第27話 不格好で、カッコ悪くて

「どういうことですか、灰露くん」


 目当てのジェットコースターへと向かう道中、真白から飛んできたのは当然の追及だった。


「計画と違います。それに、せっかく民原先輩も努力して……」


「ごめん」


 俺が真白に対して先に出すべきは、謝罪の言葉。

 当然だ。民原先輩の件にしたって今日の計画にしたって真白が進めてくれたものだ。俺がしているのは、それを当日になってぶち壊しているに過ぎない。怒られても文句は言えない。


「お前が色々と調べたり、努力してもらったのは知ってる。それを当日になって壊してしまうんだ。非は俺にある……本当に、ごめん」


「……灰露くん?」


「あとでいくらでも怒ってくれ。俺に出来ることなら、謝罪代わりになんでもやる。だけど今、この場だけは――――」


 顔を上げる。前を見て、歩き続けながら。


「俺は……お前の『完璧』を否定する」


「何か大きな失敗ミスがあったのでしょうか? でしたら、教えてくれさえすれば修正して――――」


「そうじゃない」


 むしろ短い時間の中でよくぞ仕込んだといえよう。

 その点に関しては真白の能力の高さと民原先輩の努力が伺えた。


「神崎先輩は、『完璧』なんて望んじゃいない。ありのままの民原さんを望んでいると、その意志を口にした。だから俺はそれに協力することにしたんだ」


「……そんなの。そんなの、勝手です」


「俺も自分が言っていることがどれだけ勝手なことかは分かってる。それでも俺は……仮面を脱ぎ捨てた先輩たちの姿を、お前に見てほしいって思ったんだよ」


「………………」


 雑踏の中を歩きながら、横目に見えた真白の瞳が微かに揺れる。


 それからは触れずにいた絶叫系のアトラクションを次々と巡っていき、最後にお化け屋敷を潜り抜けた頃には神崎先輩は足元が覚束なくなっていた。


「うぷ……ふ、ふふふふふ……な、なんのこれしき……」


「ご、ごめんね? 神崎くん。あたしが調子に乗って連れまわしちゃったせいで……ていうか、あたし最低だよね。苦手な人を無理やりさ……」


「ははは。なぁーに、気にすることはないよ……うぷ。こ、これは……僕が自ら望んだことだからね……」


 神崎先輩は顔を真っ青にしながら、弱々しく微笑んだ。

 なんていうか……今にもリバースしそうだなぁ。

 本人もそれを分かっているのか、ちゃっかりエチケット袋を構えて待機している。


「……あの、さ。どうしてそんなになってまで……あたしに付き合ってくれたの?」


「簡単な話だよ」


 しかしそれでも顔だけは民原さんの方を向いていて、彼女としっかりと向き合おうとする意志を見せていた。


「……好きな女の子の前で見栄を張りたいと思うのは、当然おろろろろろろろろ」


「神崎くん!?」


 どうやら喋っているうちに限界が訪れたらしい。神崎先輩は肝心なところで暴発リバースした。幸いにしてエチケット袋を構えていたおかげか、大惨事にはならずに済んだが。


「うぷっ……ご、ごめ……もう一度だけやり直しを……」


「いやもうダメでしょ。今更やり直しても取り返しはつかないって」


 言葉では呆れ気味だが、民原先輩からは既に肩の力が抜けている。

 その笑顔はとても自然なもので。

 きっと神崎先輩が望んでいたものが、そこにあったはずだ。


「……えっと。ごめんね? 神崎くんはあたしが見てるからさ。二人はデートの続きしてきなよ。あたしたちが邪魔しちゃ悪いしさ」


 むしろ今、邪魔なのは俺たちの方だろう。民原先輩の提案に乗る形で、俺と真白はひとまず先輩たちとは別行動をとることになった。

 仮初の恋人関係である以上、俺たちにデートは必要ない。この別行動の時間も先輩たちを二人きりにするということ以上の意味はなかった。

 特にアトラクションに乗るでもなく、俺たちは雑踏の中を肩を並べて歩いていく。


「……結構、カッコつかなかったよなぁ。神崎先輩」


「……そうですね」


 むしろ告白の最中に吐いてしまうのは、かなり最悪の部類だと思う。

 不格好で、カッコ悪くて。それでも……気持ちは、民原先輩の方には届いていたみたいだ。


「返事の方がどうなるか分からないけどさ。俺は、アレでよかったと思う」


 きっと伝わったはずだ。神崎先輩が、民原さんに『完璧』なんて望んでいないことが。

 不格好で、カッコ悪くても……それでいいんだということが。


「……………………」


 真白の方から言葉はない。ただ俯いて、雑踏の中をあてもなく歩いているだけ。

 整った顔立ち。表情の中に滲んでいるのは葛藤か。それとも……。


「あっ」


 真白のことを気にしながら歩いていたせいだろう。

 雑踏の中で、不意に誰かと肩がぶつかった。

 親子連れの母親らしい。真ん中に小さな子供と、父親らしき人も一緒だ。


「すみません。ぼーっとしてて……大丈夫ですか?」


「ああ、いえ。大丈夫です。おかまいなく……」


 ぶつかった母親は綺麗な人だった。長い金色の髪が印象的で、整った顔立ちもどこか見覚えがあって……いや。見覚えどころか……似てる?


「あの……? 私が、何か?」


「いや……その……知り合いに、似てるなと思って……」


 見比べようと真白の方を見る。

 彼女は、俺がぶつかった母親の方をじっと見つめていた。

 やっぱり……似てる。この人は――――。


「――――お母さん……?」


 真白が呟いた言葉は、雑踏の中でもハッキリと聞こえてきた。





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バイト先の喫茶店でクラスメイトが泣いてたので、ココアをサービスしてみた。 左リュウ @left_ryu

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