第八話 僕達は会議をしている。
翔と愛花が応接室を探検しているとはつゆ知らず、裕太はひとり、台所でメニュー選びに頭を悩ませていた。
「あんな大口たたいたけど、作れる料理なんてあんまりないんだよな。話し合いながら簡単に食べられるもの、それでいてある程度おなかにたまるもの……」
しばらく悩んで、ついに裕太は少し前にブームが過ぎ去った『おにぎらず』を作ることにした。
「この料理は見た目を整えるだけならそう難しくない。調理者の腕が試されるのは、そう!具だ。少なくともコンビニのよりはおいしく作らないと、面目が立たない」
気合を入れて作っていく。シンプルな三色丼の具、ツナ缶のアレンジ、チーズとトマト缶を使ってピザ風、サンドイッチ風にハム、チーズ、レタス、トマト、などなど。
あまり待たせ過ぎるのもよくないので、ある程度手早く作れるものを選んでこしらえていく。
「よしできた。少し多すぎる気もするけど、余ったら明日の朝ごはんになるだけだし、大丈夫でしょ」
かくして、料理と呼べるかは定かでない『つまめるもの』を完成させた裕太は、応接室の雰囲気に圧倒されているふたりのもとへ戻るのであった。
八、〈僕たちは会議をしている。〉
応接室の扉を開けた裕太が目にしたのは、絶対に部屋を探検しているだろうと踏んでいた友人と、それを止めようとしそうな後輩が揃ってちょこんと座っている、奇妙な光景であった。
「……何してんの?」
「かしこまってる」
「だろうね」
事のいきさつを知らない裕太には、この光景が理解不能であった。
「ああ、まあ、そんなことより。できたよ。じゃん、『おにぎらず』」
「お前でもじゃん、とか言うのな」
「うるさい」
裕太が食堂から持ってきたテーブルクロスがかけられた、鈍い輝きを放つ応接室のテーブルに、おにぎらずの皿が着地するのを、ふたりは固唾を飲んで見届けた。
「着地したっ!」
「テーブルに乗った!」
「君たちちょっとうるさいよ」
何故かキラキラした目で実況するふたりに、裕太は心底呆れた声で返す。心なしかいつもより二人のテンションが高い。
「(いや……瀬戸さんは間違いないな。彼に毒されたか?)」
挙動不審なふたりを横目に、裕太はおにぎらずに手を伸ばした。視線を感じる気がするが、気にしない。
「うん、うまい」
* * *
結局三人とも、話し合いはそっちのけでおにぎらずを貪り、裕太作おにぎらずは好評のうちに完売した。
「おにぎらずって……美味いな」
空になった皿を見つめながら、翔がしみじみと呟いた。
皿を洗い、一息ついたところで、ようやく一同はいかにして空を飛ぶかについて話し始めた。
「ところで三田くん、どうやったって人間は羽ばたけない気がするわけだけど、何か思いついたの?」
裕太の問いかけに、翔は重苦しい溜息で返す。
「あぁ、それ口にしちゃったかぁ……。なんにも思いついてねぇんだよ、それが」
「だろうね。今の時間で思いついちゃうようなら誰も苦労しない」
一同、沈黙。年季の入った振り子時計のこもったサウンドだけが、淡々と応接室に響く。
すっと、愛花が控えめに挙手する。
「あの、今こうやってうんうん唸っててもどうにもならないかなって。もっといろいろ調べてみませんか?」
愛花の一言で、応接室の空気が軽くなるのを裕太は感じた。すると、不思議なくらいに自然に、話は解散という流れに向かっていった。
玄関まで見送りに出た裕太に、翔は耳打ちした。
「ちょっと大事な話がある。瀬戸さんが帰ったら少し時間いいか?」
まだ外は明るい。愛花には途中から一人で帰ってもらうことにして、裕太は翔と二人、応接室に戻った。
* * *
「それで、大事な話っていうのは?」
改めて翔と机に向かい合う形になった裕太は、静かに翔を促した。
「今日の会議、思い返せば色々と問題だらけだったんだ」
「そうだね。二人してうちに集まろうなんて言ってた時点で──」
「いや、それは大した問題じゃない」
「大問題だよ⁉︎」
噛みつく裕太を手で制しながら、翔は淡々と言い放った。
「気づいてるか?あまりに自然な流れすぎて、俺は気づけなかった」
「うん、すっ、と来たよね。僕の意思を介入させずに」
「くどいぞ。俺たち男二人でこの家に集まるならいい。だが、瀬戸さんを忘れてないか?」
翔の言葉に裕太はきょとんとしてしまう。忘れている?三人で連れ立ってここに来たじゃないか。
「あ」
裕太はあることに思い至り、声を漏らした。
ふたりは椅子に深く腰掛け直す。事の重大さに気づいた裕太には、応接室の空気が、しつこくまとわりつくような重苦しさをもっているように感じられた。
「気がついたか。年上の男二人の中に、女の子ひとりって状況は、ちょいとまずい気がするんだ。しかも場所はお前の自宅。非常に、まずい」
「そこを勝手に集合場所に定めたのって誰だっけ」
「ごめん、俺」
「まあ、目下教室の使用許可が下りない以上、認めたくはないけど妥当な判断だ。だからひとまずそれはどうしようもないとして、問題なのは今のメンツだよね。三田くん危なそうだし」
「危なそうってなに⁉」
さらりと毒づく裕太に、不意を打たれた翔の声が裏返る。
翔にジロリと睨みつけられながら、裕太は続ける。
「三田くんをひとり減らすか、あるいは、引っ張り込んでおいて瀬戸さんに抜けてもらうか……」
「語調がとげとげしいねぇ!ってか、なんすか俺を『減らす』って?俺はいったいなによ⁉」
翔が必死に噛みつくが、彼の名誉が守られることはない。
「言い出しっぺの君が実質的なリーダーなわけだけど、誰を抜かせばいいだろう?」
「はぁ?まずてめえから抜けろや……って言いたくなるが、誰かいなくなって解決ってのは違うだろ。はぁ、この男女比をどうにか」
「するには」
二人は顔を見合わせた。そんなもの、方法はひとつしかない。
「女子が増えればいい」
かくして、西日に染まる応接室ではじまった人事会議は、女子の参加者を増やす方向に動き出した。
「でもさ、女子増やすったって手塚、女子の知り合いいんの?」
「皆無。男子も君だけだよ」
ぶるり、と翔が身震いする。
「や、そういうのじゃないから」
「あ、ああ。わかってはいるんだが、お前が言うとそれっぽく聞こえてさ」
瞬間、ふっと翔を見る裕太の目が哀れみを帯びた。
「三田くん……そんなに溜まってたのか。でもごめん。僕そういうのは」
「ど~~うしてそうなった!俺、ノーマルだから!」
「格闘技を持ち出されたら裸足で逃げ出す弱っちいやつ、と。メモメモ」
「ノーマルタイプじゃないから!ノーマル、な?わかるだろノーマル」
「じゃあ万能だけど雪道なんかだと装備なしには怖くて走れないってことだね」
「俺、ヒト!タイヤじゃねぇ!も、疲れるからやめて……」
翔はぐったりとテーブルに突っ伏してしまう。話し合いは1ミリも前に進んでいない。
「真面目な話、どうするよ?ポスターでも貼ってみるか?」
突っ伏したままの翔が、トーンを落とした声で言う。
「学校外の団体の宣伝ポスターは掲示できないよ」
「はぁ〜〜」
頼める知り合いはおらず、募集の手立てもない。まさに八方塞がりといった状況だが、裕太には少し気になることがあった。
「そういえば、学校の外で募集はしないの?何かそれらしい技術を持ってる人なんかもいるはずだけど」
「お、おぅ。部活じゃないんだもんな。全く考えつかなかったが、する気はないよ。だって連絡取りにくいし、何より仲間意識的な?そういうの湧かない気がするからな」
なるほどね、と頷き、裕太は姿勢を正した。
「わからなくもない。第一、こんな馬鹿げた企画、ある程度頭の回る人なら見向きすらしないだろうからね」
じゃあ俺はバカってか?と雄弁に語る視線を無視して、裕太は続けた。
「夏までが限度かな。三田くん、多目的室忘れてるでしょ。あそこ無駄にふたつもあるから、生徒会が使っていても滅多に埋まっていることはないはずだよ。なぜか防犯カメラ完備だから安心だし。でも夏休みは使えない。だから、夏まで。それまでに羽ばたく手段を見つけるか、新しいメンバーを見つけよう」
「そうだな。いつも毒にも薬にもならないことしか言わないお前が、今日はなんか頼もしいぞ」
「僕が抜けても比率は五分五分になるよね、そういえば」
「あー、あー、冗談だから!お前がいないと寂しいだろが!」
それから、どうしたら女子のメンバーを勧誘できるか、という話し合いをしながら、裕太は胸の奥に何かがつかえているような心地だった。
──なぜここまで彼に、このプロジェクトに協力するのだろうか。
ただの退屈しのぎにしてはあまりに重すぎる。とっとと二人を放り出して──
「まぁそうか、ここが彼女との接点だからか……」
それだけでは説明がつかない、とうずく心を握りつぶし、とにかく今は目の前のことをどうにかすることにした。
は、いいものの、結局空が白んできても、それらしい案すら浮かばなかった。
「やっぱ、男二人で考えるには難しすぎる議題だったな」
「眠い……。エナジードリンクっていう危険な飲み物が冷蔵庫にあるんだけど、飲む?」
「あぁ、ありがたく貰うわ……」
かくして、四月最後の平日がスタートしたのであった。
君はサンタクロースだけを待っている。 フランシスコ家光 @Fiemitsu
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