなんて、幼い子供に想像できただろうか。


 それは一瞬だった。

 茜にいきなり突き飛ばされた。

 意味がわからず文句を言おうと振り向いて、固まった。

 文句を言おうとした相手は、離れた場所でうずくまっていたのだ。

 名前を呼ぼうと開いた口は、悲鳴を上げることになった。

 吸血鬼の手が、いきなり首元をかすめたのだ。

 それは、明らかに殺意を含んでいた。

 初めて感じた、ひりつくようなそれに、腰が抜けそうになるのを何とか堪える。爛々と光る据わった赤い瞳が、鈍く光る長い牙が、ただただ恐ろしかった。

 逃げないといけない、親を呼んでこなくては。

 ぐるぐると頭の中は忙しなく回っているのに、思考は同じところを何度も行き来してしまう。

 まだ一人前ではないのだから、なにかあればすぐに連絡するのよ。

 そう母さんに言われたのを、思い出した。

 思い出した瞬間、私は背中を向けてしまった。

 お母さんを呼んだのか、助けてと叫んだのか。記憶は朧気だけれど、その瞬間に髪の毛を掴まれて、そのまま口を塞がれたのを覚えている。

 あの頃の私は、腰まで伸ばした髪をポニーテールにするのにハマっていた。それが駄目だった。

 殴られて、蹴られて、助けが来るまで逃げることも出来ず、暴力を浴び続けた。

 狩人の女は殺してしまおう。

 そんなような言葉を、何度も何度も吐かれた。

 痛みで気を失って、気がついたときには家にいた。

 茜がずっとうずくまっていたのは、気を失った振りをしつつ、私の両親にメールを送るためだったことを、あとで両親から聞かされた。なにもできなかった自分が、守るべき対象に守られてしまった自分が、ただただ情けなかった。

 そのおかげで私たちを襲った吸血鬼は退治され、今も私たちは生きている。


 これがきっかけで、狩人の女性は一部の吸血鬼から襲われやすいことを知った私は、それまでよりも熱心に訓練をするようになった。

 守られる側でいたくない、とか、守りたい、とか、そういった思いも確かにあったけれど、でも、それより強い決意があった。


 絶対に茜を、あんな醜い化け物にはさせない。


 それだけのために、私は腕を磨き続けた。

 お気に入りの長髪も、ばっさりと切った。

 いざというとき、邪魔になってしまうから。


 そのときの茜の、寂しげな表情は、今でも忘れられない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る