斬鉄剣ノ士

 この小国の騎馬兵十人。国軍の鎧を着ていることから察せられるが。まるでわらわらと群がる虫のように彼らはここに馳せ参じた。

 平和が訪れたはずのこの地に、国軍がいったい何の用だろうか。焦げ臭い雰囲気が漂ってくるようだった。

 騎馬兵は自分に誇りを持ち、国と民に対し礼儀をわきまえるべき者のはず。

 だが、その物々しく厳めしい顔つきは、かえって無礼者の体をなしていた。

 この雨の中、村の人間はぞろぞろと集まり、騎馬兵のところへと行く。

「もう一度問う、志摩家の者はおらんか!」

 いまこの場に盈と充はいない。母は二人が幼い頃に帰らぬ人となり、父はいま行方がわからない。父が村にいないこの時分だから、会わせるとしたら二人の孫姉弟。だが、ここで会わせたら何か危険なことがあるかもしれない。村の人間はみんなそう思っている節があった。

 一人の女性が肝っ玉が座った調子で前へ出た。

「なんだいなんだい、こげんな物騒な格好で、お前らいったい何をしに来たんだ。志摩満様に無礼じゃないかい!」

「やかましい、早く出せ!」

 口から泡を飛ばし、彼女を睨みつける。ますます礼儀礼節を知らないと見える。

「それが満様に対するお言葉か! 満様はお前たちにその刀を与えた英雄よ!」

「王陛下からの文書はないのか」

「満さまに無礼を働くような扱いをしたら、お前らの首が飛ぶぞ!」

 怒りの言葉を次々と口に出すのは明らかに村人たちだったが、冷静なのは間違いなく村人たちのほうだった。

 武や力で脅しをかけて、志摩家の人間を連れ出そうとする魂胆が見えたのか、騎馬兵たちは戸惑いを見せ始めていた。

「待て!」

 後ろから見慣れない服装の青年が対峙する。頭部は珍妙な面と厳めしい形をした兜で隠されていた。

「やれやれ、おじいさまもえらくこの地……いや、この世界でずいぶんと奉られたものだ」

 仮面と兜を脱ぐ。

「み、盈坊ちゃま!?」

 あらわになったその顔は、まさに盈そっくりだった。だが戸惑ったのは一瞬だけで、この青年が盈ではないことはすぐに悟る。

 いつも炉で焼かれて褐色がかった肌の盈ではない。

 青年はやけに肌の色が青白く、だからこそそいつは盈ではないことはすぐにわかった。

「おい、斬れ」

 騎馬兵が第一声に彼ら自身を非難した彼女に刀を振りかざす。

「待て!」

 刀を持って一人の男がやってくる。

「この村に刃向かう者は、すべて志摩満さまに刃向かう者も同然じゃ。先の戦で活躍したわしの武を舐めるでないぞ」

 青年は馬に乗ったまま、その刀に決して動じない面構えで、彼の前に進んだ。

「それは、おじいさまの刀か?」

「斬り捨てる!」

 馬の身体を一太刀で貫く。

 馬が倒れて息を絶え絶えにする。その拍子に雨の地面に受け身を取った青年が、ゆっくりと立ち上がる。

「やってくれるね、でもそんな刀、意味ないよ」

 抜刀し青年は、片手で振りかぶって、おじいさまの刀と剣戟を交わそうとする。

 そして驚くべきことが起こった。青年の刀が、おじさんの刀を砕いたのだ。

 おじいさまが精魂を込めて作った刀が、銀色の塵芥(ちりあくた)に変じていくさまが、村人たちの眼に映る。

「なっ!」

「百年早いんだよ、じじい!」

 青年がその場を跳躍して目の前のおじさんを蹴飛ばす。倒れたところを足蹴に顔を潰す。

「あんたっ! 大丈夫かい!」

 盈の悪質なイタズラであれば幸いだった。だがこの青年は盈ではない。そして間違いなく殺気を漂わせている。

「甘いんだよ、聖剣の形を忠実に再現した。この刀の銘をなんというか知ってるか?」

「聖剣……」

 周りがざわつき始めた。聖剣というものを皆は見たことがない。あの伝説で言うあの聖剣のことだろうかと、村人はすぐに察しがついた。

 人々の誰もが耳に介したあの伝説。

 聖剣を持つ者が諸国の覇者となる。

 それは決しておとぎ話のたぐいではないことが明らかとなる。

 ある者はおじいさまの刀こそが聖剣だと言っていた。だがそれは志摩満の刀を意味しないことに村の人間は始めて気づき、絶望した。

 聖剣は例え話ではなかった。事実存在するものだったのだ。

「聖剣の形を写し、そこから作り出した剣。それを我々はこう呼ぶ」

 青年はその刀の銘を見せた。

「……斬鉄剣。そう、俺は斬鉄剣の士だ」


   ◆


 道着の装いで真剣な目をする盈と充。

 刀鍛治をする家屋の中で、冷え切った鉧を砕いて玉鋼がようやくできた。数個の鉄のつぶてに分けられ、そのうちのひとつを盈が手に取る。

「姉ちゃん凄いよ、この刀線のまったく見えない玉鋼は絶対いい刀になる」

 盈は充に心情訴えかける。

「何をやらせてもバカをするあなたがこれを作りだしたことは本当にバカにはできないわね」

「バカバカって連呼するなよ、いい加減姉ちゃんも俺を認めてくれよ」

「褒めてるのよ、盈は私の誇りよ」

 と、そのとき雨に濡れた土を走る音が近づいてくる。

「お嬢様、坊ちゃま!」

 村の人間が乱雑に戸を開く。

「どうしたの? そんなに慌てて」

「すぐにここからお逃げください、国王の騎馬兵……いやおそらく国軍を装った賊のたぐいが、志摩家の人間はどこかと聞いて……。奴らはすぐにでもここに来ます」

「どういうこと?」

「村の人間で引き取らせようと試みましたが、三人が刀で斬られ深手を負いました」

「なんですって!」

 雨に濡れるまでもなく、充の顔が青くなる。

「きっと奴らは盈様と充様の生命を狙っております! 私たちが食い止めますので、すぐにでも逃げる支度を!」

「黙っていられないわね」

 充は家屋の奥に行き、二本の長刀を手に持ってきた。

「盈、覚悟はいい?」

「姉ちゃんならそうするとわかってたよ、俺も戦う」

「おやめください、お二人の生命を狙っているのですよ!」

 何をするのか察した瞬間、彼は姉弟を止めに入る。

「村人を守れなくて、何が志摩家よ! 何がおじいさまの血筋よ!」

 盈もそれに同意する。彼もまた生命を捨てて村を守り通す覚悟はできていた。

「俺も姉ちゃんと一緒に戦うぜ」

「バカ正直なあんたもそう言うと思ったわ」

「バカにすんな!」

「褒めてるのよ」

 志摩家がこの国を守った。ここでみんなを守らなければ志摩家がここにいる意味がない。

「姉ちゃん、わかってるぜ。俺も村のためなら生命を捨てられる」

「死ぬんじゃないわよバカ、生きてこの村を守るのよ」

 無闇に生命なんて捨てるもんじゃない。それこそバカとしては褒められたものではない。かつておじいさまにそのように言われたことを盈は思い出した。

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