第11話 蛇

 あれから鬼塚は、ずっと考えていた。

「お前の過去の犯罪を知っているぞ。今まで黙ってやっていた。これからも黙っていてやる。だから金をよこせ」と、アヤメにどう切り出していいかを。

 あまりストレートに言うのもなんだかイヤらしい。ま、イヤらしい事をしようとしているのだが。

 まわりくどくなく、かつスマートに。そして、これは金を出して黙らせなきゃ、ってくらいのダメージを与える言い方が無いものか…。

 それに相手は元教え子とは言えど、あの女帝桜田アヤメだ。

 一筋縄ではいかないだろう。いや、むしろ後腐れなく、すんなり出すか…。

 劇団の台本を考えるのはたやすいが、こういう事は初めてだし、ましてや強請りたかりのようなマネなど…いや、ちょびっとでいいんだ、安く住める外国で俺1人が細々と食って暮らしていけるだけの、はした金。今のアヤメには屁でもないだろう。

 ぶつぶつと独り言をつぶやいていると———

「そうそう。ホントにあの桜田アヤメだったんだよ!」と、話す声がしたので思わず声の方を振り向いた。

 筒井ユウゴ。

【夏の雪】の、時期エースだ。

 まだまだ演技などはヒヨッコだが、成長は著しいものがある。

 若き日の看板役者、田所耕造を彷彿とさせるので、鬼塚も可愛がっている。

「俺、ビックリしちゃって。こないだなんてドンペリタワーってやつ、開けちゃってさ。もう、金持ちはやる事が違うね!」

 得意げに後輩に話している。

 そう言えば、最近ホストクラブで働いていると言っていたな。

 まぁ、マスクも悪くないしタッパもあるし、アイツにゃお似合いだ。

 鬼塚は、ユウゴの話に耳を澄ませた。

「まぁ最初は俺みたいなザコは相手してもらえないかな、と思ったんだけどさ、ついに昨日、桜田アヤメから指名もらっちゃってさ。もう、No. 1のヤツがキィーッ!てなってんの。傑作だったぜぇ!」

(アヤメが…ユウゴを?)

 待て…これは何かの因果か、偶然か。

「なんでも、実は桜田アヤメもここのOBでさ。話盛り上がっちゃって。いやー、ほんと奇遇ですねぇ!なんてとこからグイグイいったらさ、目の色変わっちゃって」

 もしや…これは使えるかもしれないな…。

 俺ではとても言い出せないが…口の上手いユウゴなら…しかもアヤメは今、ユウゴがお気に入りらしい。

なんとかならんものか…

 今夜あたり、アヤメを揺さぶってみるか。

鬼塚は、意気揚々と話すユウゴをじっと見つめていた———




「もしもし、桜田ですが」

 鬼塚からの着信だとわかっていながら、アヤメはできるだけ他人行儀な口調で電話に出た。

 なんとなくだが、あまりいい予感がしなかったからだ。

「おう、アヤメか、俺だよ。今、話せるか?」

「え、ええ。ちょっと待っていただけるかしら?席を外すわ」

 何の用かしら、でも多分、あまり嬉しい話ではない気がする。

 アヤメは黒川に「すぐに済むわ」と言い残し、社長室から廊下に出た。

「何かしら?【夏の雪】の次回のOB会のお誘いかしら?」

 ひと呼吸置いて、アヤメは聞いた。

「ああ、それに近からず遠からずかもな」

「あら嬉しい。それなら是非、参加させていただくわ」

「そうしてくれ。もちろん、耕造も一緒に、な。」

 耕造、という名前が鬼塚の口から出た途端、アヤメは心臓をぎゅ、と押された感覚に陥った。

 だが、冷静を装ってアヤメは

「耕造…?あの人の事は、もうとっくの昔に忘れたわ。どこにいるのかも知らないわ。だからごめんなさい、OB会には私1人で参加するわ」と、答えた。

 ん、また早口になったぞ。これは———完全にクロだな。

 鬼塚がアヤメの前回の電話で感じた違和感。疑惑が確信に変わった。

「ん?そうなのか?実はこないだ、お前さんをあのアパートの近くにいるのをみかけてね」

 これは一か八かのカマ掛けだった。

「・・・」

 アヤメが黙り込んだ。受話器の向こうで息を呑む音も聞こえた。

 いいぞ、やっぱりだ。

「ほら、あそこはお前さんたちが暮らしてたアパートだろ?もしかして耕造はまだあそこに住んでたりするんじゃないか?」

「いえ…知らないわ。たまたま、近くを通りかかって…懐かしくてね」

「そうか…」

「ええ、そうよ…。あ、そろそろ戻らないと。軍曹、ごめんなさいね。また連絡するわ」

「あ、ああ。忙しいのにすまなかったな」

 鬼塚の言葉が終わらないうちに通話終了ボタンを押し、アヤメは急いで電話を切った。

 これ以上話していると、どこからかボロが出そうで怖かった。

 軍曹は、30年前のあの事、知っているのかしら…いいえ、知らないはずよ。刑事が聞き込みに来てるはず。だけど、何も知らないと答えていた。あのワンピースの件もバレていないはず…

 ボタンも結局、どこからも出てこなかった。

 まさか…まさかね。でも今さら!?

 アヤメの額と首筋を冷や汗がびっしょりと濡らしていた。心臓の鼓動もばくん、ばくん、と音が聞こえてきそうなくらい激しくなっていた。

 社長室に戻って来たアヤメの異変を、黒川は見逃さなかったが、あえて声はかけなかった。

 いや、声をかけるのもはばかられるくらいアヤメが憔悴していたからだ。


 一方、鬼塚は会話の手応えに満足していた。

(あいつらは今でも繋がっている———しかもアヤメはかなり動揺している。これはイケるな)

 電話を切った鬼塚は、タバコに火を付け煙を深く深く吸い込んだ。

 あぁ、美味い。

 こんな歳になって教え子を脅そうとしているなんて、俺は本当に鬼だな。

 いや、鬼にでも蛇にでもなってやる。口止め料の延滞金も払ってもらいたいくらいだ。

 金は全てを狂わせるというのは本当だな。昔のアイツらもそうだが、今の俺はもっと金に目が眩んでいる。

 さて、次回はどんな風に揺さぶってやろうか…

 そんな事を考えながら暗い部屋でほくそ笑む鬼塚の眼は———まさに獲物を狙う蛇のようであった。

 

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裏切り者は笑う ちはぽん @chiha_pon

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