甘い香りを追って、私は駆け出した。

 + + +



「舞白!」

 一番に駆け出そうとしたのは、茜だった。

 だけど人混みに慣れてないため、なかなか進めない。

 それは私も同じだ。

「茜!」

 必死でなんとか茜のパーカーにすがりつく。

 振り払われそうになったことに少しだけショックを受けたけれど、手の力は緩めない。

 だって、このまま彼を舞白のところへ行かせるわけにはいかない。

 吸血鬼を、これ以上あの子に近づけさせるわけには、いかないのだ。

「追いついた先で、あの子が血を流してたらどうするの……!」

 そうしたら茜は吸血鬼になってしまうかもしれない。

 吸血鬼になったら、彼女の血を飲んでしまうかもしれない。

 彼女の、人間の血を吸った吸血鬼は、殺さなければならない。

 もしも彼女の意識がそのときにあれば、彼女の目の前で。

 人間から一部の記憶を消すことが出来る狩人は、いる。だけど、私にはそれはできない。

 つまり、彼女の記憶に残るのだ。

 自分を襲う茜と、その茜を殺す私が。

 茜も、そこまで理解が追いついたらしい。

 澄んだ黒い瞳が、頼りなさげに揺れる。

「どうすればいい……?」

「私が行く。あんたはどこか、一人になれるところにいて。どこにいても見つけるから」

「……わかった」

 うなずく茜。その向こう側で、色とりどりの花が夜空に咲き始めた。

 わっと歓声が上がる。

 みんなが空を見上げる中で、私は小さくジャンプをした。

 二本足で飛んで、四本足で着地する。


 狩人は動物に変身することが出来る。人によって様々で、その動物は狩人としての血の濃さも関係してきたりする。

 私は猫になれる。


 隙間を縫うようにして、私は全速力で駆け出した。

 独特の、甘い香りを追って。

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