第2話  僕の研究

 アルドとゼンは、ホテル・ニューパルシファルの通りへと戻ってきた。

「確かこの辺りだったよな」

 アルドがそう言って、周囲をきょろきょろ見渡す。ゼンもウロウロと辺りを歩いては、道の端っこや、建物の隙間を覗いてまわった。

「はぁ……やっぱり無い」

 ゼンがため息をついた。

「俺、あの時、確かに他にもう紙が落ちていないか確認したんだけどな……あ!あの人!」

 その時、アルドが通行人に気付いて駆け寄った。

「おや、あんたは昨日の……」

 アルドが声をかけたのは、昨日ゼンの話を聞いていた時に通り過ぎて行ったおばさんだった。

「昨日はどうだった?ゼンの話は四時間で終わったのかい?それとも五時間かい?」

 おばさんはそう言っていたずらに笑った。

「いや、それが……」

 アルドが昨日、途中で姿をくらませたことを伝えるとおばさんは「ハッハッハッ」と大声で笑った。

「ところで、ちょっと聞きたいことがあるだけどいいかな」

「何だい?」

「昨日、この辺りに紙が落ちていなかったか知らないかな」

「そうねぇ。私は昨日あんたらに会った後、まっすぐ家に帰っちゃたからねぇ。そうね。街の子どもたちに聞いてみたらどうだい?あの時間帯なら、家に帰る途中の子どもたちが知っているかもしれないよ」

「わかった。そうするよ。ありがとう」

 アルドはおばさんにお礼を言うと、ゼンのところへ戻った。

「ゼン。もしかしたら、紙が落ちているのを見た子がいるかもしれない。聞きに行ってみよう」

「えっ!?紙を持ちかえった子がいるって!?それは大変だ!」

 そう言うが早いか、ゼンが走り出した。

「え?違うぞ……持って帰ったなんて一言も……あー、行ってしまった」

 ゼンの姿はもうすでに数メートル先だ。アルドの言葉はゼンには届かなかった。


「紙?何のこと?」

「私、そんなに遅くまで遊んでないよ」

 二人は、子どもたちが何か知っているかもしれないと期待していたが、いくら聞きまわっても、子どもたちは紙のことは何も知らなかった。

「仕方ない。他を当たるか。……ん?どうした、ゼン」

「もうダメだぁーっ!」

 ゼンが頭を抱えて叫んだ。

「おいっ。子どもの前で叫ぶなって」

 アルドが慌ててゼンの口を塞ぐ。

「うぐぐ……」

 ゼンはアルドの手を払って言った。

「ぷはっ。だってアルド!一体、次はどこを探せば……いてっ!」

 ふわりと何かが飛んできて、ゼンの顔に当たった。

「なんだよ!もう!」

 ゼンが周囲を見渡しながら怒る。

「……紙飛行機だ」

 アルドがそう言って、地面に落ちている紙飛行機を拾い上げた。

「お兄ちゃん!それ僕のだよ」

 声がしたほうを見ると、男の子が二人、こっちへ走ってきた。

「僕の折った紙飛行機よく飛ぶでしょう。ヘヘン♪」

「そうだな。上手に折れているよ」

 アルドは拾った紙飛行機を男の子へ渡した。

「お兄ちゃんたちにも紙飛行機の折り方を教えてあげようか」

 するとゼンが、男の子たちの紙飛行機をじぃっと眺めて言った。

「この紙飛行機、工夫をすればもっと飛ぶぞ」

「ええー!おにいちゃん、もっと飛ぶ紙飛行機が折れるの!?」

 ゼンの一言に子どもたちは驚きの声をあげた。ゼンはその場で、その紙飛行機を折りなおすと、「エイッ!」と飛ばした。

 ゼンの折りなおした紙飛行機は、空気の抵抗をあまり受けることもなく、すぃっと遠くまで飛んで行った。

「すっげー!お兄ちゃん!」

 子どもたちが喜んで飛行機を追いかける。

「ゼン、折り紙上手なんだな。知らなかったよ」

「フフン。僕は過去の文化研究がメインだからね。昔遊びの折り紙はお手の物さ」

「へえー。あ、そうだ。あの子たちにも紙のこと聞いてみようか。おーい、ちょっといいか?」

 アルドに呼ばれ、子どもたちは走ってこちらへ戻ってきた。

「なあ、昨日、この通りに紙が落ちていたのを知らないか」

「あ、それって、昨日エイタが紙飛行機を折るのに使った紙のことじゃないか?」

 男の子の一人が、もう一人の男の子に向かって言った。エイタというのは、さっきゼンに紙飛行機をぶつけた男の子のことのようだ。

 エイタは頷いて言った。

「そういえば、昨日、道端にちょうどいい長方形の紙が落ちていたから、それで紙飛行機を折ったんだ。それのことかな?」

「え?紙飛行機にしちゃったのか?」

 アルドが困った顔をして聞いた。

「うん。あの紙飛行機を飛ばした時ね、超いい風が吹いたんだ。それでその紙飛行機、ビューンって街の外まで飛んで行ったんだよ。すごいでしょ♪」

「ま、街の外まで……ビューン……」

 ゼンが目を剥いた。

「お、おい。大丈夫か、ゼン」

「街の外まで……ビューン……」

(だめだこりゃ。放心状態になってる)

「なあ、その紙飛行機、どの方向に飛んで行ったのかわかるか?」

 アルドが子どもたちに尋ねる。

「んーと、あっちに飛んでったから……多分ルート99の方だよ」

「わかった。ありがとう。ゼン、廃道ルート99の方を探しに行こう」

「……街の外まで……資料が……ビューンと」

「ショックが大きすぎたか」

 アルドが困った顔をしている横で、子ども達も心配そうにゼンを見ていた。

「お兄ちゃん……大丈夫?ほら、この紙飛行機をあげるから元気だして」

「……ビューン……」

 ゼンは悲しそうにつぶやくと、男の子たちから紙飛行機を受け取った。 

 アルドはため息をつくと、むんずとゼンの袖をつかんで、廃道ルート99へ向かった。

 

 廃道ルート99は、薄暗く、静かだった。自然の物は何一つなく、すべてが人工的な造りにもかかわらず、人気は全く感じない。いつ来ても奇妙な場所だ。

「ここって結構、広いんだよな。この場所から紙飛行機を一つ見つけるのか」

「……ビューン……」

 ゼンはまだ放心状態で、腕を引っ張らないとちゃんとついてこない。

 ここはレッドサーチビットやアガートラムといった高知能の機械たちが巣くっている。彼らの高性能のセンサーは厄介で、音・光・温度など様々な情報を拾っては、人間の居場所を見つけて攻撃を仕掛けてくる。

(ゼンもいるし、不要な戦いは避けたいな。できるだけ目立たないように進むか)

 アルドは周囲に気を付けながら慎重に奥へと進んでいった。

「……アルド」

 ゼンがぼそりと声をかけた。

「あ、ゼン。正気に戻ったか?心配したよ。何を話しかけても『ビューン』しか言わないからさ」

 ゼンは返事もせず、黙り込んでいる。いや、耳を澄ますと何かブツブツと言っている。

「なんで……なんで……」

(まずい!目がうつろだ。ゼンの奴、また叫ぶ気じゃ……こんなところで叫んだら格好の標的だぞ)

 アルドがギョッとした瞬間だった。

「なんで資料で紙飛行機なんか折るんだよぉぉーっ!知らなかったとはいえ!よりによって紙飛行機って……」

 ゼンが素っ頓狂な声で叫んだ。ゼンの声が辺りに響き渡る。

「ゼン!しーっ!敵に見つかる」

 アルドが口の前で人差し指を立てて言った。

 しかし、時すでに遅し。遠くから、ジーという機械音が近づいてくる。

「しまった!見つかったか」

「敵発見!排除シマス!」

 アルド達の前にレッドサーチビットが群れをなして現れた。

「ア、アルド!サ、サーチビットだ!」

 ゼンが驚いて、レッドサーチビッドを指さす。

(そりゃ、あれだけ大声をだしたらなぁ)

 アルドがため息をつく。

「仕方ない」

 剣を構え、前に出る。

「ゼン!下がれ!俺が戦う」

 

 

「終わったぞ」

 アルドが剣を鞘に収めた。

「ありがとう。それと……」

 ゼンがすまなさそうに言った。

「大きな声を出してごめん」

 ゼンがいきなり謝ってきたので、思わずアルドは笑った。

「ははっ。いいよ。でも、ゼンって変わってるよな。俺のイメージだと、研究者ってもっと物静かで冷静沈着なイメージなんだけど」

「大体の研究者は冷静沈着さ。ゼンが変わり者なだけで……」

「!?」

「誰だっ!?」

 突然、聞こえた第三者の声に、アルドは再び剣に手をかけた。

「ゼン。俺だよ。ハイロだ」

 丈の長い白衣を着た長身の男性はハイロと名乗った。短髪のくせ毛をかき上げて、静かに笑みを浮かべている。落ち着いた口調で話すハイロは、まさに冷静沈着な印象を受ける。

「ゼンの知り合いか?」

 アルドが尋ねると、ゼンが頷いた。

(なんか……ゼンとは正反対なタイプだな)

「ハイロ、どうしてこんなところにいるんだ」

 ゼンが尋ねた。

「俺はこの先の工業都市廃墟に用があってね」

「あそこは合成兵士も出るし、一人では危険だぞ」

 アルドが腕組みをして言った。

「ご心配なく。戦いなら多少は腕に覚えがある。それに、腕利きのハンターを二人、護衛に雇っている」

 ハイロはそう言って、後ろに立っている屈強そうな二人の男性の方を見た。一人は大きな刀を持ち、もう一人はがっしりとしたグローブを手にはめている。

「合成人間の持っている回路が、どうしても研究に必要なんだ。危険な場所なのは承知の上さ。俺は、この研究で次の研究発表大会の最優秀賞を狙うんだ。これくらいのリスクはどうってことない。……お前だってそうだろう、ゼン」

「……」

「ところで、ゼンのほうこそ、こんなところで何をしている?ここだって、あまり安全な場所だとは言えないが」

「ぼ、僕か?僕は……その」

 ゼンがばつの悪そうな顔をした。

「……か、紙飛行機を……探しに」

 ゼンがごにょごにょと答える。

「紙飛行機?何でまたそんなものを?」

 ハイロがきょとんとして聞き返す。

「そ、それは……」

「それは?」

「それは!紙飛行機っていったって、もとは僕の研究資料なんだよっ!……僕の大事な資料を街の子どもが紙飛行機にして飛ばしちゃったんだ!」

 そう言って、ゼンはふてくされた。

「……」

 ハイロはそれを聞くと、下を向いて黙り込んだ。よく見ると、肩を震わせている。

(笑ってるな……)

「笑うなっ!」

 ゼンが怒った。

 ハイロは笑いをこらえながら言った。

「くっくっく。大事な資料が紙飛行機に……それでこんなところに来ているのか。いや、悪い。コホン。それは……ぷっ、災難だったな」

 言葉とは裏腹に、笑いがこらえきれずに口角があがっている。

「~~っ!!」

 ゼンが耳を真っ赤にして怒った。

 ハイロは深呼吸をして笑いを鎮めると言った。

「ともかくだ。どっちが社会の役に立つのか、一ヵ月後の研究発表大会で決着がつく。ゼンには悪いが、研究チームを立ち上げるのは俺の方だ。お前の『目に見えないもの』の研究より、俺の研究の方がずっと社会の役に立つ」

「……っ!僕は諦めるつもりはないぞっ!こっちこそ、研究チームを立ちあげてやる!」

 それを聞いて、ハイロがクスリと笑った。

「あぁ、頑張ればいい。じゃ、もう行くよ。護衛さん、ゼンをよろしく頼むよ。ゼンは僕と違って戦闘はからっきしだからね」

 ハイロはそういって、ハンターたちと工業都市廃墟へ向かった。

(護衛?俺のことか)

 その姿を見送って、アルドはゼンに尋ねた。

「ハイロとゼンは、ライバル同士なのか」

「ああ。研究発表大会で最優秀賞に選ばれるのは一人だけだ。お互い、最優秀賞を狙っているわけだからそうなるね」

 ゼンが頷く。

「僕たちは幼馴染なんだ。昔は一緒によく遊んでいたけど、最近はあんまり。特にお互い、研究を始めてからは……まぁ、今みたいな感じだ。顔を見れば何かと突っかかってくる」

「ハイロは何の研究をしているんだ?」

「ハイロの研究は、高機能な医療系アンドロイドの開発さ。あいつ、その研究にやたら必死でさ、いつも忙しそうにしてるよ。ま、そんなハイロに言わせれば、僕の研究は『無意味で役に立たない研究』らしい。全く、好き勝手言ってくれるよ」

「ゼンは過去の文化を研究しているんだったな」

 その言葉に反応して、ゼンの目がカッと開いた。

「アルド!僕の研究に興味が!?」

 ゼンの声のボリュームがあがる。

「い、いや。興味っていうほどじゃ。一応、探し物を手伝っているから、聞いておこうかなっていうくらいで。手短に!手短にでいい。ほら、俺、専門的な話は分からないし」

「手短って…そんな簡単に説明できる内容じゃないんだけどな……」

 これだから素人は、とでも言いたげに、ゼンは肩をすくめて言った。

「わかった。じゃあ、僕の研究について説明しよう」

「あ、ああ……頼むよ」

「僕は人とのつながりが、人生を質を向上させるということを科学的に立証しようと思っているんだ。で、これは仮説なんだけど、現代の人たちより過去の人たちの方が、人間同士の結びつきをうまく生活の中で利用していたんじゃないかと考えている」

 ゼンが話し始めた。

「今は確かに色々便利なんだけど、その分、人とのつながりが減ったというか。そんな感じがしないかい?」

「まぁ。わざわざ人に頼まなくても、ロボットに頼めば何でもやってくれるもんな」

「だろ。エルジオンは研究者たちの努力で素晴らしく発展した。でも、どんなに科学が進歩しても、やっぱり人同士の結びつきは必要だ。結局、人間同士じゃないとダメな部分もあるだろうし。今、科学が発達していく一方で、人同士のつながりはどんどん薄れていっている」

 ゼンは周囲を見渡した。

 そこには、もう使われることのなくなった廃道がただ広がっていた。かつて、ここをたくさんの人が行き来していたなんて、今の状態からは想像もつかない。

「どうしたらいいのかと悩んでいたある日、ひょっとしたら、過去の文化に人同士のつながりを作るうえでのヒントがあるじゃないかと、ふとひらめいたんだ」

 ゼンはアルドの方に向き直った。

「……」

 見ると、アルドは目をつぶって、静かにゼンの話に耳を傾けていた。

 手短に、と言った割には、ずいぶん一生懸命と話を聞いてくれるもんだなと、ゼンはフッと笑った。

「それから僕は過去の文化を学び始めたんだ。すたれていった文化なんかに再び注目をしても意味はないと、笑う研究者もいるけれど」

 ゼンは再び、廃道の方へ目線を向けた。

「人同士の結びつきは目には見えない。だから研究テーマとしては難しいのは重々承知だ。けれど、僕はなんとしてでも証明してみせるよ。人との結びつきの力がどれほどのものか、それは僕が身に染みてわかっているからね」

「……」

 アルドはゆっくりと目を開けた。

「ああ。俺も今までいろんな人に助けてもらったから、人とのつながりの大切さはわかるよ。自分のことを想ってくれる人がいるっていうのは、それだけで幸せなことだしな」

「ありがとう。……さぁ、その夢の実現のためにも、まずは失った資料を探そう。一か月後に行われる研究大会のプレゼンテーションの準備をしなきゃいけないんだ」

「そういや、ハイロもそんなことを言っていたな。研究チームがどうとか」

「そう。研究発表大会で最優秀賞をとった者だけが、次年度、新たなプロジェクトとして研究チームを立ち上げられるんだ」

「じゃあ、なんとしてでも紙飛行機になった資料を見つけないとな。あっちの方はまだ探してなかったよな。行ってみよう」

 アルドたちは資料探しを再開し、手前にみえたT字路を左に進んだ。

「ん?あれは?」

 ゼンが前方に目を凝らした。向こうから誰かが走ってくる。一人、二人……。

「なあ、アルド。あの人たち、さっきハイロといたハンター達じゃ……でも、ハイロはどこだ?」

(嫌な予感がするな)

「待った!」

 ハンター達はアルドたちの横を全力で走り抜けようとした。が、アルドが手を広げて制止した。

「ちょっと待て!ハイロがいないぞ。ハイロはどうした?」

「あいつならまだ工業都市廃墟だ。くそっ!あんな合成兵士が出るなんて!」

「まさか、置いてきたのか!?」

「命あっての護衛の仕事だ!命を懸けてまで護衛するなんて約束はしてねえよ!どけっ!」

 ハンターたちはアルドの腕を振り払うと、エルジオンの方へ走って行った。

「まずいぞ。アルド!早く工業都市廃墟へ!ハイロを助けないと!」

「ああ!急ごう!」

 アルドとゼンは工業都市廃墟へ向かって駆け出した。

 

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