彼は、私よりも狩人としては優秀だけど。

+ + +



 なんとか見つけだした舞白は、血の気のない真っ青な顔をしていた。

「舞白!」

 人間の姿に戻りながら名前を呼ぶけれど、ぐったりとしたまま、彼女の瞼はぴくりとも動かない。

「治療中なんだけど。吸血鬼臭い奴はどっかに……って、お前、こいつのお友達じゃん」

 冷ややかな声。

 舞白の首筋に手をあてている少年には、見覚えがあった。

 隣のクラスの人で、やたらと舞白に絡んでいる人で、そして、私の知っている、人間の記憶の一部を消すことが出来る狩人のうちの一人。

狗狼くろうさん……」

 名前を呼べば、露骨に顔をしかめられる。

「その名前、嫌なんだけど。狗なのか狼なのか、はっきりしろって話だよね」

「……舞白は」

「無事。とりあえず、さっきの記憶は消したから。連れ去られたあたりからの記憶が、かなり朧気になっていると思う」

 それよりも、と狗狼さんは三白眼を細める。

「お前、自分の担当している吸血鬼をそのままにしておいていいわけ?」

 言い返しかけて、飲み込む。

 そのままにしておいていいわけがない。

 わかってはいるけれど、でも、それはそれとして、このまま舞白を他の狩人に任せっきりにしたくはない。

 特に、あまりいい噂をきかない彼には。

 表情に出ていたのであろう。

 狗狼さんは蔑むような笑みを浮かべた。

「別にこのままこいつを返してもいいけれど、まだこいつの血はべったり付いてる。このまま戻れば、君の大切な吸血鬼を殺すことになるだろうけど」

「茜はまだ人間です」

 狗狼さんはけらけらと乾いた笑い声を響かせる。

「まだ、ね。でも、吸血鬼は吸血鬼だ。そのうち血を求めるし、君の血に飽きたらこの子の血を喰らうだろうね」

「……茜が人間の血を飲むことがあれば、私が息の根を止めます。醜い化け物になる前に」

 答えれば、途端にしらけたような表情になる。

「お前たちはいつもそう言うな。結局何人もの死人が出ているのも、吸血鬼を甘やかすお前たちのせいだろうに」

「狗狼さんたちのような、吸血鬼すべてを排除すべきと考えている、優秀な狩人たちばかりではないものですから」

 嫌味を言えば、ふん、と鼻で笑われる。

「僕がこいつを送り届ける。お前たちとはぐれたことにするから、僕が送り届けたあとにでも、家に行ってやればいいさ」

 まるでさっきまでずっと会場中を探し回ってましたってくらいに汗を垂らしてな。

 そう言って、またケラケラと笑う。


 信用している訳じゃない。

 でももしもここで、舞白を無理矢理返してもらったとして。

 そのまま茜のもとへ戻れば、十中八九狗狼さんの言うとおり、彼を吸血鬼にしてしまうだろうし、下手をすれば、殺さざるを得なくなるだろう。

 茜の元に戻る前に舞白を彼女の家に送り届けていたら、もしかすると狗狼さんはあの手この手を使って茜を殺すかもしれない。

 茜も、舞白も、無事に今日を終えるには、不安しかないけれど、狗狼さんを信じて舞白を彼に預けるしかない。


「舞白に変なことはしないでくださいね」

 いろんな感情を精一杯込めて彼を睨みつける。

 狗狼さんはそれをまっすぐに受け止めると、心底面倒くさそうに、しっしと手を振ってきた。

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