高校三年生

せーの

 * * *



 時間というものは、どうしようもなく早く流れるもので。


 ついこの間高校に入学した気持ちでいたら、もう最終学年になっていた。

 グラウンドをぐるりと囲むように植えられた木々は、紅、黄色、橙色に染め上げられていて、場所によっては誰かが踏みつぶした銀杏の香りがする。

 今日は体調が優れないから、と木陰で見学をしている茜を見つけて手を振れば、ひらひらと振り返してくれた。ここのところずっとフラフラしているから、ちょっと心配だ。


「よし」

 短く呟いて、薫が立ち上がる。

 足首には、わたしと薫を結びつける手拭い。

 うなずきあって、小さくいち、に、と小さく声を掛け合いながらスタート位置に着く。


 体育祭まであと一週間とちょっと。

 高校生活最後の体育祭だからか、みんな練習に気合いが入っている。


 二人三脚をやりたいと言ったのは、わたしだった。

 競技は全体でやる物以外はすべて男女別にわかれている。

 つまり、茜と同じ競技を選ぶことは出来ない。でも、薫と同じ競技を選ぶことは出来る。

 誘ったとき、驚いた顔をされた。そしてゆるりと笑って薫は言ってくれた。私から誘おうと思ったのに、と。


 うしろから走ってきたクラスメイトから、タスキを受け取る。

「せーのっ」

 薫のかけ声。いちに、と刻みながら、その場で足踏み。

 出る。

 そう思って、足を踏み出して──バランスを、崩した。

「……っ」

 足首と膝に、燃えるような痛みが走る。

「まし──」

「染桜!?」

 予想もしない名前に、わたしは慌てて上半身を起こす。

 グラウンドの向こう側。

 茜がうずくまっている。

 どう見たって、平気そうではない。

「茜!」

「舞白っ」

 グイッと腕を掴まれる。振り向く。薫だ。

 今までに見たことがないほど、その顔からは表情が抜け落ちていて、薫の気持ちがまったくわからなかった。

 ひたすらに静かなつり目が、わたしをじっと見つめてくる。

 茜のことが心配なのに。今すぐにでも駆けつけたいのに、不思議と薫から目をそらすことができなかった。

「悪いんだけど、茜には絶対に近づかずに、一人で保健室に行ってくれる?」

「え?」

 意味がわからず、わたしは首を傾げる。

「茜のためにもお願い」

 そこまで言われて、イヤだ、とは言えなかった。

「わかった」

 うなずけば、やっと薫は笑った。その笑顔は、酷く強ばっている。

 いつの間にか、薫が手拭いを取ってくれていたらしい。わたしが立ち上がると、薫も素早く立ち上がって、人だかりの中に入っていった。


 ふと視線を下ろせば、右足の膝に血がにじんでいた。

 久しぶりの、怪我だった。

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