私の髪が、短い理由
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物心ついたときには既に、茜は私の守る対象だった。
「女の子の狩人はね、自分の身はもちろん、子供も守らなければならないのよ」
だから、誰よりも強くならなければならないの。
それが、母さんによく言われた言葉だった。
私は、吸血鬼の父と狩人の母との間に生まれた。
ずっと人間か吸血鬼と交わってきた一族だから、狩人だけと
だけど狩人として必要な治癒能力と変身能力は備わっていたから。
私は親戚中に期待をされた。
その分、男性からは甘やかされて、女性からは厳しくされた。
もちろん逆の人もいたし、全員が全員そうだ、と言うわけではないけれど。
でも間違いなく、幼い私の中では女性は怖くて男性は優しい、と区別されるようになっていった。
父方の従兄弟である茜のことは、ずっとずっと、綺麗だと思っていた。
夜を溶かした色の髪と、満月の光を集めた白い肌。
優しく垂れた、夜中の湖のように透き通った瞳。
綺麗な綺麗な、私の吸血鬼。
買い物か、なにかをしていたときだった。
両親と離れて、たまたま二人で行動をしていて。
うずくまっている男性を見つけて。
それが、吸血鬼だった。
私はそれまで、親戚の吸血鬼しか知らなかったし、男性は優しいと思っていた。
だから声をかけた。やめておこうよ、という茜の声を無視して。
自分を殺そうとする人がいるだなんて、幼い子供に想像できただろうか。
それは一瞬だった。
茜にいきなり突き飛ばされた。
意味がわからず文句を言おうと振り向いて、固まった。
文句を言おうとした相手は、離れた場所でうずくまっていたのだ。
名前を呼ぼうと開いた口は、悲鳴を上げることになった。
吸血鬼の手が、いきなり首元をかすめたのだ。
それは、明らかに殺意を含んでいた。
初めて感じた、ひりつくようなそれに、腰が抜けそうになるのを何とか堪える。爛々と光る据わった赤い瞳が、鈍く光る長い牙が、ただただ恐ろしかった。
逃げないといけない、親を呼んでこなくては。
ぐるぐると頭の中は忙しなく回っているのに、思考は同じところを何度も行き来してしまう。
まだ一人前ではないのだから、なにかあればすぐに連絡するのよ。
そう母さんに言われたのを、思い出した。
思い出した瞬間、私は背中を向けてしまった。
お母さんを呼んだのか、助けてと叫んだのか。記憶は朧気だけれど、その瞬間に髪の毛を掴まれて、そのまま口を塞がれたのを覚えている。
あの頃の私は、腰まで伸ばした髪をポニーテールにするのにハマっていた。それが駄目だった。
殴られて、蹴られて、助けが来るまで逃げることも出来ず、暴力を浴び続けた。
狩人の女は殺してしまおう。
そんなような言葉を、何度も何度も吐かれた。
痛みで気を失って、気がついたときには家にいた。
茜がずっとうずくまっていたのは、気を失った振りをしつつ、私の両親にメールを送るためだったことを、あとで両親から聞かされた。なにもできなかった自分が、守るべき対象に守られてしまった自分が、ただただ情けなかった。
そのおかげで私たちを襲った吸血鬼は退治され、今も私たちは生きている。
これがきっかけで、狩人の女性は一部の吸血鬼から襲われやすいことを知った私は、それまでよりも熱心に訓練をするようになった。
守られる側でいたくない、とか、守りたい、とか、そういった思いも確かにあったけれど、でも、それより強い決意があった。
絶対に茜を、あんな醜い化け物にはさせない。
それだけのために、私は腕を磨き続けた。
お気に入りの長髪も、ばっさりと切った。
いざというとき、邪魔になってしまうから。
そのときの茜の、寂しげな表情は、今でも忘れられない。
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