わかりやすいにも程がある

 + + +



 疲れた。

 とにかく疲れた。

 用意された自分たちの部屋に入って数歩。

 ソファにどかっと横になった。

「お疲れだね」

 あとから入ってきた茜が苦笑気味に声をかけてくる。

 ゆっくりと起きあがって一人分の場所を空ければ、茜はお礼を言いながらそこに座った。

 体育座りをして、そっと茜によりかかる。

 座る場所に足をのせるなんてお行儀が悪いけれど、どうせこの部屋は私と茜だけしかいないのだ。

 よりかかった服からは、嗅ぎなれない柔軟剤と石鹸の香り。しょうがない、ここは自宅じゃない。私の祖父母の家なのだから。わかってはいても、落ち着くはずがない。

「腹立つ」

「まあ、あれだけ同じこと延々と言われればね」

 そうじゃない、と口から出かけたけれど、それもあることに気づいて飲み込んだ。

 あと二年だと言われた。

 高校を卒業したら、結婚をしろと。

 早く子供を作れと。

 ふざけるな、と正直に怒れなかったのは、理由がわかっているからだ。


 狩人は、女性の狩人からしか生まれない。

 人間と狩人の間に生まれることもないことはないが、かなりのレアケースだ。基本的に人間の女性と狩人の男性の間から産まれた子供は、人間だ。

 だからこそ、女性の狩人は大事にされ、同時に子供と自分を守れるように力をつけさせられて、そして子供を求められる。

 特に、男性の吸血鬼と親しければ、その人との婚姻を求められる。

 というのも、子供がどの種族になるかは、母親の種族が強く関わってくるからだ。

 つまり、男性の吸血鬼と女性の狩人の間に作れば、吸血鬼が浮気をしない限りは、吸血鬼の子供ができる可能性が減る。

 それと同時に、生活を共にすることによって、その吸血鬼による人間への被害を抑える、という目的もある。


 わかっている、頭では。

 でも、茜とそういう関係になりたいかどうかは、また別問題だ。


 茜のことは好きだ。

 だけどそれはあくまで人としてであって。

 それに、茜はたぶんだけど、そういった意味だと別の人が視界にいるのだろう。

「茜はさ」

「うん?」

「舞白のこと、どう思ってるの?」

 茜の体が強ばるのが、触れているところから感じた。

 気づかれないように、視線だけそちらに投げる。

 茜はもぞもぞと居心地悪そうに姿勢を変え、結局私と同じ、体育座りをした。膝の上で腕を組むと、その中に顔を埋めてしまう。どうやら見ていたことはばれていたみたいだ。

「答えなきゃ駄目?」

「別に、駄目じゃないけど」

 その赤くなってる耳を見れば、言わなくてもわかる。とは、言わないでおく。

「……吸血鬼になったとき、そばにいなければいいな、と思う」

 意味はすぐにわかった。

 舞白を見て美味しそうだと呟いたときから、そうなるだろうなと思っていた。

 たぶん、茜を吸血鬼にするのは舞白だろうと、根拠はないけれど予感がしていた。


 バイブ音。

 あ、と声を漏らす。パーカーのポケットからスマホを取り出せば、画面には舞白の文字。

「もしもし」

 向こう側で、息を飲む音がする。

「薫……?」

「そうだけど、どうしたの」

「寂しくて、電話しちゃった」

 へへ、とへたくそな笑い声。なに可愛いことしてるんだ、この子は。

 よくよく考えれば、ほぼほぼ毎日一緒にいたのに、約一週間も会っていないのだ。寂しくもなるだろう。

「茜も隣にいるけど、どうする?」

「え、話したい!」

 声色が明るくなる。その反応に微笑みながら、ちょっと待ってて、と、もう片方のポケットを漁ってイヤホンを取り出す。

 スマホにそれを挿してから、はい、と片割れを渡す。

「いいの?」

「話したいんだって」

 渡してないほうを自分の耳に挿しながら言えば、そっか、とどことなく嬉しそうに茜は笑う。その表情は柔らかい。

 こっそり写真を撮ってあとで舞白に送ってしまおうか、なんて一瞬考えたけれど、やめておくことにする。

「舞白、久しぶり」

「茜だ、久しぶり」

「どうしたの」

「えっとね、実はそろそろ花火大会があるんだけど、よかったら三人で一緒に行かない?」

「花火大会……」

 二人で顔を見合わせる。

 最後に花火大会に行ったのはいつか、なんて思い出すまでもない。

 だって、行ったことなんてないのだから。

 理由は簡単だ。履き慣れない下駄を履いて怪我をする人が多い。

 血の臭いは、極力茜に嗅がせたくない。

 そういうことだ。

「ダメ、かな」

 反応があまりよくないことに気づいたのだろう。

 しゅんとした姿が目に見えるようだった。


 舞白は、茜以外で初めてできた友人だ。彼女に悲しい思いはさせたくない。

 それに茜は、いつ吸血鬼になるかわからない。

 もしかしたら花火大会に行く、最後のチャンスになるかもしれない。

 ちらりと隣を見れば、お伺いを立てるように茜がこちらをじっと見つめてきていた。

 滅多に見れない上目づかいで。

「薫……」

「……」

 いい、もういい。責任は私が取る。茜が吸血鬼にならないように、もしもなってしまっても、最悪の事態にはならないように、私が気を張っていればいい。

 グッと拳を握りしめて口を開く。

「それは、いつなの」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る