志摩家の者はおるか!
充は大きな握り飯をいくつも持ってきた。
そこかしらに置かれた角材に各人が座って、大きな口を開けて握り飯を食う。
「うめえうめえ、空きっ腹から腕が出てくらぁ」
盈は相変わらず大袈裟な言葉が多い。
「大飯食らい、一銭も稼いでないていたらくのお前がさ」
「一銭も稼いでないとは言わせないぜ、この鉧を姉ちゃんも見てくれよ」
めらめらと輝きを見せる鉧はまだ熱を持つ。
「不思議なんだこの鉧。刀線がまったく見えないんだ」
盈には生まれつき不思議な素質があった。あらゆる物に刀線が見えるというのだ。
木や金物、石など。たとえば、いま座っているこの木材にも刀線が走っているのを盈は見えるというのだ。
鉄にしても木材にしても、刀でどのように切り、どのように力を入れれば綺麗に切断できるかがわかる。紛れもなく生来から盈が持つ観察眼だった。
この鉧の内部がいまどのようになっているのかはわからない。水をかけたとは言え、まだ手を触れられるほどの温度までは冷え切っていない。随分と荒療治を仕掛けた。けれどこの鉧は内部が何か力強い躍動で渦巻いている。そんなことが起こっているに違いない、と盈は望みを持っていた。
そして、その刀線というものがこの玉鋼には見えないのだという。玉鋼となるこの鉧が何よりも強い金属であるという証明だ。
「それは凄いことだこと、でもこれ以上強い刀を作ってどうするつもりなんだい。おじいさまのご意思はすでに叶っているのよ」
おじいさま、志摩満は最期の地として、この山奥へ迎えられた。彼はこの村に籠もり、玉鋼と刀鍛治を教えてくれた。
かつて諸国はこの島の統一を目指して互いに戦争をしていた。この山地から海のそばに見えるあの町までを統べるこの小国もその例外ではなかった。
島には随所で語り方は違えど、ひとつの伝承があった。神剣を手に入れた者は、諸国を征する、と。おじいさま志摩満はこれを聞き、こう仰られた。
「神剣など必要ない。わしがそれに代わる刀を作ってやろう」
当時ここは小国の村に過ぎなかった。しかし、おじいさま自らが刀を作り、この小国はこの島を征した。何も神剣を探す必要などなかったのだ。
おじいさまはこの国に聞き馴染みのない言葉で話していた。おじいさま曰く、それは日本の国の言葉、日本語だという。
無論おじいさまも努力して、この国の言葉を勉強された。しかし玉鋼作りと刀鍛治をする際には、どうしても日本語でないと意図が伝わらない概念が多々あった。そこでこの国の人間はおじいさまの言葉ひとつひとつに触れ、日本語を勉強した。いま盈たちがこの村で話しているのも、大方は日本語である。
ここに戦争はすでにない。刀は不必要とされているかに見える。この玉鋼も必要ないと思われる。だがいまも心の鍛錬として刀を作っているところは多い。
鉧を見つめながら盈は、まるで炎のように目を照り輝かす。
「この玉鋼を売れば、きっとご飯百俵はもらえるぜ、握り飯にはきっと一生困ることはねえ」
「お前の頭の中は、本当に握り飯だけなのね」
おじいさまの歴程を振り返りながら、充はあきれ顔を見せる。彼女もまたこの鉧の輝きを寂しそうに見つめる。
充が家に戻り、大量の握り飯をのせていた籠を下ろす。そこに一人の男がいた。作業葉にいた一人だ。頭を下げ、申し訳ございませんと言った。煤で真っ黒に汚れた上半身と顔を晒していた。
「いいのよ。すべて私の弟が悪いんだから」
「いいえ、自分が悪いんです!」
真剣なこの男の顔で、何か言わねばならない理由がありそうだった。
「自分が炉に不用意に近づいて、服に火が燃え移ったんです」
みんな躍起になって布団や
そうか、盈は彼を庇ったわけか。玉鋼作りを幼い頃からやってきた盈が、炉の中に水をかけるヘマをするはずがない。充もどこかしらでどう考えてはいたのだろう。
玉鋼に夢中になってはいるけど、彼が危険に身をさらした瞬間に盈は、玉鋼などどうでもいい、きっとそう思ったのだろう。
「まったく、バカね」
「はい、自分は大馬鹿者です」
「あなたじゃないわ。盈は本当にバカよ」
「いいえそんな……盈坊ちゃまがそのようなバカなどと……」
「盈がバカなおかげであなたが助かったのよ、バカは本当にバカにはできないわ」
「充お嬢様……」
きっと彼が叱られないように、盈は嘘を吐いたんだと悟った。
◆
それから数週間が経過した。その日、雨が激しかった。土肌が露出した地面を水雫がびたびたと執拗に穿つ。
馬がいななくのを遠くで聞いた。こんな山奥に何用かとみんなが思ったのだろう。ぞろぞろと村人は家から出てくる。
濡れた地面を蹄鉄が叩く音が近づいてくる。
はずれの屋舎あたりに馬が到着したあたりで、男の荒げた声が聞こえた。
「志摩家の者はおるか!」
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