胸に秘めた想い

メトロノーム

胸に秘めた想い

俺はこの想いを胸の中に閉じ込めるんだ。君に気づかれないように。

ずっと、そっと、胸の奥底に押し込めるんだ。

それが俺の「宿命」だから。


「おはよう」

俺の耳に届いた声。聞き慣れた君の声。

そんな朝の挨拶。もう、何年続いているのだろう。


俺と君の関係は「幼馴染み」

家が隣同士で親同士も仲が良く、俺達も自然と仲良くなったんだ。いつも隣にいた。


同じ幼稚園、小学校、中学校に高校。全て一緒なのは嬉しかったけど、嬉しくなかった。

だって、俺は君のこと...


「おはよう」

俺がそう返せば、笑顔を見せる君。

その笑顔が見られるなら、俺はどんな思いをしても平気なんだ。


二人並んで歩く通学路。柔らかな風が二人を包む。

この道が、この時間が、いつまでも続いてほしいと願っていた。


「おはよう」

そんな君の声が聞こえなくなって少し経った頃。

前から噂に聞いていたんだ。君に恋人ができたと。


「おはよう」

この言葉を口にすることもない。

いつかきてしまうと思っていた時間は、こうもあっさりときてしまった。

当たり前のように隣にいた君は、もういない。


俺の声も、言葉も置いて、君はいなくなってしまった。

長い年月を経て、作り、築き上げてきた関係は、一瞬にして壊れた。


それはきっと、俺の中だけのことなんだ。

君にとって、俺はただの「幼馴染み」


「ごめん」

ある日。傘もささず、君は雨の中俺の家の前に立っていた。

呟いた声は雨の音にかき消される。


俺は急いで家の中に君を入れた。君は俺に抱きついて泣き出す。

抱きついてきた君の身体は、雨に濡れ冷たかった。

そんな君に声なんてかけられなくて、抱きしめることしかできなかったんだ。


「ごめん」

そう呟いた君の言葉は俺の耳に届いた。

謝る必要なんてないのに、瞳に涙をためて君が言う。

そんな君の頭をそっと撫で、部屋へと上げる。


「ありがとう」

君の声が聞こえた。振り返れば君が立っていて、俺の隣へと座る。

柔らかな石鹸の香りがした。


風邪を心配してお風呂を貸した俺。服も俺のを貸した。

少し大きい俺の服を着ている君に目を奪われる。

君は俺の作った温かいココアに口をつけた。落ち着いたのか一息つく。


「ありがとう」

俺の瞳を見て君が言った。

俺は首を横に振る。君にお礼を言われることは何もやってないから。

それに君が笑顔になれるなら、俺は傷ついてもいいんだ。


君の口から溢れる俺ではない、俺の知らない人の名前。

涙を流しながら話す君。その人が恋人であることも、好きだということも全て分かった。


話を聞くことしかできない俺。

そして現実を突きつけられ、君の口から溢れる言葉、一つ一つに傷つけられる俺の心。

震えている君の身体。揺れる君の瞳。


「俺なら君を泣かせたりしないのに」


「そんな奴とは別れて俺と付き合おう」


そう言えたらどれほどいいか。

込み上げる想いを君に伝えられたら。けど、それは無理なんだ。


「幼馴染み」だからじゃない。そんなものじゃないんだ。

俺は、俺は...


「大丈夫」

君に言える言葉はこれしかない。

そっと君を抱きしめそう言うんだ。

苦しめられる胸も、悲しさが溢れる心も、見ないふりをする。

こんなことで君が笑顔になってくれるのなら、痛くなんてない。


「ありがとう」

ほら、何度目か分からない君の声が聞こえる。

顔を上げた君の顔は、少し笑顔が戻ってきていた。


それだけでいい。少しだけでいいんだ。君をもっと笑顔に、素敵な笑顔にできるのは俺じゃない。

だから俺は君の背中を見送るんだ。俺ではない誰かの元へ歩いていく君を。


「...」

完全に閉ざされた扉に背を預け、重量に逆らうことなく地面に座り込む。

頬を流れ落ちる雫。止まることも、止めることもしない。


この苦しみが、悲しみが、この痛みがなんなのか、分かっていた。

幼い頃から胸に秘めていたこの想いが「恋」だと。

分かっていたからこそ、言えずに、伝えられずにいたんだ。


何故なら俺は、俺は、「女」なのだから。

君への想いが「恋」だと気づいてから、俺はずっと胸に閉じ込めた。


そして、その時から身体に違和感を感じていたんだ。

何故自分は「男」じゃないのか。そればかり考えていた。

君を守るのは俺で、俺は「男」だと。そう思うようになってた。


中学のときの制服。スカートが嫌で、ほとんどジャージで過ごしていた。

そんな俺に、何を言うこともなく君は隣にいてくれたんだ。


高校は共学にして、制服もズボンがある高校に入った。

君も同じ高校。一つ違ったのは、君がもう隣にいないこと。


「またね」

家に入る前、必ず言ってくれていた言葉。

でも、もう聞こえてこない。


「好きにならなければよかった」


「出逢わなければよかった」


「男に産まれてくればよかった」


そう思っても何も変わらない。

もし俺が「男」だったら、出逢うことも、好きになることもなかった。

俺が「女」だったから出逢えた。好きになったんだ。


君以外、君以上に好きになる人は現れない。出逢うこともない。

そして、君へのこの想いは一生胸に秘めたままだろう。


言うことも、伝えることもない。これからも苦しみ、悲しんで、傷つけられる。

君が幸せなら、幸せになれるのなら。俺は全てを背負って生きていく。

それが俺の「宿命」だから。


「おはよう」「ごめん」「ありがとう」「またね」

君のくれた言葉も声も忘れないよ。


俺が君に贈れる言葉は、これしかないんだ。最後だから...

「ありがとう」そして「さようなら」

胸に秘めた俺の想い。

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