聖剣
「なんだよ、お前ら、俺をどうするつもりだ!」
「うるさい、大人しくしろ!」
縄も解かせてくれず、そのまま村の広場まで無理に歩かされた。
「盈坊ちゃま……」と周囲に集められた村人がざわつく。不安にかられたような声色だった。
「すまないみんな、俺がふがいなくて」
頭を下げる盈。その合間に首根っこを押さえつけられ、後ろ手に縛った縄が解かれないまま、地面に膝をつけさせる紫衣の男たち。
広場の周囲に並ぶ
「静まれ!」
村人のざわめきを制止するよう、シノギが叫んだ。周囲は一言も漏らさずじっと盈のほうを見る。緊張の糸が張り詰めた瞬間。
後ろで紫衣の男たちが二人がかりで何かを運ぶ。黒い布で覆って、それが何なのかはわからない。
「聖剣、
黒布がのけられ、ひとつの太刀が現れた。
刀掛台で横倒しに配置され、篝火に照らされて、黒光りしていた。
黒色の鞘に刀は収められてはいるが、シノギの斬鉄剣に輪郭が似ている。
紫衣の男たちも、村人たちも、ただちにその場で平伏する。
ただ茫然とその様子を見ていた盈に一人の配下が気づき、奴は後ろから盈の頭を地面に押さえつけた。
「いってえな!」
「うるさい! 御佩刀様を前になんたる無礼!」
――やめよ。
聖剣のほうから厳めしく女性の声が聞こえてきた。
「御佩刀様! こいつは!」
――我の言葉が聞こえぬのか?
「ははっ」
盈の頭を押さえつけたまま、この男も額を擦らせて
聖剣との対峙。
これが御佩刀教が祀る聖剣の声だろうか。にわかには信じがたいが、確かに聖剣から間違いなく声がしていた。
――そなたが志摩満の
盈は押さえつける奴の手を払い、ゆっくりと顔をあげた。
村人が皆、表を半分あげながら、心配そうに盈のほうを見ていた。
「ああ、そうだ」
するとまた頭の血管が切れたように横にいるこの男が激昂の様子を見せる。
「なんだ! その無作法な言葉は!」
紫衣の男が盈の肩を思い切りはたき、乾いた音が一回鳴り響く。
――我はこの者と話がしたい。会話の席を与えないか。
「しかし……! いえ、申し訳ございませぬ」
すぐさま盈を縛った縄を奴ら数人がかりで解かれ、背もたれのない小さな椅子が盈に与えられた。
――我が信徒こそ無礼を働いた。許せ。
「まぁ、いいけど」
それでも怒り混じりに盈はぶっきらぼうに聖剣をにらみつける。
――すまない。
随分と聖剣様も頭が低いなと盈は思う。不敬な者には容赦なく天罰でも与えるような存在かとばかり。
――我はそなたに助けを乞いたく、ここに呼んだ。
だからこそ、こうして椅子まで出しての待遇かと盈は察した。機嫌を害したままにされては話も容易に進まないと考えたか。
盈がまず希望することは村人の解放だ。それが通らなければどんな要望も応えないつもりである。
――シノギ。
不意に呼び出され、彼は盈の横に立ち膝で並ぶ。
「なんでございましょう、御佩刀様」
――志摩家の令孫よ、このシノギに蹈鞴の
シノギが驚いた顔を見せる。だがここで盈が引き下がるわけにはいかない。
「俺が希望することは、村人の解放だ。それが出来なければ、聖剣様だろうがシノギだろうがお前らの要求は呑まない」
――その希望を叶えよう。
二つ返事で承諾されて、盈は目を丸くする。
「御佩刀様! いけませぬ! こやつの言いなりになっては!」
――いいのだ。シノギ。
シノギは苦虫を噛みつぶしたような顔を見せるが、盈をきっとにらんだ後、冷静さを取り戻して頭を下げる。
「けどな、こいつも俺と同じ志摩家の血を引く者だろ? 蹈鞴くらいがわからなくて。俺はどうしても考えられな……」
だが考えてみるとシノギはズブの素人だ。その覚えは確かにある。
彼は玉鋼作りに成功をしていない。でなければ、二年も村人を働かせてはいないはずだ。
シノギには、蹈鞴を監督する者、村下の役が務まっていない。
――聞いてくれ、令孫よ。このシノギは蹈鞴を知らない。そればかりではない。シノギがかつていた世界にはもう蹈鞴は存在しないのだ。
「なんだって?」
にわかに信じがたいことだった。けれど、打ち震えるシノギを見て、盈は合点が行く。
――彼がいた世界では、玉鋼など必要としない。そのような世界に完全に変じてしまったようだ。
確か、満おじいさまもそのようなことを嘆いていたことを盈は思い出す。
あの世界では日本刀は廃れ、鉄砲による戦争が主になった。鉄砲玉とか鉄砲が何を意味するのかは盈にはわからない。けれどそこからあの世界がどういう道を辿ったのかは想像に難くない。それだけ刀の使用が廃れてしまったということなのだろう。
だとすれば玉鋼作りの伝統がなくなってしまったのも頷ける。
「シノギ、お前なんでここに呼び出されたんだ?」
「製鉄業で働いていたからだ。これでも工学について、いっぱしに勉強をしたつもりだ」
ところでこいつ齢はいくつだろう、という考えがよぎる。いや、そんなことを訝っている場合ではない。盈は落ち着いて考える。
彼は確かに勉強をしただろう。だがその学んだものの中に蹈鞴についての言葉は何ひとつ入ってなかったのだと推測できる。
いや、そもそも蹈鞴の世界は字引で学べるものではない。あれは腕と目と耳、ひいては全ての感覚を総動員して覚えるもの、経験するもの。書に残せるものではない。
「シノギに務まるわけないぜ、聖剣様」
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