玉鋼
「シノギ……」
「俺は一言一言覚えてる。教えられた言葉のひとつひとつを、先生」
いったいその謙虚さをいつの間にわきまえたのか。
「その言葉と、この玉鋼に、いま意味を与える」
様子からしてもう頃合いだ。炉を壊せばそこから鉧が、玉鋼が出てくる。シノギが言うのだから、きっと立派に成長した玉鋼が出てくるはず。
何かの木材を無骨に切り折って作ったような道具を使い、シノギは炉を壊しにかかる。周りからゆっくりと炉の土を崩していく。さぁ生まれ変わった玉鋼を見せてくれ、盈はじっと行方を見守った。
ゆっくり、ゆっくりと。焦ってはいけない。炉の土がぼろぼろと壊されていき、その姿がいまここに現れる。
「さすがだ」
素質はあると見抜いていた。その素質と、そして玉鋼作りを通して勝ち取った意味を、立派に吸収した玉鋼がそこにあった。そこに刀線は見られない。何にでもなれる。どんな刃物に変えることもできる。もちろん斬鉄剣にも。
「甘い、甘い」
「その程度で玉鋼とは笑わせてくれるわ」
心ない言葉を獄卒が言う。本来なら盈自身がなじるときに言う言葉でもあるが、こんな暴言を吐く獄卒を、盈は歯ぎしりしながら睨む。
素質があること、盈の目に狂いはなかった。
本当に昔の自分を見ているかのようだ。
晴れ上がったシノギの顔は、子供のようにくしゃくしゃに笑っていた。
なんだろうこのしつこく来る既視感は。シノギがかつての盈、玉鋼がかつて作りだした盈の成果、そしてそこに就く二人の獄卒は……。
「お前ら……いや、まさか」
「なんだ?」
「わいらに何か用か?」
獄卒の形相が固くなる。やはりこいつらは鬼に変わりないのか。
「いや、なんでもない」
なぜ盈は、こんな、人間だったらクズも同然の獄卒に、背中が震えるほど
気がかりなものがあるのか。それは不安か、焦燥か。歯に物が挟まったような感覚でかきむしりたくなる胸が余計に重くなる。
「ありがとう、……先生」
安堵の息を吐いて、爽やかな顔を見せたシノギは、両膝から力が抜け、土塊の地面に倒れ込んだ。
「こら、若造!」
「誰が休んでいいと言った!」
「やめろ」
ここまでやり切ったシノギを責める獄卒こそ責められるべきと、盈は目をかっと開く。
「休ませてやれ!」
ここまで根を詰めてやったのだ。それを見て、どうして責められよう。鬼だってたまには涙を流してもいいだろうに。どうしてこう情けをかけられないんだ。それこそ道理がわかっていない。
三日三晩どころか、一月は不眠不休で頑張ったんだぞ。そう盈は訴えたかった。
「何を言う、手前!」
「わしら甘く見てるんか!」
堪忍袋の緒が切れた顔で、シノギの胸倉をつかみ、無理矢理立たせようとする。そこに一方の獄卒が金棒を持って、背中を殴りにかかろうとする。
「やめて!」
そこをムシャが前に出る。
彼女もさすがにシノギの頑張りきったことを同情したか。二人を止めに入る。
だがムシャの顔を見て、獄卒は面食らった顔をする。
「お前、どこかで見た顔だな」
「昨日、一年、もっと昔かもしれん。だがその顔ははっきり覚えておる」
こいつら、ムシャを知っているのだろうか。
ムシャは両手を広げ、金棒で打撃を加えられぬようシノギを庇う。
「ちくしょう、手前。逆らうんか!」
「まぁいい、もう一度錆びだらけにして閉じ込めてやら!」
確かに彼女は錆だらけで、あの鉄扉の中に閉じ込められていた。
そのことをなぜこの二人は知っているのか。どんな背景があるのか盈には知るよしもない。シャはいったい何をしたのだろうか。
「何をしておるのだ」
後方から誰かが来た。
そこに居合わせたのは、加えてもう二人の獄卒。
「いや、こやつが倒れたところを」
「この二人が邪魔しに来たので……」
鉧を両脇に、青い顔で獄卒はその二人に答える。
「ほう、玉鋼ができたか」
「感心したな、この小僧」
何かよくわからないことばかりが起こる。盈には理解が追いつかないどころか、理解に手が届かない。
いまここに現れた獄卒二人はいったい何者なのか。すると、そいつら二人が盈の両肩を揃ってぽんと叩く。
「盈か」
「盈だな」
なんだろう、この人間とは思えない形相の二人から、人間以上の親近感を感じる。
この二人の獄卒は、いったい何者なのか。
ふいに風でも吹いたかのように周りで燃え盛っていた炎がろうそくを消したように消える。
すべては暗闇に包まれた。まるで炎の起源どころか、太陽すらとうの昔にそこになかったかのように。
そこで盈の意識は途切れた。
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