私の過去判決データベースには530,000です

ちびまるフォイ

裁判官データベース

「サイバー裁判官! どうか判決を!!」


「いいだろう。では判決を言い渡す」


サイバー裁判官はおもむろに机の上の端末で検索をはじめた。


「同じような事例が1980年の〇〇州で起きた殺人事件に酷似している。

 当時は有罪という判決だった。よって、有罪!!!」


サイバー裁判官の言葉に被告は反論した。


「ちょっと待てよ! その判決を受けたのは俺じゃないだろう!?

 過去の事例を漁るだけじゃなく、今の俺を見て判断しろよ!」


「……というような反論があった場合でも判決を変えない事例が、過去の統計から大多数を占めている。よって反論を却下する!」


「お、おぼえてろーー!」


サイバー裁判官の活躍により今日も裁判はあっという間に終了した。


「サイバー裁判官、お疲れさまです!」


「はっはっは。疲れてなどいない。私にはこの過去裁判データベースがあるからね。

 これを使えばどんな裁判も一発解決さ」


「それはすごい。あの、実は本日はもう1件の裁判があるんです」


「予定にない裁判か? 1件くらいなら平気だよ」

「よかった! ではお通ししますね」


やがて2つめの裁判が始まった。

検察と弁護側の両方の応酬が行われた。


「無罪だ!」

「有罪だ!」


裁判は誰がどう見ても平行線に進み、サイバー裁判官への判決へともつれ込む。


「「 裁判官! 判決をお願いします! 」」


「よろしい。ちょっと待ちたまえ」


サイバー裁判官はいつものように過去事例データベースを検索した。

結果はすぐに返ってきた。



過去の判決例: 0件



「ん゛な゛っ……」


「サイバー裁判官? どうされたんですか? 判決を言ってください」


「あっと……お、おかしいなぁ……」


何度検索しても、キーワードを変えても、あの手この手で検索しても似たような過去事例はなかった。

自分で考えて判決を出さねばならない崖っぷちへと追い込まれてしまった。


「裁判官! はやく判決を! いつもならバシッと言ってるじゃないですか!」


「わかったよ!! は、判決は……」


「判決は!?」




「保留!!!」



裁判所の前で判決を期待した野次馬たちの前に、

白い紙を広げた男の人がダッシュして駆け寄った。


紙には「保留」と書かれた2文字。

誰もが目を点にした。


保留となった判決は1週間後に結論を出すということで合意した。

けれどサイバー裁判官としては似たような事例が出るまで待ってほしかった。


「まいったなぁ……どうやって判決を出そう……」


自分で考えて判決を言い渡すにしても、

あとになって似たような過去の事例が見つかれば

『この過去事例では無罪だったのに有罪なのはおかしい』と疑惑の判定扱いされる。


いくら調べても、被告の特徴や事件の一部といった要素が似ている事例が見つかるばかりで

ピタリ一致するような過去事例はやっぱり見つからない。


「待てよ。要素は似てる事例があるんだから……そこから判決を考えればいいんじゃないか」


サイバー裁判官の頭にひらめきという救いの光が差し込んだ。


裁判の内容は違っていたとしても一部の要素が似ている内容をリストアップした。

それぞれの判決内容を見て、有罪なら-1pt、無罪なら+1ptで集計していった。


近しい裁判たちの判決結果を合計した結果、最終的な値は……。


「合計で+1pt! ということは、この裁判は無罪が正しいんだ!」


何度も+1と-1を繰り返したすえにプラス値に落ち着いた。

サイバー裁判官は過去統計を経てまとめたこの判決に自信を持って1週間後の再裁判へと向かった。


「では、1週間前に保留した判決を言い渡す!! 判決は……」


「待ってください、サイバー裁判官。判決の前にひとついいですか?」


検察側がサイバー裁判官の言葉をさえぎった。


「実は、保留された裁判のあとも被告の調査を続けておりました。

 その結果、こういうことを過去にしていたようです」


「こ、これは!」


サイバー裁判官のもとに手渡された調査レポートには、

ちょうど前に1980年の〇〇州の判決を元に有罪とした事例と一部似ている要素があった。


「私が出した判決が有罪だったから、このぶんを合計すると……」


+1であったはずが、今しがた差し込まれた有罪の-1pt。

これにより判決結果はプラスマイナスゼロとなる。


サイバー裁判官の額にはじっとりと嫌な汗が浮かんだ。


「サイバー裁判官! では今度こそ判決をお願いします!!」


「あ、あわわわ……」


もう保留などという手も使えない。

サイバー裁判官は必死に過去裁判から有罪でも無罪でもないものを探そうとしたが、やはりそんなものはなかった。

どの裁判も必ず有罪か無罪かで登録されている。


サイバー裁判官はついに覚悟を決めた。


「それでは判決を言い渡す!!」


「判決は!?」


サイバー裁判官はデータベースに登録されている無罪と有罪の数を確かめ言い放った。




「有罪のほうが1件多かったので、バランスとって今回のは無罪!!」

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