第4話 僕たちの思い出

 アルドたちは月影の森へとやってきた。

 あまり人の手が施されていないこの森には、昔からあまり変わらない自然環境のもと、多種多様な植物が生育している。一般的な薬草はもちろんのこと、光るツタや樹齢何百年の大木、それに可憐な花や毒々しい花。植物学者たちが月影の森のことを、別名「植物たちの王国」などと呼ぶ理由も納得できる。

 アルドたちは湖を見つけると、近づいて目的の植物を探した。

「確か、毒消し草は湖の近くに咲いているんだったな」

 アルドが湖のほとりを見渡して言った。

「ああ。でも白い花は咲いてないようだな。ここに咲いているのは黄色の花ばかりだ」

 ゼンの言う通り、ここには黄色の花は咲いているが、長老の言う白い花は見当たらなかった。

「ここじゃないか……。この森にはいくつかの湖があるんだ。他の湖を探してみよう」

 アルドはそう言うと、別の湖を探して更に森の奥へと進んだ。

 そうして二人は、一つ、二つと湖を巡り、ようやく白い花の咲く湖を見つけた。

「アルド、あれじゃないか」

「ああ、多分そうだ。早く摘んで村に戻ろう」

 二人が湖に近づこうとすると、ズシンと足元の地面が揺れた。

「なんだ?」

 ゼンがそういうと同時に、またズシンと地面が揺れる。ズシン……ズシン……。

 だんだんと揺れが大きくなっていく。

「誰だ!俺の水浴び場を勝手に荒らす奴は!」

 突然の背後からの大きな声に、アルドたちが驚いて後ろを振り返ると、そこには真っ赤な巨体をした森の番人がいた。森の番人は上からアルドたちを見下ろし、大きな声で怒鳴った。

「ここは俺の縄張りだ!」

 その声に驚いて、ゼンが腰を抜かす。

「あわわわ。ぼ、僕たちはそこの毒消し草を摘みたいだけで、水浴び場を荒らすつもりなんて!ね、ねえ。アルド」

「黙れっ!」

「ひぃっ」

 ゼンは悲鳴とともに両腕で頭を覆った。

 森の番人は唸り声をあげて、手に持った武器を体の前で大きく振り回した。ブンブンと風を切る音が聞こえてくる。

「ゼン!言ってわかる相手じゃない。仕方ない。こいつを倒して、ハイロに毒消し草を持って帰るぞ!」

「わ、わかった」

 腰の抜けたゼンが、這うようにしてアルドの後ろへ避難した。

 アルドは両手剣を構えると、一歩前へ進み出た。

「人間め!俺の水浴び場を荒らすとどうなるか、思い知らせてやる!」

 森の番人も一歩こちらへ歩み出る。

 アルドは目の前の敵を見据えて言った。

「勝手に水浴び場に近づいたのは悪かった。だけど、俺たちにはここに咲いている花が必要なんだ。悪いが、力づくでいかせてもらう!行くぞっ!」


 ズシン、と大きな音とともに森の番人は地面へ倒れた。どうやら最後の一撃で気を失ったようだ。

「はぁ……はぁ……。やっつけたか」

「アルド!大丈夫か」

 ゼンが駆け寄った。

「大丈夫だ。今のうちに早く毒消し草を」

 その時、ゼンの横で森の番人の腕がピクリと動いた。

「グァ……ァ」

「うわぁっ。アルド!こいつまだ意識があるぞっ!」

「……っ!ゼン!離れろっ!」

 アルドが再び剣を構える。最後の一撃は確かに手ごたえがあった。しかし、敵はまだまだ戦意を失っていないようだ。

(なんて奴だ。まだ動けるなんて)

「俺の……水浴び場……許さん、許さんぞぉ!」

 ゆっくりと森の番人が立ち上がる。そして、再び手に持った武器を振り上げた。

「グァァァッ!」

「来るぞっ!」

「……」

「……」

 しかし、森の番人が動くことはなかった。

「……」

 アルドが注意深く森の番人へ近づいた。森の番人は白目をむいている。

「白目……意識を失ってるみたいだ」

 それ聞いて、ゼンがハァーと、大きく息を吐いた

「なんだよぉ……驚かせるなよな」

 アルドは剣を収めると、仁王立ちのまま気を失っている森の番人を申し訳なさそうに見た。

「……ごめんな。でも毒消し草を数本摘ませてもらうだけだから。それが済んだらすぐにここを去る。お前の水浴び場を荒らしたりはしないよ」


 ゼンは湖のほとりにしゃがみこむと、白い花の咲いた毒消し草の茎をできるだけ根本からプチンと摘んだ。

「茎の部分から解毒作用のエキスが取れると言っていた。できるだけ長い茎を持って帰ろう」

 アルドが「ああ」と頷く。

 二人は毒消し草を摘み、数分後には毒消し草の小さな白い花束ができた。

「これで十分だろう。ハイロ、すぐに助けてやるからな」

「なあ、ゼン。ルート99では、あまりハイロと仲が良さそうじゃなかったけど。本当はハイロとゼンって仲がいいんじゃないのか。今だって、すごくハイロのことを心配しているし」

 何かを考えるように少し間をおいて、ゼンが答えた。

「僕にとって、ハイロは今も大切な幼馴染だ」

 そう答えて、ゼンは目を閉じた。

『ゼン!大丈夫か!?』

 幼い子供の声が頭の中に響く。

 ゼンは、まだ幼かった頃の光景を思い出していた。

 地面に倒れている自分を上からのぞき込む顔。泣き腫らした真っ赤な目。右手に感じる温かさ。

「ゼン?」

 アルドに声をかけられ、我に返る。

「ああ。ごめん。あいつとは忘れたくても忘れられない強烈な思い出があってさ。ちょっと思い出してた。……さ、話はこれくらいにして村へ戻ろう。ハイロの容態が心配だ」

 ゼンはそういうと歩き出し始めた。その背中を見ながら、アルドは思った。

(忘れたくても忘れられない強烈な思い出か。なんだろう)


 その頃、村ではアルドたちの帰りを、村人たちが今か今かと待っていた。

 ハイロは村人の家に運ばれて、看病を受けていた。

「うう……痛い……」

 毒による痛みと熱でハイロは朦朧としていた。

「すごい熱だ。しっかりおし!大丈夫だからね」

 看病をしているおばさんが、ハイロの額に冷えたタオルを乗せる。

 額に感じるひんやりとした心地よさが、幾分かハイロの苦痛を和らげてくれた。

 ハイロはうっすらと目を開け、周囲を見渡した。自分の周りをたくさんの村人たちが囲っている。皆、一様に心配そうな顔だ。

「誰だ……?。早く、レスキューロボを呼んでくれ……。ううっ!」

 足に激痛が走り、ハイロは唸った。

「大丈夫かい。かわいそうにうなされているよ」

「アルドたちが毒消し草を取りに行っているからな。もう少し頑張れ」

「すぐに良くなるよ」

 村人たちはおろおろとしながらも、ハイロに声をかけ続けた。

「声かけなんて……治療の役に立たない……。ずっと傍にいたって……何の役にも……ううっ!痛いっ!」

「大丈夫かいっ!?ちょっと!しっかり目をお開けっ!誰か!誰か、村長を呼んできておくれっ!」

 遠くの方でおばさんの声が聞こえた。

「目をお開けってば!聞こえるかい!」

「……」

 ハイロは気を失った。

「……戻ってきたぞ。……ハイロ……ハイロ」

 夢の中で、ハイロは友が自分の名前を呼ぶ声を聞いた。

 

 ハイロは夢を見た。

 それは、自分がまだ幼かったころの思い出だった。

 幼いハイロとゼンが二人、エルジオンの通りで遊んでいる。

「ハイロー。待ってー」

「ゼン!早く来いよ。……ん?」

 ハイロが突然、立ち止まった。息を切らし、ハイロに追いついたゼンが不思議そうに尋ねた。

「ハイロ?どうしたの」

「いや、ちょっと」

 そう言って、幼いハイロは首をかしげた。その目は、何やら前方の男の人をじっと見ている。

「あの男の人がどうかしたの」

 ゼンが尋ねた。

「……なぁ、ゼン。あの人、何か変じゃないか」

「え?」

 ゼンがハイロの肩越しに男の人を見た。その人はいろいろな家を覗いたり、行き交う人をジロジロと眺めたりしている。

「なんかキョロキョロしているね。道に迷ったのかな」

「そんな風には見えないけど……あ!」

 ハイロがそう言ったと同時に、男の人は通行人の女性からカバンをひったくった。

「きゃあー!」

 カバンをとられた女性が叫ぶ。

「ひったくりかよ!」

 ハイロはそういうと、こちらに逃げてくるひったくり犯に向かって立ち向かった。

「行かせないぞ!悪者め!」

「どけ!このガキ!」

 そういうと、ひったくり犯はハイロへ向かって突っ込んできた。

「悪い奴は許さないぞ!」

 ハイロは逃げもせず、ひったくり犯にむかって飛びかかろうとした。その時、ひったくり犯が上着の内ポケットに手を突っ込んだ。

「ハイロッ!危ない!刃物だっ!」

 ゼンが叫んで、ハイロの前に飛び出した。

 一瞬だった。

 ゼンとひったくり犯がぶつかって、ゼンはその場に倒れこんだ。同時に、ゼンの叫び声が響き渡った。

「あぁぁぁぁぁーっ!!」

「ゼンッ!!」

「クソガキがっ!邪魔するからだ」

 ひったくり犯はそう吐き捨てると、そのまま走り去っていった。

「なんだ?子どもの叫び声がしたぞ」

 ゼンの叫び声に周囲の大人が集まってきた。

 ゼンの服が、お腹の辺りからみるみる赤く染まっていく。

「おっ、おいっ!子どもが怪我をして倒れてるぞ!誰かレスキューロボットを呼んでくれ!早くっ!」


「あぁ……ゼン……ゼン……」

 ハイロはうなされていた。

 その時、バタンと勢いよくドアが開き、アルドとゼンが駆け込んできた。

 家の中にいた村人たちが、その音に振り返り、二人を見た。

「爺ちゃん!毒消し草をとってきた!これで解毒剤がつくれるか」

 長老が、アルドから受け取った白い花を見て頷いた。

「間違いない。この花の茎から解毒剤が作れる。すぐにとりかかろう。お前たちは、彼の傍についていてあげなさい」

 そう言うと、長老は自分の家へと戻っていった。

 ゼンは長老が去るのを見届けると、ハイロの傍に駆け寄った。

「戻ってきたぞ!ハイロ、聞こえるか!ハイロ!」

「すごい熱だな」

 アルドがハイロの額に手を当てて、顔をしかめた。

 ハイロの意識は混濁していて、ゼンの声には反応しなかった。

「ハイロ……。今度は僕の番だ。ちゃんと傍にいるよ」

 ゼンはハイロの手をギュッと握った。

 頭の中に、幼かったころの思い出がよみがえる。


「きゃあー!」

 カバンをとられた女性が叫ぶ。

「ひったくりかよ!」

 ハイロはそういうと、こちらに逃げてくるひったくり犯に向かって立ち向かった。

「行かせないぞ!悪者め!」

「どけ!このガキ!」

 そういうと、ひったくり犯はハイロへ向かって突っ込んできた。

「悪い奴は許さないぞ!」

 ハイロは逃げもせず、ひったくり犯にむかって飛びかかろうとした。その時、ゼンの目にひったくり犯が上着の中から、何かキラリと光るものを取り出したのが見えた。

「ハイロッ!危ない!刃物だっ!」

 ゼンが叫んで、ハイロの前に飛び出した。

 一瞬だった。

 ゼンとひったくり犯がぶつかって、ゼンはその場に倒れこんだ。と、同時に味わったことのない激痛がゼンの腹部に走った。

「あぁぁぁぁぁーっ!!」

「ゼンッ!!」

「クソガキがっ!邪魔するからだ」

 ひったくり犯はそう吐き捨てると、そのまま走り去っていった。

「なんだ?子どもの叫び声がしたぞ」

 ゼンの叫び声に周囲の大人が集まってきた。

 ゼンの服が、お腹の辺りからみるみる赤く染まっていく。

「おっ、おいっ!子どもが怪我をして倒れてるぞ!誰かレスキューロボットを呼んでくれ!早くっ!」

 ゼンは耐え難い痛みの中で、周りに集まってきたたくさんの人の声を聞いた。

「大丈夫か!しっかりしろ!」と声をかけてくる切羽詰まった誰かの声。

「レスキューロボはまだか!」と誰かに向かって怒鳴っている声。

「ゼン!ゼン!」すぐ近くで泣き叫ぶハイロの声。

 そのうち、サイレンの音が聞こえてきた。

「レスキューロボデス!救助シマス!サーチ開始!怪我ノ状態ヲ確認中」

 レスキューロボが手際よく傷口の状態を確認し、応急処置を施していく。

「重症患者ト判定!病院ヘ運ビマス」

 ゼンは痛みで気が狂いそうだった。

「あぁぁぁーっ!痛いーっ!」

 強烈な痛みが、お腹にずっと押し寄せてくる。

 ギュッと目をつぶった暗闇の中、周囲の声が途切れ途切れに聞こえてきた。

「良かった。レスキューロボットが来たなら、これでもう大丈夫だ」と誰かの安堵する声。

「ええ、これで安心ね」と相槌をうつ誰かの声。

 声が聞こえるたびに、だんだんと辺りが静かになっていく。

「ねえ、ママ。あの子大丈夫なの?」と遠くから子供の声。

「大丈夫。レスキューロボが診てるんだもの。私たちにできることはないわ。レスキューロボに任せておけば大丈夫。さぁ、家に帰りましょう」と大人の声。

「……」

「……」 

 辺りはすっかり静かになった。

「痛いよぉ……痛いよぉ……」

 痛みでゼンの涙は止まらない。

 その時、ぎゅっと誰かがゼンの手を握った。やわらかい誰かの手。

(誰……?)

「鎮痛剤ヲ注射シマス。痛ミヲ軽減サセマス」

 レスキューロボが腹部の辺りに注射をうつと、ようやく痛みが徐々に和らいでいった。

 ゼンは固くつぶっていた目をそっと開けた。

 不安と緊張で冷たくなった自分の右手を、まだ誰かが握り続けている感触がある。

「温かい……」

 ゼンが右手を見ると、手を握っていたのはハイロだった。

 見ると、周りにはレスキューロボ以外、ハイロしかいなかった。

 目を開けたゼンを見て、慌てて顔を覗き込んできたハイロの顔が見えた。

 ハイロは血の気の引いた青い顔をしていた。その目は涙で真っ赤だ。

「大丈夫か!?ゼン」

「応急処置終了!コノママ病院ヘ搬送シマス!離レテクダサイ!」

 お腹の痛みは鎮痛剤で随分と和らいだ。それと同時に、頭がぼんやりして考えがまとまらなくなった。薄れゆく意識の中、ハイロが自分の名前を呼んでいる声がずっと聞こえていた。


「ハイロ……僕が傍にいる。頑張れ」

 ゼンが呟いた。

 しばらくして、長老が小さな瓶を持ってやってきた。

「できたぞ。ほれ、これを彼に飲ませるんじゃ」

「ありがとう。爺ちゃん」

 アルドは長老から小瓶を受け取ると、ハイロの口元へ解毒剤を流し込んだ。

「ハイロ。飲んでくれ……頼む」

 ゼンが祈るように言った。

 少し間があって、ハイロは喉をゴクッと音を鳴らして、解毒剤を飲み込んだ。

「飲んだ……!」

 ゼンが言った

 長老もハイロが薬を飲み込んだのを確認して、頷いた。

「これで少し休めば、元気になるじゃろう」

「ありがとうございます!」

 ゼンが長老へ頭を下げた。

「いや、わしは茎をすりつぶしただけじゃて。何もしとらんよ」

 長老は微笑みながらそういうと、部屋から出て行った。

「良かったな。ハイロはひとまずこれで大丈夫だ」

 アルドが安堵した顔でゼンに言った。

「ああ。ありがとう、アルド」

 近くにいたおばさんが、アルドたちへ声をかけてきた。

「さあさ。あとの看病は私に任しておきな。あんたたちも疲れているだろう。彼の目が覚めたら教えてあげるから、アルドの家でゆっくり休んでおいで」

「ああ、ありがとう。ゼン、どうする?」

 アルドが尋ねた。

 その時、ゼンの頭の中に、泣きながら自分の右手を握り続けていた幼いハイロの姿がフラッシュバックした。

『ゼン!ゼン!大丈夫かっ!』

 何度思い出しても、ひどい泣き顔だ。

 ゼンは首を横に振ると答えた。

「ありがとうございます。でも、僕はハイロの傍にいます」

(やっぱり仲がいいんだな、この二人)

 アルドの口元がふっと緩む。

「俺も一緒に傍にいるよ」

「そうかい。じゃあ、二人ともせめて腹ごしらえぐらいしなよ。酒場のマスターに頼んで、何かおいしいもんでも作ってもらってきてあげるからさ。ちょっと待ってな」

「ありがとうございます」

 ゼンが言った。


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