第25節 -星の海の聖母-

 学校が終わって帰宅したアヤメは両親への挨拶もそこそこに早々に部屋へと上がった。


【貴女の大好きなお姉様の情報が入ったメモリーカードぉ☆】


 あの少女は確かにそう言った。手に持った黒いチップをじっと見つめる。

 この小さなチップの中に親愛なるマリアお姉様に関する情報が入っているらしい。

 アヤメは逸る衝動を抑えながら昼休憩中に屋上で邂逅した “いけ好かない少女” から渡されたメモリーカードをデバイスに入れ中に記録されたデータを早速表示する。


 メモリーチップをデバイスから指定し、内部に保存されているデータを呼び出す。

 どうやらメモリーの中には1つだけ画像ファイルが収録されているようだ。ウィルスやスパイウェアの類ではないことを念入りに確認するとビューアーを使って画像ファイルを開いた。

 1つの画像を表示するにしては僅かに長めのロード時間がかかる。一瞬罠だったかもしれないと思ったが、すぐに目当ての画像ファイルは表示された。


 これでお姉様に関わる情報を見ることが出来る。


 そう心をときめかせたものも束の間。目の前に表示されたのは何の変哲もないただの星空の写真であった。

 どこの星空を映したものなのかはわからないが、明るい夜空に輝く満点の星空の画像がただそこには表示されている。

「星空?これの一体何がお姉様の情報なのよ。」

 拡大や縮小をしてみたりして画像ファイルの全体をくまなく見て見るが、これといって変わった部分があるわけではなさそうだ。


 頭を捻りながらしばらく考え込み、改めてじっくりと画像ファイルを観察してみるが謎は解けない。何を意味するのかすら掴めない画像を眺めている内に、段々と彼女の巧妙な嫌がらせの類なのではないかと思い始めた。

 しかしその時、自身の中から彼女の声が聞こえてきた。

『アイリス、その画像はもしかしてステガノグラフィーじゃない?』

「ス、ステガなぁに?」とっさに彼女が言った単語が聞き取れず思わず聞き返した。

『ステガノグラフィー。デジタルデータ隠匿技術のひとつよ。一見すると何の変哲もない画像ファイルの中や文字列の中に、特定の方法でしか抽出することの出来ない隠しデータを持たせることをそう呼ぶの。例えば画像データの特定の位置におけるピクセルごとの色合いの変化であるプログラムコードを呼び出したりするなんてことまで出来てしまう。』

「例えられてもよくわからないわ…そう言われるとそうかもしれないとも思えるけど、この星空の画像がそうだって言うの?」

『星空だからこそそう思ったのよ。わたしによく話してくれたじゃない。リナリアから見た星空はとても綺麗だったって。そして国全体が星を重要視していたとも。今日屋上で会った彼女も貴女の反応を窺う限りではリナリア公国の出身なんでしょう?なら、あの子がこの星空の画像に何らかの意味を持たせていたとしても全く不思議では無いわ。むしろ意図的にそうしている可能性の方が強いと思う。』

「ステガノグラフィーね…アヤメ、貴女どこからそんな知識をもってくるの?」

『私の趣味は読書だもの。昔読んだミステリー小説なんかでよく登場したわ。』

「ミステリー小説って、貴女本当に子供なの?読書に選ぶ本の基準がいぶし銀のようだわ。」

『貴女こそよく “いぶし銀” だなんて言葉を知っているわね。でもそれは大人の女性という誉め言葉として受け取って良いかしら?』くすくすと笑いながらアヤメは言った。

「好きにしなさい。でもありがとう。確実に一歩前進することが出来たわ。問題はその隠匿データをどうやって解読するかだけど。」

『こういうものは個人の趣味趣向に基づいて仕掛けが施されている場合が多いの。だから貴女の場合、真っ先に考えるべきことは…』

「お姉様のこと。」

『そう。きっとそうに違いない。マリアお姉様の名前に加えて、今回私達が企てている奇跡をあの子がなぞったのであれば〈聖母〉を関連させてくるはず。つまり “聖母マリア” という名前から連想する星に関わるものをひとつずつ確認していくのが早いかもしれないわ。聖母マリアに関わる星のお話は膨大な量があるように錯覚してしまうけれど、実際に調べてみるとそうでもないのよ。例えば…真っ先に思い浮かぶのは星の海の聖母〈ステラ・マリス〉。天の北極に最も近い北側の極星。こぐま座の中で一番明るい星、ポラリスをそう呼んだりもしているのだけれど、元々は聖母マリアの古来の呼び方だと言われているわ。』

「凄いわね。生き字引のよう。」

『知識は全ての源よ。どれだけ蓄えても困らないから。』笑いながらアヤメは答える。

「星の海…リナリアからもマリアお姉様の名前からも、聖母マリアからも連想できるキーワードとしては申し分ないわね。それで、ステラ・マリスというものをこの星空の画像にどう当てはめればいいのかしら。」

『ごめんなさい。そこは私にも分からない。貴女の想いとこの星空から連想したものがステラ・マリスというだけで、それが本当に隠されたデータを解読する為の鍵なのかどうかも分からないわ。』

「どうして謝るのよ。貴女が助言してくれなければこの1枚の画像から情報を得ることを早々に諦めていた所だったのよ?きっと貴女の推測は正しいと思う。もう少し2人で考えてみましょう。」

『うん、そうね。』


 アヤメから聞いた言葉を元にアイリスはスマートデバイスでステラ・マリスに関する情報を調べた。

 こぐま座、ポラリス、北極星、天の北極…そして星の海、又は海のしずく。

 彼女の言う通り聖母マリアに関わりを持つ星の逸話はそう多くない。

 しかしキーワードが少ない分、そのどれもが何か関連があるのではないかという先入観がどうしても働いてしまう。

 的を絞り込むのが簡単なように見えて、現実にはうまく対象を絞ることも出来ない。思考錯誤を繰り返してみるが目の前の星空の画像と例の単語の関連性を見出すこともなかなかに難しいのだ。

『あとは乙女座が聖母マリアを表すなんて話もあるけど。』

「それはあまり関連が無いように思う。その話をする人は多いみたいだけど聖母マリアに繋がるという決定的な根拠となる情報が少し薄いような気がするから。まるで誰かが言い始めた噂が広まって真実になってしまったかのような印象を感じたわ。」

『なら改めてステラ・マリスに的を絞って見た方が良いわね。』

「それが良いと思う。」

 再び考えられる単語を検索ワードとしてネットの海を調べてみる。しかし、星の逸話の話が数少ないように、情報自体も思ったより出て来ない。

 出てくるのは怪しげな占いのサイトやキリスト教に関する個人主観のまとめなどのサイトばかりだ。

「一筋縄とはいかないわね。関連付けられることは間違いないと思うんだけど。」

『私もそう思う。ところでアイリス、メモリーチップの中のデータは本当にこの画像だけなの?』

「え?」アヤメの唐突な質問にアイリスは一瞬戸惑った。

『さっき画像データを開く時にほんの僅かにだけどタイムラグがあったでしょう?ただの1枚の画像を表示するにしてはやけに時間がかかったじゃない?もし私達が見落としているとすればきっとそこじゃないかしら。』

「もう一度確認してみるわ。」

 アイリスはそう言うと一旦画像ファイルを閉じてメモリーカード内に隠しファイルやフォルダーが無いかをチェックした。

「特にそれらしいものは無さそうね。本当にこの画像しかないみたい。」

『ならその画像データ自体に別の秘密があるのかもしれない。例えば “データの開き方” とか。』

「どういうこと?」いまいち意味が理解できないアイリスは首を傾げる。

『分かりやすく言うと同じデータに二つの名前が付いている場合があって、そのどちらの名前でデータを開いても同じデータにアクセスすることが出来たりするの。ハードリンクっていうのよ。普通はどちらの名前を使ってデータを呼び出しても同じものが表示されるんだけどね。ただ、このデータに限ってはもしかすると普通に開くだけでは見えない何かがあるのかもしれない。画像ファイルのように見えて本当は何らかのプログラムなのかも。特定の名前を用いて呼び出す方法を…ちょっと私の言う通りに操作してみてくれる?』

 アヤメの言っている意味はよく分からないが、アイリスは彼女の言う通りにデバイスを操作する。

 普段は決して触ることも無いが、デバイスに対する指示をコマンドを用いて直接入力する方法をアヤメは試しているらしい。

 現代で言うところのアイコンなどのグラフィカル・ユーザー・インターフェースに頼らない原始的なプログラムの走らせ方の一種だ。

 黒い画面にアイリスにとってはさっぱり意味の分からないアルファベットと数字の羅列が並ぶ。目の前に表示されている異次元の言葉の意味を理解することは諦めて、とにかく彼女の言う通りにデバイスを操作した。


 そして指示された通りにコマンドの入力を終えて確定をした瞬間…


 データの読み込みを知らせるマークが一瞬表示された後にパスワードを要求するダイアログボックスが表示された。

『ジャックポット!』アヤメが歓喜の声を上げる。

「凄い。ねぇ?もう一度聞くけど貴女本当に子供なの?実はFBIやCIAに雇われた捜査官だったりしない?もしくは天才科学者の生まれ変わりとか。」

『少し勉強すればすぐ出来るようになるわよ。』

「それ、勉強が出来る人が出来ない人に向けてよく言ってる “全く参考にならないアドバイス” の典型じゃない?持つ者には持たざる者のなんとやら。」互いの言葉に2人は笑い合う。

『まぁまぁ、そう言わずに。あとはパスワードの入力だけど、もちろん答えはもう分かっているわよね?』

「< stellamaris >ね?」

『それ以外に思い浮かばない。こういうものは数回間違えたらロックされたりするのが常だけど、今回に関してはその心配もないはずだから早速入力してみましょう。この場面で違うパスワードを設定していたら私があの子に文句を言いに行くわ。』

 確信を持った2人は一文字ずつ慎重に入力をしていく。

 そして最後のスペルを入力したアイリスが確定をすると、先程と同じ画像がモニター上に表示された。

 表示された画像こそ先程と同じものだが、しかし今回は少し様子が違う。

 画像の上に【Ave Maris Stella(アヴェ・マリス・ステラ)】と表示され、星々の光が一部を残して少しずつ消え去っていく。

『《めでたし、海の星》。やっぱり正解だったみたいね。』アヤメが言う。

 画像に表示された大半の星の光が消え去った後に残ったのは暗号のような点々であった。

「この点々模様は一体。これが答え?どういう意味かしら。」表示されたものの意味が理解できないアイリスは再び首を傾げる。するとアヤメがすぐにフォローした。

『これは “点字” よ。視覚に障害を持った人々が使う専用の文字。本来はこの点々と同じ形をしたでっぱりを指先の感覚で読み取るものだけど。』

「なんて書いてあるか読み取ることは出来る?」

『任せて。えっと、h t t p s : / / … インターネットのURL?』

 アヤメが読み取っていく文字列をアイリスはメモしていく。

 そして最後まで読み取り終わったURLをデバイスのブラウザに入力してアクセスしてみる。

 アイリスがURLの入力を確定すると、とあるページが表示される。

 そこに表れたサイトは紛うこと無き “世界的に有名な国際機関” のものだった。

「国際連盟?」

 水色の連盟旗が揺らめく映像が繰り返し流れるトップページの左端に世界各国の言語を選択するボックスが並んでいる。

『でも本来の国際連盟のサイトではないわね。言語選択の一番下を見て。イベロ・ロマンス語に似ているけど私には読めない。でもアイリス、貴女この文字が読めるんじゃないの?』

 アヤメに言われてアイリスはその場所に視線を向けた。

 アラビア語、中国語、英語、フランス語、ロシア語、スペイン語の下に通常は存在しない言語選択のボックスが表示されている。

 そのボックス内の文字を見てアイリスはただ一言呟いた。


「リナリア…」


『間違いないわ。そこを表示して見て。』

 核心に近付いていく状況に心の準備が追い付いていないアイリスは少し指先を震わせながら一番下の言語選択ボックスをタップする。

 すると先程の言語で一つの単語を意味するである文字列表示され、国連旗を映していた背景が緑色に変化した後リンク先のページへと遷移した。

「 “ようこそ” だって。」アイリスは言う。

 しかし次の瞬間、そこに表示されたものを見てアイリスは思わず口を手で覆った。

 そのページにはアイリスが “お姉様” と呼び心から慕う人物【マリア・オルティス・クリスティー】と、彼女に付き添うもう一人の人物が写った写真と共にメッセージのような文章が表示されていた。

「私宛の文章だわ。あの子が書いたものね。」

 アイリスは静かにメッセージに目を通す。そこには2031年にハンガリーの地で起きた出来事が簡単に記されており、他にもマリアの現在の所在を示す情報が書き連ねてあった。

 無言で文章を噛み締めるようにアイリスが読み解いていく光景をアヤメは深層意識の中から黙って見守る。


『目当ての情報は手に入った?』しばらく経ってからアイリスに声を掛ける。

「えぇ、ありがとうアヤメ。貴女がいてくれなかったら私にはとても解読できなかった。」

『貴女の役に立てて私も嬉しいわ。』

「やっぱりお姉様はこの世界に生きている。今はスイスのジュネーヴにいらっしゃるのね。」

『国際連盟の本部が置かれている都市に?じゃぁ、あの日この国に来たのは…』

「きっとお姉様本人よ。私がお姉様の姿を見間違えるはずがないもの。そしてもうひとつ…今この国に訪れている人物の中にお姉様が懇意にしている人がいる。 “彼” の名は…」

 アイリスはそう言うと椅子から立ち上がり、ゆっくりと窓辺へと歩み寄った。

 雨上がりの空に浮かんでいた太陽は西の彼方に沈みゆき、もう間もなく空は暗黒の帳に覆われようとしている。


 ついに手に入れた最愛の人の情報。

 あの日果たすことが出来なかった自らの役目。

 千年抱き続けた “後悔” を清算する為に、今度こそ会いに行かなければ。

 夕暮れに赤く染まる空と海を眺めながらアイリスは自らの想いを改めて心に誓った。


                 * * *


 教会近くにある宿舎の個室で、ロザリアとアシスタシアは市内のケーキ屋で仕入れたスイーツをテーブルに並べて紅茶を楽しんでいた。

 この数日における2人のスイーツ巡りは留まる気配がない。

 小さくて可愛らしいチョコレートケーキやフルーツケーキ、林檎のタルトなど彼女達のお気に入りが所狭しと机に並べられている。

「ロザリア様、まだお召し上がりになるのですか?」

「そういう貴女だって先程からケーキを頂く手は止めていませんわよね?」

 今日という一日を通して2人はほとんどスイーツ巡りしかしていない。実のところプラネタリウム付近のカフェを訪れる前にも、近くの露店で購入したクレープを食べたりしていたのだ。

「考え事が多いと糖分がたくさん必要になりますものね?しっかりと補給しておかないと。」にこにこと笑みを浮かべながらロザリアが次のケーキに手を伸ばす。

 アシスタシアも手前にあったティラミスへと手を伸ばし自分の食器へと運ぶ。そして紅茶のお代わりをロザリアのカップへと注いだ後に自らのカップへも注いだ。

「ありがとう。ところで、貴女はあの子を実際に見てどう思いまして?」

 注がれた紅茶に砂糖とミルクを入れながらロザリアはアシスタシアへと問う。彼女の言う “あの子” とは桃色ツインテールが特徴的な例の少女のことである。

「道行く鶏と威嚇し合っていた姿しか印象に残っていませんが、とても賑やかな方だと。」アシスタシアは至極冷静に答える。決して間違ってはいない感想にロザリアは笑った。

「うふふ。そうね。とても賑やかな子。昔から “周囲が賑やか過ぎてどうにかなってしまっている” 憐れな子ですもの。」

「昔から…ですか?」意味深に言うロザリアにアシスタシアは聞き返した。

「ごめんなさい。今のは聞かなかったことにしてくださいまし。素敵なスイーツを頂いている時にお話することでもありませんわ。このお話はまた今度するとして、あの賑やかな子の足取りは掴めそう?」

「それが全く。突然現れて突然消える…まさに神出鬼没という言葉がぴったりですね。」

「やはり後を追うのは難しそうですわね。彼女を追うより彼女が追いそうな人物を追いかける方が出会える機会は多いと見ましたわ。」

「ずっと気になっているのですが、ロザリア様は彼女と話して一体何をなさるおつもりですか?」

「ただ対話するだけですわよ?一昨日の事件について…ゆるりと。ねぇ?」

 本当にそうだろうか。彼女の目を見てアシスタシアは思う。

 ロザリアが本当に聞きたいのは事件そのものではなく、何か別のことでは無いのか。

「十分お気を付け下さい。先程の問いの本当の答えになりますが、この目で彼女を見て思ったことはただ一つ。あれは自我を持つ怨念の塊です。周囲を包み込むのは悪意の絶叫。又は絶える事の無い鬼哭。Malis Stella(マリス・ステラ)とでも言いましょうか。」

「怨念の星とは、とんだ皮肉ですわね。」ミルクティーのカップを傾けながら余裕の表情を浮かべたロザリアが言う。

「偉大なる星の海の聖母のように人々を導くことはしないでしょう。彼女はただ自らの欲望と自らの気の赴くままに悪意を振りまく存在。人を惹きつけるに十分たる星のように輝く容姿を持ちながら、自らに触れたものは誰一人として生かして帰さない。そのような存在かと。」

「言い得て妙、ですわね。生まれついての境遇というものがそうさせるのかもしれませんけれど。そう思うのならば貴女もお気を付けなさい。」

「はい。」ロザリアの言葉にアシスタシアは短く頷いた。

「 “心を入れ替え子供のようにならなければ、天の国に立ち入ることは決してできない。自らを低くし、子供のようになる人が彼の国で一番偉いのである。” (マタイによる福音書18章3-4) …では、心を入れ替えずして千年もの長きに渡って子供のままであり続ける彼女は、この世でどういった存在となるのでしょうね。」誰に問うわけでもなくロザリアが言った。

 窓から鮮やかな赤い夕陽の光が差し込み室内を照らす。穏やかに過ぎ行く時の中に満ちる沈黙は、これから訪れるであろう嵐を2人に予感させた。


                 * * *


「よっ!戻ったな二人とも!良い休日を楽しめたか?」

 支部へ戻った玲那斗とイベリスを出迎えたのはルーカスであった。

「えぇ、とっても!これを見て!市内に新しくできたプラネタリウムを見たの。凄く綺麗だったわ!」受付でもらったであろうパンフレットを見せつつ、興奮気味に語り掛けるイベリスの様子を見たルーカスは玲那斗へ視線を向けてウィンクをする。


 大丈夫だったみたいだな。


 そういう意味合いだと玲那斗は認識した。

「へぇ、それは良いな。そういや市内でかなり雨が降っただろう?あの時は平気だったのか?」

「あぁ、全速力で走ることになったけど平気だったよ。」

「ん?まさかイベリスも走ったのか?」玲那斗の答えにルーカスが笑いながら言う。

「そうよ。玲那斗ったら私の腕を掴んで駆け出すものだから一緒になって走ったわ。良い運動になったのだけれど。」

「おぅおぅご馳走さん。何にしても2人がしっかりと休日を楽しめたなら良かった。でもまだ休日は残ってる。もう少し2人でゆっくりしなよ。」

 ルーカスはそう言うと後ろ手を振りながら今日の持ち場である分析室に向かって歩いて行った。

 心配してくれつつも水を差さないように気を使ってくれる彼なりの優しさだと玲那斗は感じ取った。

「ルーカスの言う通りだな。まだ休みは残ってる。少し部屋で映画でも見ようか。」

「賛成。この前みんなで見た映画の続編が見たいわ。」

「サメが竜巻で飛んでくる映画か?それに合わせたルーカスの “映画における事象を科学的見地から見た場合のぼやき解説” が最高だったな。あれは傑作だ。後でデータベースを探してみるよ。それととりあえず、映画のお供を仕入れよう。飲み物とお菓子は欠かせないからね。」

 他愛のない会話をしながら2人はこれから観賞する映画のお供を仕入れるために食堂へ繋がる廊下を歩いて行く。

 イベリスが今朝まで心に沈めていた憂鬱はもはやそこには見受けられない。

 玲那斗の隣には、いつものように光り輝く天使のような彼女の姿が戻っていた。


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