お父さんに関する記憶は、ない

 * * *



 髪の毛をいじる。

 鏡の中。

 いつもと変わらないわたしが、そこにいる。


 ハーフアップにしようかな、とか、ちょっとアレンジしてみよっかな、とか。

 そういうことを頑張ってみたけれどうまくいかず。

 壁に掛かった時計をちらりと見る。

 もう、いつ二人が来てもおかしくない時間だ。

「色気付いちゃって」

 鏡越しに、お母さんと目が合う。

「別に、友達と花火大会に行くだけだもん」

「この間送ってくれた子たちでしょ? そういえば二人とも、綺麗な顔してたねぇ」

 にまにまと笑うお母さんに、わたしはむうっと頬を膨らませる。

「顔だけじゃないんだよ」

「例えば?」

「二人とも、わたしにいつも優しくしてくれる」

「お母さんもそういうお友達欲しかったわ」

 お父さんはとびきり顔が整っていたけどね、とさりげなくのろける。

 その顔が寂しげに見えたのは、気のせいじゃない。


 お父さんは、わたしが幼い頃に亡くなっている。


 だからなのか、お父さんとの記憶はないけれど、写真の中で見たその顔は、どことなく目元がわたしと似ていた。

 お母さんとお父さんは学生時代からのつき合いだったらしく、その頃はよく、お父さんは女の子と間違えられてナンパされていた、と何度もきかされた。

 曰く、お母さんが複雑な気持ちになるくらいには、学生時代のお父さんは可愛かったのだと。

 お母さんの部屋のすぐ隣にある仏壇には、可愛いと言うよりも、美形な顔をしたお父さんの遺影が置いてある。


 チャイムが鳴った。

 二人だ。


 慌てて洗面所から出る。

「気をつけて行ってらっしゃい」

 お母さんの声に、わたしは振り向いてうなずく。

「うん、行ってくるね」

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