第5話 灰色研究
ハイロに解毒剤を飲ませて数時間が経った。
まだハイロの意識は戻らない。
アルドたちはハイロが寝ている横のテーブルで、おばさんが持ってきた酒場のマスターの料理を食べていた。
マスターの料理はスパイシーな味付けで、どれも食欲をそそるものばかりだったが、月影の森から村に戻ってきたときの、ハイロのあのしんどそうな様子を見ては、ふたりとも料理に舌鼓をうつような心境にはなれなかった。
一通り食べ終えて、ゼンがハイロの容態を見に席を立った。
ハイロはスースーと寝息を立てている。先ほどよりも呼吸が落ち着いており、体は楽なように見えた。
「熱、下がってきたな」
ゼンがハイロの額に手を当てて言った。アルドも席を立って、ハイロの様子をみた。
「まだ意識は戻らないが、快方には向かっているみたいだな。あとは、ハイロが目覚めるのを待つだけだ」
ゼンが頷く。
「……う」
小さな声が聞こえた。ハイロだ。
「ハイロ!気が付いたか」
慌ててゼンが話しかける。
ハイロはゆっくり目を開け、少しぼんやりとした後、周囲を見渡した。
「ゼンか……?」
「そうさ。気分はどうだ?」
「俺は……?確か、森の中で変な虫に足をさされて……」
「ああ。お前は月影の森で毒虫にやられたんだ。森で倒れていた所を、ここの村人に発見されたんだ」
「月影の森?ここはどこだ」
「バルオキー村だ。AD300年のな」
アルドにそう言われ、ハイロは絶句した。
「なっ!AD300年だと!?ゼンが吸い込まれたあの変な穴を通ったせいか!?」
「そうだ。まさかハイロまで時空の穴を通ってくるとは」
何の冗談だと、ハイロはしばらくアルドの顔を見ていたが、アルドは自分の顔をまじまじと見られてきょとんとしている。冗談を言っているようには見えない。
ハイロは首を振ってため息をついた。
「こんなことがあり得るとは……まだ信じられないな」
それからアルドは、ハイロ発見から今に至るまで、事の顛末をハイロへ伝えた。
「そういえば、熱にうなされている間、たくさんの人に囲まれていたような気がする。そうか。この村の人たちが助けてくれたのか。ゼン、それにアルドにも世話になったようだ。ありがとう」
アルドがそれを受けて、首を振った。
「いいって。それよりも元気になってよかったよ。すごい高熱でうなされていたから、ほんと心配したぞ」
「そうなのか。気を失っていたからか、あまり記憶にないな」
ハイロは「うーん」と腕を組んで、首をかしげると「それより」と言った。
「研究発表大会まであまり日もない。早く自分たちの時代へ戻らないとな」
「それなんだけど、ゼン」
ゼンがハイロへ話しかけた。
「お前、まだ熱が下がりきっていないだろ。それに、刺された足だってまだ腫れている。今はまだ無理に動かないほうがいい」
「……それはそうだが」
「それに、この時代の毒虫の薬が、僕らの時代にあるのかどうかも不明だ。ここでもう少し、治療のめどが立つまで過ごさせてもらったほうがいいんじゃないか」
「でも、それじゃあ、大会までに準備が……」
ゼンが首を振って、ハイロが話すのを制止した。
「駄目だ。そんな体で、準備も何もないだろう」
「う。ま、まぁ……確かにまだ足はズキズキするし、どうせベッドで寝てるしかないなら、もとの時代に戻っても意味はないが……」
「……」
アルドは黙って二人のやり取りを見ていた。
(ゼン、ハイロには手厳しいな。幼馴染だし、何でも言い合える仲ってことか)
ハイロがゼンに何か言いかけて、口を閉じた。そして、代わりにため息をつく。
「ゼン、昔から言い出したら聞かないからな……わかったよ!じゃあ、体が治るまでこの村でゆっくりさせてもらう。アルド、少し世話になるが構わないか」
ゼンは当たり前だとばかりに、ハイロを睨んでいる。
そんな様子を見て、アルドは思わず笑ってしまった。
「ああ。構わない。俺もゼンに賛成だ。病み上がりなのに無理は禁物だからさ。ハイロの体が治るまで、二人とも俺の家で過ごしたらいい」
「まあ、でもずっと寝てるのも退屈だ。せっかくAD300年に来たんだし。なあ、アルド。村の様子を見てみたい。杖でもあれば歩けそうなんだが」
「だから、寝てろってば」
ゼンが怒る。
「まぁまぁ。確かにずっと寝てるのも退屈だろうし」
アルドが二人をなだめた。
(杖か。そういえば爺ちゃんの杖を鍛冶屋で作ってもらったな。頼んだら、作ってくれるかもしれない)
「二人とも少し待っててくれ」
アルドはそういって、鍛冶屋へと向かった。
「おう!アルド。あの兄ちゃんはもう大丈夫なのか」
鍛冶屋に入ると、カウンターからおじさんが話しかけてきた。
「ああ。みんなの看病のおかげで意識は取り戻したよ。熱も下がってきたし。だけど、やっぱり、毒虫に刺された足が痛くて、うまく歩けないみたいなんだ。それで、杖を作ってもらえないかと思ってきたんだけど」
「杖か。ああ、ちょうどいいのがあるぞ。こないだ、客に頼まれて作ったんだが、結局、足の痛みがなくなったんで、やっぱりいらないって断ってきたやつがあるんだ。それでよければ持っていくといい。処分品だったし、お代はいらないさ」
「助かるよ。ありがとう」
アルドはおじさんから杖を受け取ると、ハイロたちのところへと戻った。
さっそく、ハイロへ杖を渡す。
「ハイロ。この杖、使えるか」
「おっ。助かる。どれどれ」
ハイロが杖に頼りながら、ゆっくりと立ち上がった。
「……いたっ!やっぱりまだ足が痛むな。しかし、うん。これなら歩けそうだ」
「僕は、無理せず寝てたほうがいいと思うぞ」
ゼンが釘をさす。
「ハイロ、ゼンの言う通り無理はだめだからな。あと、ゼンもずっとハイロを見張ってるより、せっかくだからもう少し村を見て回りたいんじゃないか」
アルドが言った。いたずらそうに少し口元が笑っている。
「そ、それはそうだな。こんな貴重な機会は滅多にないからな」
ゼンが気まずそうにコホンと咳払いをした。
「よし。じゃあ決まりだ。三人で行こう」
三人は、バルオキー村を見て回ることにした。
ゼンとハイロにとっては、村で見る様々なものがもの珍しく、二人はきょろきょろと辺りを見渡しながら歩いた。そして、新しいものを見つけては、アルドにあれこれと質問をした。
「アルド、これはなんという名前だ?どういう風に使う?」
「この時代はこんなふうに掃除をするのか。うーん」
「ははっ。俺にとっては珍しくもなんともない景色だけど、二人にとっては初めて見るものばかりなんだな。俺も、エルジオンの街並みを歩いてるときは、こんな感じだよ」
一通り、村の探索を終えた三人は、酒場で一休みすることにした。
「あぁ。この時代の酒はうまいな」
ハイロが幸せそうに言った。
「お前、一杯だけにしておけよ。まだ熱があるだろ」
そう言って、ゼンもグッと酒を流し込む。
「わかってるさ。アルドは飲まないのか」
「いや、俺はいい」
「そうなのか。こんなにおいしい酒はエルジオンでもなかなかないぞ」
ハイロは、また一口飲むと少し黙り込んだ。
「ん?どうした?足が痛むのか」
ゼンが尋ねる。
「いや、そうじゃない。なぁ、俺は体が治るまでこの村から動けないとして、お前は元の時代へ戻って、早く発表の準備をしたほうがいいんじゃないか。大会まであと一ヵ月しかないぞ。ほら、これ」
そう言って、ハイロはポケットから何かを取り出して、テーブルの上に置いた。
「あっ!これ……」
それを見て、ゼンがテーブルの上の物に手を伸ばす。
ぐちゃぐちゃになった紙飛行機だ。
あわてて、紙飛行機を開くと、その紙にはいろいろな細かい文字が書き連ねてあった。
「僕の資料だ」
ゼンが確認するように改めて、紙に書かれている文章に目を通す。間違いない。
「ん?」
その時、資料の端に赤いシミがついているのを見つけた。
「血……?」
その様子を見て、ハイロが「あぁ」と言った。
「悪い。ちょっと汚してしまったんだ。あの工業都市廃墟で変な敵に出会ったとき、そいつがそれを手に握りしめていてな。とっさにゼンの資料だと思って、取り返そうとしたんだが……まぁ、返り討ちだったな。でも何とか資料は取り返したぞ。で、さっきの話だが、早く戻って準備を進めないと間に合わなくなるぞ」
「……」
ゼンは黙ったまま、一口酒を飲んだ。
「いや、大丈夫だ」
「大丈夫って。まだ準備終わってないだろう」
ハイロが困惑して言った。
「ああ」
「だったら……」
「ハイロ、お前の研究は確か、レスキューロボのスペックの向上だったよな」
「何だ、いきなり……ああ、そうだ。今のレスキューロボは高度治療B-2までが限界だ。だから、俺はもうワンランク上のB-1まで治療することができるレスキューロボを考案している。って、それとこれと何の関係が……」
「僕は、治療ができるロボットの考案も必要だけど、人同士のつながりを守るということも大切だと思うんだ。僕の心が折れそうな時、ハイロが寄り添ってくれたみたいに」
「一体、何の話をしているんだ」
話の意図がつかめず、ハイロが怪訝な顔をした。
「僕の研究の話さ」
ゼンは続けた。
「そして、僕がこの研究を始めるきっかけになったのが君だ。ハイロ」
「ますます何の話か分からないな」
ハイロが腕を組んで、背もたれにもたれかかった。
「ほら。僕、子どものころに、ひったくり犯にお腹を刺されたことがあっただろ。昔のことだし、ちゃんと覚えてるわけじゃないけど。あの時、自分はこのまま死ぬんだと、すごく怖くてさ。でも、そんな時、ハイロの握ってくれてる手がめちゃくちゃ温かくて。お前が、最後まで傍にいてくれたことはよく覚えてるんだ。……ハイロ、めちゃくちゃ泣いてたなぁ」
そう言って、ゼンは懐かしそうに笑った。
「へえー」
アルドが興味深そうに相槌を打つ。
(忘れたくても忘れられない強烈な思い出って、このことだったのか)
「っ!お前!あの年で友達が血まみれとか、すごく怖いんだからな!俺、あのあとしばらく刃物がトラウマになったんだぞ!」
自分が大泣きしていたという突然の暴露に、ハイロがまくしたてるように抗議した。
「はは。ごめん、泣いてたっていうのは余計だったかな。でもさ、僕それのおかげできっとあの怪我を克服できたんだと思ってるんだ」
「そんなわけあるか」
ハイロがあきれた様子で言った。
「レスキューロボが来てなきゃ、お前、失血死してたかもしれないんだぞ。あのあと、病院に運ばれて輸血して、ちゃんと意識が戻ったの二日後だ。俺が傍にいても、いなくてもそんなものは何の違いもなかったさ。大体、お前……」
「……っ!違うっ!!」
ゼンがハイロの話を遮るように大声で叫んだ。
アルドはとっさに両手で耳を塞ごうとしたが、間に合わなかった。
しばらくして、コホンとマスターの咳払いがカウンターから聞こえてきた。
「ごめん、マスター」
アルドが謝った。
(なんで俺が謝らないといけないんだ……)
まだ耳がキーンとしている。
「全然、違うっって!あのとき、確かにすごくお腹は痛かったし、それを何とかしてくれたのはレスキューロボだけど、あの恐怖を……それを何とかしてくれたのはハイロだ!間違いない!」
ハイロが何かを言おうと口を開いた。が、諦めたように口を閉じると、アルドに向かって小声で言った。
「ゼン、頑固だからな。こうなったら、何を言っても聞かん」
それを聞いて、アルドが「ハハッ」と笑う。
「で、結局それとお前が元の時代に戻らないのと、何の関係があるんだ」
ハイロが尋ねた。
「僕は、人が人を思いやる行動が、薬や手術の効果を増幅させるんじゃないかと考えている。いや、信じている!だから、僕がハイロの傍にいることで、ハイロは結果的に早く元気になって、早く元の時代に戻れるようになるはずなんだ!だから、僕は君から離れるわけにはいかない。これは人とのつながりを重んじる僕の信念だ!」
ゼンがグッと拳を握りしめた。
「けどさ、ゼン。それで大会の準備がもしも間に合わなかったらどうするんだよ」
「そ、その時はその時だ」
「お前、その時はその時って……はぁ、仕方ない。結局、俺は工業都市廃墟で回路もまだ手に入れられていないし、どのみち、自分の仮説を立証するには大会まで日にちが足りないんだ」
「俺が回路をとってこようか」
アルドが名乗り出た。
「いや、いい。回路が手に入ったところで、体がこれじゃあ、ろくに研究も進まないだろう」
「そうか……」
アルドが残念そうに言った。
「その代わりと言っちゃなんだが、AD1100年に戻り、俺の部屋からパソコンをとってきてくれないか」
「ぱ……すこん?何だ、それ」
アルドが首を傾げた。
「パソコンだ。ゼン、いつも俺が使っているやつ、わかるよな」
「ああ、あのいつも持ち歩いてる白いやつだろ」
「それだ。ゼンの研究なら大掛かりな装置もいらないし、この村でもある程度準備ができる。……手伝ってやるよ」
「えっ!」
ゼンが驚いて、体をのけぞらした。
「いや、だって、ハイロは僕の研究を無意味だっていつも……」
「そりゃそうだ。いくら心配して怪我人に声をかけたって、やはりちゃんとした応急処置がなきゃ、助かる命も助からない。お前が腹を刺されたときにやってきたレスキューロボは、あの当時だとCクラスの治療までしか行えなかったはずだ。あの時にBクラスまで処置が施せるロボがいたらって、今でも考えずにはいられない」
「そうか。それでハイロはレスキューロボの研究をしているのか」
アルドが納得をしたように言った。
(結局、ゼンもハイロも二人の研究の元になっているのは、幼い頃のあの事件か)
「だから、あの出来事は俺の中でトラウマになったとそう言っただろう」
ハイロが面白くなさそうに言った。そして、「まあ、でも」と話を続ける。
「今回の毒虫の一件で、病気やけがの時、村人達やゼンたちが傍にいてくれて確かに心強かった。自分のことを想ってくれる人がいるということの大切さというのも理解できた気がする。昔のことわざで『気軽ければ病軽し』というのもあるしな」
「……本当にそれでいいのか」
ゼンが尋ねた。
「ああ」
「……。わかった。その代わり、この大会が終わったら、今度は僕が君の研究を手伝う。僕はハイロほど上手にシステムを組んだりはできないけど、でも断るのはなしだ。いいね」
「ああ。どうせ言い出したら聞かないからな、ゼン」
「じゃあ……よろしく。パートナー」
ゼンが手を出した。それをハイロがギュっと握り返す。
「ああ、こちらこそ」
一か月後。
アルドはエルジオンのIDAシティ内にある、公会堂に来ていた。
「ここであってるよな」
見慣れない大きな建物に戸惑いながら、アルドはゼンとハイロの研究発表大会が行われるという会場に向かった。
二人はあれから、ゼンの研究を無事、発表できるまでに完成させた。今日はその発表大会の日だ。
「誰が最優秀賞に選ばれるんだろうね」
通りすがりのIDAスクールの学生たちの声が聞こえる。
「やっぱり、ハイロ様かゼンかな。発表数は多いけど、実際はあの二人の一騎打ちでしょ。あー、ハイロ様が勝たないかなぁ」
「でたよ。ハイロのファン」
男子学生が女子学生の横で、うぇーという顔をしている。
「何よ。長身でクール、さらに顔がよくて頭がいいなんて騒がないほうがおかしいでしょ」
「はいはい。でもさ、今回、ハイロの演題ってないよな。キャンセルしたのかな。体調を崩したって噂も聞いたし」
「えー!?なんで!?私さっき、ハイロ様を会場で見たわよ。格好良かったぁ」
女子学生がうっとりとした顔をした。
(ハイロってすごくもてるんだな。っていうか、二人とも結構、有名人)
アルドが感心したように一人で頷く。
「あっ!このプログラム見て!……嘘!信じらんないんだけど」
女子学生が手に持ったプログラムを見て、何かを見つけた。興奮して、男子学生の顔にプログラムをぐりぐりと押し付ける。
「ち、近すぎてみえねぇ」
「ハイロ様とゼンが共同演者になってるのよ!」
「まじで!?どっちが最優秀賞をとるか、注目してるやつ結構いたのに。一体、何がどうなってるんだ。これじゃあ、白黒つかないじゃないか」
「……そうだな。これじゃあ白黒つかないな」
女子生徒がその声の主をみて、驚いて小さく息を吸った。
「ハイロ!」
アルドが久しぶりの再会に喜んだ。
「足はもう大丈夫なのか」
「おかげさまで。な、ゼン」
ハイロの後ろにいたゼンが資料から顔をあげる。
二人とも、今日はしっかりとしたスーツ姿で決めている。
「おおー、アルドじゃないか!あの時はありがとう。今日は来てくれたんだね」
どうやら発表前の準備に集中するあまり、ゼンはアルドに気付いていなかったようだ。
「もうすぐ僕らの発表なんだ。絶対、最優秀賞をとってみせるよ!行こう、ハイロ」
「ああ」
ハイロが女子学生と男子学生の傍を通り過ぎながら言った。
「どっちが勝つか、期待してくれていたようだが、今回はゼンと俺の共同発表だ。白黒つくどころか、お互いが混ざって灰色だ。悪いね」
それを聞いてアルドが笑った。
「いいんじゃないか。灰色の方がいいことだってあるさ」
ゼンとハイロは、アルドに手を振ると、肩を並べて会場の中へと入って行った。
灰色研究 レイ @sira_sagi
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