爆発がしたにも関わらず、村は落ち着いていた。盈はおそらく大丈夫だろう。だがこの爆発で迷惑を被った者がいるだろう。姉はそれが一番の気がかりだった。

 家屋のほぼすべてが平屋で、それらはすべて伐採したこの山の木で建てられている。火の燃え移った家は確実にないと信じる。では問題は炉のほうだ。誰かが怪我や火傷をしているかもしれない。

 村人たちが走り込む姉を見ていた。

 危険な山道に慣れた村の子供たちと行き交う。「みつるちゃん、どごーん」と無邪気で楽しげに騒いでいた。それだけ軽い話題で済んでいればいいのだけれど。

 平和過ぎてなぜだか安心しそうになる。姉は決して安心していられない。かつての戦でピリピリとしていたあの神経はどこへ失せてしまったのだろう。

 ところどころに生えたごつごつした樹。地面から浮き出た根っこに足が当たって、躓きそうになる。なんのこれしきと、ふらついた両足の裏を地面につけて一息吐く。枝ばかりがしげって小さな葉ばかりのこういった樹木は、さすが建材に使うほど丈夫だから憎めない。

 蹈鞴の場所へ行く途中で、隣家同士で世話になっているおばさんと出会う。

「ほほ、今日もみっちゃんは威勢のいいことだこと」

 そんな暢気に言われ、急ぎ足が途端に止まる。

「すみません、うちのみつるが」

 盈はまたきっと問題のある行動をしたのだ、平謝りせずにはいられない。

「違うわよ、みちるちゃん。あなたのことよ」

 紛らわしい。姉の充も、弟の盈も、同じようにみっちゃんと呼ばれるこの世間体だったから。

 しかし十七歳とて、もう一人前の女性だ。このように髪も乱れた状態で駆けるのはなんとも恥ずかしい。すべて盈のせいだ。

「安心していいわよ、あの程度なら。盈ちゃんきっと大丈夫だから」

 からからと笑っておばさんは去って行った。あの程度とはいえ、きっと程度のあることをしたのだ。充は尻に火がついて再び走り出した。

 本当に大丈夫だろうか。


 林を抜け、丈のない雑草ばかりがちびちびと生えた土地で、蹈鞴場はわずかに壊れかけていた。

「盈! 何が起きたの!」

 傾きかけた小さな家屋を見つめながら、全身煤にまみれた盈が地べたに尻餅を着けている。

 盈はただ乾いた笑い声を漏らす。決して笑い事ではない。

 蹈鞴を踏む者など、作業をする人間が茫然としている。

 今日作業をする人は、いましがた全員この場にいるから、死者は一人としていなかったのは不幸中の幸いか。しかし服が焼け焦げた者が一人いる。やはり幸いではない。謝って済む話ではない。

 やはり炉が爆発して、この惨状となったのだ。充はすぐに確信を持った。

「盈! お前ったら、何やってんだい」

 周囲の人間が辟易するくらい激高し、充は盈に怒声を浴びせる。般若の面をかぶってると言わんばかりではない。人の面皮をかぶった般若の顔だ。

「まったく、お前ってば鉄砲玉なんだから」

「ね、姉ちゃん。鉄砲ってなんだよ?」

「知らないわよ。鉄砲はおじいさまがもっともお嫌いになってたものだと言ってたから、きっとあんたのような子をそう言うのよ!」

 充よりも身長が低い盈には、この威丈高に抗う心はなかった。

 散切りした髪は、この爆発のせいだろうかさらにボサボサしている。

 齢は十五になったばかりだが、このバカさ加減はいい加減卒業して欲しいと充はいつも嘆く。

「大丈夫だよ、喜んでくれ。ほら」

 丸太棒と鎖を使い、まだ赤々とした熱い鉄の塊、けらが慎重に蹈鞴場から出てくる。

「あの爆発があっても壊れなかったんだぜ、これは強い玉鋼になるよ」

 充が盈を肩車したとしても、その背丈に届かないほどの鉧があった。

 我が物顔で地面に寝転がるさまは、縦横無尽な豪傑を連想させた。

 それにしても、この製鉄の過程で何が起こったのだろうか。

「何したんだい? お前は」

 玉鋼作りの三夜の明け、今日は炉から鉧を取り出す最終工程のはずだが。

「炉の熱さが安定しないから、水をぶっかけてみたんだ」

「こっ……」

 この馬鹿野郎と充は叫びそうになる。溶けた鉄に水が触れて熱蒸気を生じ、爆発したのだ。

 自分の過ちを省みもせず、バカな面を見せる。顔を真っ黒にした男たちは、この姉弟を見ながら、おどおどとしていた。

 いつもいつも無茶なことばかりをする。

「お前のような子は鍛冶じゃなくて火事で死んでしまうのが関の山よ」

「ははっ、うまいこと言うよな、姉ちゃん」

 拳骨が盈の頭に降ってきた。

「いってえ、何すんだよ姉ちゃん!」

「うるさいわね、この表六玉ひょうろくだまの鉄砲玉が」

「ははっ。でも、鉧はあの通りだ。あれだけ頑丈ならきっといい玉鋼ができるぜ」

 充はため息を吐いて盈の愚かさを許す。きっとこの盈のバカもいつか役に立つ日が来るだろうと願いながら。

 盈は当てた字(日本語で「漢字」と呼ばれる文字)が違うものの、おじいさまの名前を受け継いだ。すでに跡取り息子になることは決まっていた。生前おじいさま曰く。この子には何か人と違うものを持っている、そんな感じがすると。そしてそれはまさに本当だった。

「それにしても姉ちゃん、腹が減っちまったぜ」

 すっかり忘れていた。朝食をここに持ってくるのだった。朝餉の時間はとっくに過ぎた。この者たちも腹を空かせているだろう。この爆発事故のせいで本当に忘れていた。

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