姉の意思
夕食を終えた後、盈は姉に呼び出された。涼しい風が服の間を吹き抜ける、月夜の晩だった。
すでに夜更けの空、星が冷たく輝いていた。姉は仰ぎながら盈に聞いた。
「お前は何を作ってたんだい、盈?」
「斬鉄剣」
「そんなもの作ってどうするんだい? 人を殺める気かい?」
それを問われて、どう答えるべきか。
「半分当たってるな」
「……」
反応に困る顔をされる。実際、盈もどう言葉にしていいかわからない。
「もしも、だよ。もし姉ちゃんが誰かに殺されて、その誰かに復讐すると言ったら、姉ちゃんはなんて思う?」
「前に言った仇討ちの話かい?」
姉はおそらくイタズラをしたガキでもいるのだろうとしか思っていないだろうか。
だが、その顔からは真剣さが滲み出る。
「もし私が誰かに殺されたら」
それは事実に触れた姉の確信が垣間見えた瞬間だった。
「本当の話なら、私は全力で盈を止めなければならない」
そして、姉は盈に向き合う。
「正直にお言い、何をする気なんだい?」
「姉ちゃんの仇を討つ、そいつを殺す」
口を小さく開けて、姉は盈に近づく。
そして、平手打ちを一発くらった。
「なんてことを言うんだい、まったく」
反論も何もできない。先ほど父に諭されたものの、実のところ腑に落ちていなかった。それに、斬鉄剣ができるまで、シノギの生命を奪って、仇を討ちたいと思っていたのは本当だから。
「私のことを何も知らないくせに、よく仇討ちをするとか言うわね。そんなに私は偉い人間か!」
「偉いかどうかはわからねえ、けど、姉ちゃんは俺にとって大切な人間だ、もし殺されたら俺は黙っていられないんだ」
盈にそう言われて姉は目が潤む。姉が二の句を継ぐのを躊躇うも、勢いで深く息を吸い込んで、盈にこう言う。
「正直にお言い、盈は本当に私を思って仇を討つのかい?」
「そうだよ!」
二発目の平手打ちを食らった。頬を張られ、さすがに黙っていられなかった。
「なんですぐ殴るんだよ、姉ちゃんは」
「私がなんで盈をはたいたかわかるのかい?」
父親と同意見だということだろう。
「俺を止めるためだろ?」
「違うわ、私が自分の怒りを止められなかったからよ」
愛の鞭とかそういうのではない。だがそれで良かった。姉が盈に感情を抱くほど、愛していることに間違いがなかったから。この怒りは決して危害を加える怒りではなくて、思いやり過ぎる感情なんだ。
「感情的になるなよ」
「それはこっちの台詞なのよ! 盈!」
「……姉ちゃん?」
ここまで来ると哀情の念で、焦がれた胸が溶けてしまいそうだった。
「あんた、人を殺すのに私が殺されたからだとか、仇討ちをするためだとか、そんなことどうでもいいんでしょう?」
「どうでもよくない!」
だがそこではじめて気づく。自分こそが感情的だったんだなと、盈は改めて気づかされる。
「私はね、あんたに地獄に落ちてもらいたくないのよ」
「……姉ちゃん?」
「確かに私たちは玉鋼を作り刀剣を作り、そして剣術を磨いた。けど、人を決して殺めることはしない。武道の精神は人を殺めるためにあるものではないと、おじいさまが何度も言っていたでしょう?」
それは先ほど父親に言われたばかりの言葉だ。
「人を殺めた者は例外なく地獄へ堕ちる。盈は地獄に堕ちたいの?」
「それは……」
そう、いっそのこと自分が地獄に堕ちてで姉の敵を討ちたい。そう思っていた時期があったこともこれまた確かだった。それくらいシノギのことが憎かったはずなのに、いまは目の前にある姉の顔しか見えないし、姉の言葉しか耳に響かない。一切の思考が遮られて、姉は盈の両肩に優しく手を置いた。
「私は、そんなことで、盈に地獄へ堕ちてもらいたくない! 姉の私がそう言っても、あんたは人を殺す気なの?」
自分が殺されたことを「そんなこと」扱いする。他人だったら許せず、鼻っ柱をぶん殴っていたところだろう。だが、当人から「そんなこと」と言われたら、盈は判断に困る。
けれど。
「わかったよ、姉ちゃん」
腹は完全に決まった。そして、どう生きるべきか、次にどうするべきかがわかり、瞳がまるで澄んだかのように、周りの世界が違って見えてきた。
「姉ちゃんも泣き虫なんだな」
「誰のせいだと思っているんだい!」
涙が溜まって、世界の形が歪んでいく。
「ごめん、全部俺のせいだな。俺がすべて悪かった」
「悪人は地獄に堕ちろ!」
そう言ってもう一度平手打ちを食らわせた後で、今度は姉のほうから盈を抱き寄せた。
目の前がとうとう真っ暗になり、心地よい気分になりながら盈の意識は再び朦朧と溶けていった。
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