発覚


   ◆


 シノギはいまもここを支配している。近時に彼はここに立ち寄るだろう。そうなれば自分が偽者だと発覚する。これは時間の問題だ。

 蹈鞴から坂を上がった場所に河川があり、そこから上流に滝がある。ムシャとともに滝に辿り着き、そこからゆっくりと下流のほうへ下っていく。盈はつぶさに地面を観察する。

「盈」

「なんだい、ムシャ」

「これからどうする、の?」

 彼が探しているのは水流量が膨大な場所。

「川に落ちるなよ、ムシャ」

「そこまでドジじゃない」

 死なないまでも、彼女が川に落ちれば、鎧は錆び付いて二度と動けなくなる。盈が危惧する一番はそれだった。

「ムシャには話したことがあるよな、俺には刀線が見えるって」

「知ってる」

 刀線。

 形状的に脆いところ。わずかな刃こぼれでできた刀剣の急所。他、加熱や冷却で壊れやすくなった箇所。

 だが、彼には相手の武器以外にも刀線を見ることができる。

 たとえば、昨夜に斧で押し切りした鎖にも刀線は走っていた。

「ここらあたりがいいかもしれないな」

 そこは幅が広いながらも、やや険しい斜面で急流であり、水流量も十分に膨大だった。

「これからどうするの?」

「俺には刀線が見える」

「さっきから何度も言ってる、わかってるよ」

「じゃあ、わかるはずだ。俺がいまどこに刀線を求めているか」

 盈は何を斬るつもりだろうか。

 巨大な石など斬っても意味がない。川を斬るとか、伝説とか奇聞とかそういう御伽おとぎめいたことをするつもりもなさそうだし。

「何、するの?」

 ムシャの問いかけに盈は指を立てて応じる。

「そこが俺の名作戦と言われる理由さ」

「まだどんな作戦か聞いてない、聞く前から名作戦とは言わない」

「これから言うんだよ」

 まぁ見てろと言いながら盈は、川べりを歩いていく。

「あそこだ」

 まるで宝物を見つけた子供のように、盈がはしゃいで駆け寄る。

「俺にはここに一筋の刀線が見える」

 川から川岸にかけて目線を走らせる。ムシャにはわからないが、盈にはどうやら見えるようだった。

「ここを刀で斬るの?」

「まぁ落ち着けって、これから説明するより前にこれを見てくれ」

 そう言うと真っ白な石を見せる。村人たちに用意させた生石灰のうちのひとつだった。

「これをどうするの?」

「こうするんだよ」

 生石灰を川辺に水のだまりになった場所に投げ入れる。

 すると生石灰は勢いよく泡を吹き出しながら、溜まりになった水が熱水となり、最後はぶわっという音とともに、熱水が周囲に弾け飛んだ。

「凄い、魔法の石みたい」

「まぁ主に炉の還元剤に使われるんだけどな、生石灰っていうのは水に触れるとこうなるんだ。それでだ、もしこれを大量に用意して水をぶっかけたらどうなる?」

「どかん?」

「ご明察」

 蹈鞴はこの川の下にある。刀線、すなわち堤の弱い地盤を生石灰で爆発させて川を決壊し、あとは炉に向かって川の水が押し寄せる。炉はおじゃんになる。そうなれば奴らもさすがに諦めをつけるはずだ。

「どかん、名作戦」

「だろ?」

 あとは大量の生石灰が運ばれてくるのを待つばかりだ。

「さて、これを……んっ?」

 ふと紫の衣を纏った人間が現れた。厳めしい顔をした仮面をつけ、こちらに肉薄してくる。

「おう、お疲れ」

 シノギの振りをして、彼を労う。

「盈!」

 危機を察してムシャが叫ぶ。

 奴は歩みを止めず抜刀した。そして、にわかに刀の切っ先を盈の喉元に当ててきた。

「何をしやがる、俺は志摩シノギだぞ!」

「奇遇だな」

 仮面の下で紫の衣を纏った人間が乾いた笑い声をあげる。

「俺もお前と同じ名前を持っているのだ」

 仮面を取り外し、盈と同じ顔が露わになった。

 ご本人が登場しやがった、盈は舌打ちをする。

「やわな刀をまた作りやがって」

 突きつけられた刀の切っ先を見ながら、盈は冷静沈着の高みからそう言ってのける。

「なんだと?」

 それを聞いて、刀を持つシノギの手が小刻みに震える。

「そんなおもちゃで世界を征服するつもりか、笑わせるなシノギ!」

「……生憎だが、それは違う」

 何が違うというのだ。戯れ言もほどほどにして欲しいと盈はシノギから視線をそらす。

「この刀こそ斬鉄剣だ」

「いい加減にしろ、俺が投げつけた玉鋼の強さもないくせに……」

「ああ、悔しいながらもお前が投げたその玉鋼で作ったのがこの斬鉄剣だ!」

 歯ぎしりを立てながら臍を噛む顔でシノギは言い放った。

「じゃあ俺のおかげか、分家となじった俺ら志摩家の力を借りなければ斬鉄剣が作れないとなれば、お前の力量もまだまだだな」

 土足でシノギの心に上がり、どんどんと挑発をしていく。その壊れていく矜持のさまはとても見せられたものではない。張り子の虎を破るがごとく、化けの皮が剥がれていく顔だった。

「なんで俺を殺そうとしないんだ?」

 生憎だが斧は家屋に置いてきた。盈がシノギに出会うことは予想だにしていなかったから油断した。

 さっきから切っ先を喉元に当てているだけで、首の皮一枚にすら刃を入れようとはしない。すぐにでも殺すことなど容易いはずなのに。

「それともこう聞き直そうか、なんで二年かけて村の人間を酷使させて、斬鉄剣の一本作れないのか、ってな」

「貴様……!」

「あのあとお前が斬鉄剣と呼べる代物を作ったのは、俺の玉鋼で作ったその一本だけだろう?」

 図星を射られたか、シノギの眼がかっと見開いた。

「お前と会うことができて、気が変わったぜ」

「な、なんだ」

 動揺を隠せず、頸動脈に対峙するだけの刃先が、カチャカチャと左右に動く。

「村人を解放しろ、俺が玉鋼を作ってやるから」

「ふん……誰がそんな条件を呑むか」

 その一言で盈は憤怒の激情が腹の中から喉まで昇ってくるのを生々しく感じた。

「俺の最大の譲歩がわからないのか! あのときお前は、村の人間を何人か殺した。おそらくその後も過酷な労働に従事させて何人も殺しただろう。俺の身内を生きて返せ! 俺の姉ちゃんを返せ!」

「こんの……」

 今度こそシノギが斬鉄剣を振り上げる。

「盈、危ない!」

 シノギと盈の間にムシャが入り込んだ。

 斬鉄剣の切っ先が彼女の頭に強打する音が甲高く鳴る。

「ムシャ!」

 笠を斬って払い落とし、斬鉄剣の刃先はムシャの仮面と兜に亀裂を作った。剣先に血雫の一滴が地面に落ちる。

 一見ではムシャへの致命傷にはならなかったようであるものの、盈の心に再び激情が走った。

「シノギ、お前の気持ちはわかった……俺も村人も、煮るなり焼くなり好きにしろ!」

「……ちっ」

 河川の離れの岩陰から、シノギの手下が現れる。彼らは二人を拘束し、村の一角の家屋に押し込められた。

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