第3話 夢にまでみた世界
工業都市廃墟の中は、明かりがついているにもかかわらず薄暗かった。青白い光が建物内部を照らしている。
チカチカと点滅する壊れたモニターが、周囲をチカチカと明るく照らす。
そんな中、アルドとゼンの通路を駆ける足音がカッカッカッと、建物内に響き渡る。
「はぁ……はぁ……ハイロはどこだ」
ゼンが辺りを見渡した。
しかし、見渡せる範囲にはハイロの姿はない。
「アルド、もっと奥に行ってみよう」
「ああ。さっきハンターたちが言っていたことも気になる。早く見つけないと」
「『あんな合成兵士が出るなんて』って言っていたな。普通の合成兵士じゃない奴がうろうろしてるなら大変だ」
「ハイロの奴、無事だといいんだが」
アルドが眉間にしわを寄せた。
「あいつは僕と違って、多少は戦える。……そんなすぐにはやられないと思うが」
二人はハイロを探して奥へ奥へと進んでいくうち、とうとうエレベーターの前までやってきた。
「この先にいるんだろうか」
ゼンがエレベーターを起動させた。エレベーターはゆっくり上昇すると、一つ上の階に到着して止まった。
「うわぁぁぁ!」
突然、悲鳴が聞こえた。
「なんだ!?」
「ハイロか!?」
アルドとゼンはエレベーターから飛び出すと、悲鳴の聞こえたほうへと駆け出した。
駆け出してすぐ、前方にハイロの後ろ姿が見えた。
「あっ!ハイロが敵に襲われてるっ!」
ゼンが悲鳴に近い声で言った。二人が案じていた通り、やはりハイロは一人で敵と対峙していた。
敵は興奮して、何度もハイロに殴りかかっており、ハイロはそれをなんとか寸でのところで交わし続けていた。
「ぐっ……息が……これ以上、交わし続けるのはキツイな」
ハイロは首筋に垂れてきた汗をぬぐうと、息苦しそうにつぶやいた。それでも敵は容赦なしに殴りかかってくる。
敵の攻撃を避けようとした時だった。ハイロの足がもつれ、ハイロはその場に倒れこんだ。
敵がゆっくりとハイロへ近づいていく。
「まずい!なんとか敵の気をこっちへ向けさせるんだ!」
アルドがそういうと、ゼンが一歩前へ出た。
「僕に任せて」
ゼンが大きく息を吸い込んだ。
「(すぅー……)」
(ゼン、何をする気だ?)
ゼンの突然の行動に困惑しているアルドを横目に、ゼンは両手を握りしめると腹の底から大声で叫んだ。
「ハイロォーッ!!助けに来たぞーっ!!」
その声は建物内に響き渡り、思わずアルドは両耳を塞いだ。
「うっ……なんて声のでかさだ。でも、これなら敵の気をそらせる」
ハイロを襲っていた敵が、くるりとアルドたちの方を振り向く。
(あれ?なんだこの違和感……)
アルドは一瞬、不思議な違和感を感じた。しかし、すぐにその考えを振り払うかのように頭を横に振った。
(今は目の前の敵を倒さなければ!)
違和感の正体をじっくりと考えている余裕はなかった。
「あとは俺に任せろ。ゼンはハイロを安全なところへ!」
「わかった!」
ゼンは頷くと、ハイロのところへ駆けていった。
ゆらりと敵がアルドのほうへ歩み寄ってくる。アルドは剣を構え、まっすぐに敵を見据えた。目の前の敵を迎え撃つ準備はできている。ゼンとハイロを守らなければ。
「あ……」
その時、アルドはようやく違和感の正体に気付いた。
「……ゴブリンだ」
目の前にいた敵は、この時代にはいるはずのない存在だった。過去から来たアルドにとってはなじみのある相手だったので一瞬、ピンとこなかったのだ。
「ハンターの言ってた『あんな合成兵士がいるなんて』ってのはゴブリンのことだったのか。どうしてゴブリンがこの時代に?」
「ギィヤアアア!」
ゴブリンが手に持ったこん棒を振りあげて唸っている。
「……考えている暇はないか。合成兵士にしろ、ゴブリンにしろ倒すことに変わりはない。かかってこい!」
アルドが両手剣を構えて、臨戦態勢に入った。
「ギィヤアアア!」
ゴブリンの断末魔が工業都市廃墟に響いた。
「大丈夫か」
アルドがハイロに駆け寄り、声をかけた。見ると、ハイロは左腕から血を流していた。
「殴られたのか。けがをしているな」
「あ、ああ。これくらいの傷は大丈夫だ。それより、君たちがきてくれて助かった。ありがとう。しかし、あの敵はなんだ。あんな合成兵士は見たことがないぞ。まさか、合成兵士たちが自らの手で新しい兵士を生み出したというのか」
「いや。あれは合成兵士じゃない」
アルドが首を振って言った。そして腕組みをし、今回のことを考え始めた。
(うーん。AD300年のゴブリンがこの時代に現れてたってことは……つまり、どこかに時空の穴が?)
「何か心当たりがあるのか?」
ゼンがアルドに話しかけた。
「そうだな。もう少しこの奥を調べてみれば何かわかるかもしれない」
ハイロとゼンが目を合わせて頷いた。
「いいだろう。君には世話になった。付き合おう」
ハイロが言った。
アルドたちは工業都市廃墟の更に奥へと進んだ。
そして、探していたものを見つけた。
空間にぽっかりと開いたどこまでも暗い穴。見覚えがある。
「……やっぱり」
「これは?」
ハイロが尋ねた。
「え、えーと、この穴は……」
(なんて言おう……)
アルドが説明に困っていると、ゼンが時空の穴へと近づいた。
「へー、興味深いな。こんなものは見たことがない」
「あ、おい!あんまり近づくと吸い込まれるぞ!」
「え?う、うわぁー!」
「ゼン!?」
ゼンは叫び声とともに時空の穴に引っ張られて、そのまま姿を消してしまった。
「しまった!」
「一体、何が起きたんだ!?ゼンはどこだ!」
ハイロが慌てふためいて言った。
「ハイロ!先にエルジオンへ戻ってるんだ。ゼンは俺が連れ戻す」
そういうと、アルドは時空の穴へと飛び込んだ。
時空の穴を通り抜けたゼンは、月影の森の中にいた。
「ここは?」
ゼンが事態を飲み込めずにきょろきょろとしていると、「ゼン!」と、名前を呼ぶ声とともに時空の穴からアルドが飛び出してきた。
「アルド!ここは一体?」
「ここは、AD300年の月影の森という場所だ。今、通り抜けてきたこの穴は次元の穴といって、この穴の先は未来や過去とつながっているんだ」
「AD……300年……」
ゼンは突然、自分が過去にタイムスリップをしたという、にわかには信じがたい話に黙り込んだ。
アルドが首を振る。
「……驚くのも無理はない。でも、もう一度この穴をくぐればすぐに元の時代に戻れる。心配しなくても大丈夫だ……って、おい!聞いてるのか!」
ゼンは周囲をうろうろと駆け回り、興奮気味に言った。
「アルド!近くに町はあるのか?この時代の人たちの暮らしを是非とも見てみたい!」
「町はないけど、村ならあるぞ。すぐ近くにバルオキーっていう村がある」
「よし!いこう!」
「元の時代に戻らないのか!?」
アルドが驚いて尋ねた。
「こんなチャンス逃すわけないだろ」
ゼンはそのまま走って行った。
「待てって!この森は魔物が出るんだぞ」
しかし、例のごとくアルドの言葉はゼンには届かず、アルドはそのままゼンを追いかけて、バルオキー村まで走り続けることとなった。
バルオキー村は今日も平和だった。
子どもはのんびりと駆け回り、酒場からは一杯飲んでご機嫌なおやじが、鼻歌交じりに店からでてきたところだ。天気がいいので、軒先でシーツを干そうと、おばさんが竿にシーツを引っ掛けている。
「これが……これがAD300年の人々の生活……」
ゼンは感極まって言葉を詰まらせた。ゼンのその嬉しそうな顔を見ると、慌てて元の時代へ連れて帰る訳にもいかず、アルドはため息をつくとこう言った。
「仕方ないな。少し村を見て回るか。案内するよ」
「いいのかい!ありがとう」
アルドとゼンが歩いていると、子どもを連れた母親が声をかけてきた。
「おや、アルド。戻ってきてたのかい」
「ああ」
「そうだ、うちの子が大きくなったら警備隊に入るって言ってね。アルドにあったら、警備隊への入り方を尋ねるんだって聞かないんだよ。少し、話し相手になってあげてくれないかい?」
「いいよ。ユール、久しぶりだな。お前、警備隊に入りたいのか」
アルドが母親の横にいた男の子に話しかけた。
「うん。僕、アルド兄ちゃんみたいに警備隊になりたいんだ!それでね、村の平和を僕が守るんだ!だから、警備隊への入り方を教えてくれよ」
「そうだな。警備隊の入隊試験には体力と剣術の試験は必ずあるから、やっぱり筋肉がたくさんついていると有利だと思うぞ。そのためには毎日いっぱい体を動かして鍛えておかないとな」
「うん。僕、いっぱい体を動かすよ」
「あと、好き嫌いせずにいろいろなものを食べることだな」
アルドが笑ってユールの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。クスクスと横で母親が笑った。
「ありがとう、アルド。さ、ユール行くわよ」
母親はそういうと、ユールの手を引いて歩いて行った。
「なりたい職業への就き方なら、AIに尋ねればすぐに詳しくわかるのに」
ゼンが首をかしげた。
「えーあい?ああ。あのやたら物知りな機械のことか。この時代には、えーあいっていうものがないからな。わからないことや知りたいことは、年上の人とか長老に尋ねるんだ。ほとんどのことは教えてもらえる」
「ふうん。少し不便だね。まず、その人に会えないと尋ねることもできないし」
「それが普通だから、不便だとは感じたこともないけど……まぁ、小さい村だから誰がどこにいるのかは皆に聞けばすぐにわかるんだ。それにああやって、ユールが警備隊に入りたいっていうのも、聞いて知っていれば、また何か手助けができることだってあるかもしれないだろ」
「なるほど。あえて、人が人に質疑応答することで得られる情報があり、その情報が未来の助け合いにつながるということか。ふーん。よく考えられているね」
「そんな大げさなものじゃないって」
アルドが困惑した。こんなものは、AD300年の時代に生きるアルドたちにとっては、ごく普通の日常のやりとりである。
「アルドー!」
青年がアルドの元へ駆けてきた。
「慌ててどうしたんだ?何かあったのか」
アルドが青年に尋ねた。
「月影の森の入り口で、若い男が倒れてて。とりあえず、安全な村の中まで運んだんだが、その男性が『ゼン』『アルド』と繰り返して言うもんだから、ひょっとしたらアルドの知り合いじゃないかと思って呼びにきたんだ。医者みたいに白衣を着た背の高い男なんだけど」
アルドがゼンの方を振り返る。ゼンが間違いないとばかりに頷いた。
「ハイロだ!僕たちのあとを追って、次元の穴に入ったんだ」
「とにかく、ハイロのところへ行こう」
青年が言うには、今、ハイロは村にある石像の辺りで、村人たちから手当てを受けているという。アルドとゼンはハイロのところへと急いだ。
アルドたちが石像のところまで来ると、そこに人だかりができていた。
「ごめん。ちょっと通してくれないか。知り合いなんだ」
二人は人だかりを分けて、輪の中に入って行った。
輪の中心にいたのは、やはりハイロだった。
「う、う……」
何やら右足を押さえてうずくまっている。アルドがハイロの足を見ると、足は膝下から赤みを帯びて、パンパンに腫れあがっていた。
「痛い……足がやけるように痛い……」
その時、長老がやってきて、ハイロの足を見るやいなや言った。
「これは森の毒虫にやられたな」
「爺ちゃん!これ、どうすれば治るんだ」
「うむ。アルド、急いで月影の森に行き、湖の近くに咲いている白い花の毒消し草をとってくるんじゃ。茎から抽出したエキスの中に、解毒成分が入っておる」
「わかった。すぐにとってくるよ」
「その間、この青年のことは村の皆で看病しておこう」
「ハイロをよろしくお願いします」
ゼンが長老へ頭を下げた。
「行こう!ゼン」
アルドとゼンは月影の森へ向かった。
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