第4話  贈りもの


「二人とも、元気にしている?


風邪とか引いてない? ちゃんとご飯食べてる?


あ、お母さんは相変わらず元気だよ!

病院の人とも仲良くしています。

今日はいい天気だね」


病院の一室、晴れた日差しの中に母が映る。

ビデオレターだ。

相変わらずハイテンションの元気な母が、そこに映し出された。


お母さん……。


その元気さが、まるでまだこの世に母がいるみたいで、亡くなった事が嘘のようだった。



テレビの中の母は一瞬だけ言葉を詰まらせたように、悲しそうな顔を浮かべて、また元気よく話し出した。



「どう? 高校は楽しんでる?

今どんな風になってるのか、お母さんすごく気になるな。

来なくていいって言ったけど、まさか全然来てくれなくなっちゃうんだもん。

ちょっと寂しかったかも。 

まぁ、あなたが楽しそうに日常を送ってくれているなら、それだけで私は幸せだわ。その為に、アナタには来ないよう伝えたんだもの。


お父さん、会社はどう?

辛くて大変な事があったら、今度は前みたいに抱えちゃダメ。

ちゃんと自分の娘に相談する事。 いいわね。


もう、私たちの娘は立派な大人なんだから。信用しない方が失礼なんだからね。

じゃないとまた、あなた、一人でいっぱいいっぱいになっちゃうから。


もうあんな風に、また家族がバラバラになっちゃうのは私は嫌だな。

だから、アナタも、こんな大変なお父さんなんだけど、支えてあげてほしいの。

お願いします。



さて、遅くなっちゃったけど、このビデオを撮っているのは、あなた達に伝えないといけない事があるからです。

なので、それを伝えます。


まず、このビデオを見てくれてるって事はきっと、私はこの世界にはいないです。

居なくなっちゃってるよね。

三人での約束、守れなくてごめんなさい。


お母さん頑張ったんだよ。

結構大変だったんだからね~、こう見えて。

でも、負けちゃった。 てへっ。


母はお道化て見せていた。


貴方が中学生の頃。 いっぱい迷惑かけたわよね。

あの時も、お母さん寝たきりになっちゃって。

本当にどうしようかと思ったの。

病院に行った時に、すぐに入院してくださいって、言われちゃうんだもん。

そんなことできません。ってすぐに断っちゃったわ。


だって、入院したら娘のごはんや支度ができなくなっちゃうじゃない。

何考えてるのこのお医者さん、って思ったわ。

でも、結局あなたに全部家事をさせる事になっちゃってて、本末転倒じゃないって自分を叱ったわ。


今となっては笑い話みたいになっちゃうけど。 でもね、それでも病院へ入る訳にはいかなかった。

貴方の進学にいるお金にまで手を出して、治してもらうつもりなんてなかったから。

だって、あなた本当に頑張っているのを知っているから。


だけど、貯金ももう限界になっちゃって。

お父さんに相談して助けてもらう事にしたの。

やっぱり私一人では何もできなかった。

あの時は本当にありがとう。あなた。


お父さんのおかげで私の体調は回復できた。


でもその後、私の前から二人して去って行っちゃうんだもん。

あれは流石に苦しかったわ。 どうしようもないくらい心が痛んだ。

病に倒れて、苦しみに堪えた日々よりも、苦しかったわ。

それこそ死にそうだったもの。

だってやっと、家族の元へ戻れたのに、あなた達は去って行ってしまうんだもの」




お母さんの本当の気持ち。

それが流された時、私は胸を痛めた。

私がどれだけ勘違いをして、母に酷い思いを向けていたのか。

なのに母は、一度たりとも自分の事は考えず、私の事ばかりを考えていてくれていたんだと知った。 一番苦しんでいたのはお母さんなのに。


中学生の頃の私が憎かった。



「でね、二度目に倒れて病院に運ばれた時、私はもう助かりません。 って言われちゃったの。

びっくりだよね。 二人にはもう迷惑はかけない様にと頑張ってたんだけどね。

また迷惑をかける事になっちゃって。

悩んで悩んで、考えて、お父さんにだけは、この事を先に話すことにしたの。

ごめんね。


だからこれは、あなたには初めて聞かせることになると思う。

でも、勘違いしないでほしい。

あなたを信じていなかったからじゃない。

悲しんでほしくなかったから。

あなたの大事な青春の時間を無駄にしてほしくなかったの。

だから、お父さんと相談して決めたの。


ねぇ。 お父さん。」



父は涙を流しながら、静かにこくこくと頷いていた。


「でもね、それからよ。 私も驚いたわ。

二人が一緒に来てくれたり、アナタなんか、学校帰りにいつも来てくれていたじゃない。

最初は私の事、あの子に話したでしょ。

って散々お父さん攻めちゃって。

ごめんねお父さん。 あなたはちゃんと約束を守ってくれていたわね。


だから、私もアナタに心配かけない様にって、最大限のフルパワーであなた達と接することに決めたわ。

だって、残りの人生、あなた達と楽しい思い出でいっぱいにしたいじゃない。


なのにお父さんったら酷いんだよ。 聞いて。 

私の元気が大げさすぎて、逆に怪しまれるって言うのよ。 そんなことないわよね。



でも、それから時が進むにつれ、私の体もだんだんと力を失っていったの。

お父さんには、そんな姿を見せる事になっちゃって、また助けてもらっちゃった。


もうじき、みんなとも会えなくなると実感させられたわ。


だから、もう私にはいっぱい、い~っぱい、あなた達から楽しい時間をもらったから、あなた達の時間を今度は大切にしてほしいと思った。

もう、いなくなる私に、あなた達の大切な時間を割いて欲しくなかった」



だからあの時、私に友達と遊べ。 来なくていいなんて言ったんだ。

それに、お母さんの元気な振る舞いが、私たちを悲しませない様にするためだったなんて、

酷いのはお母さんの方だよと私は思った。

一番しんどいのは自分なのに、私たちの為に元気でいるなんて、どれだけ辛い事か。しんどいと言う事を、本当の気持ちすら言えないで、一人で戦っていたんだ。

そんなことを考えると胸が痛くなる。



「あなた達が自分の時間を大切にしてくれて安心した。 もし、まだ病院に通い詰めたらどうしようって思っちゃって。

いっぱい考えたの。 貴方たちがこれ以上心配しない様にするにはどうしたらいいか。

それは元気じゃん! って思ってもらう事が一番いいのかなって。


私はもう長くないから。




はい、じゃあ。

ここからは愚痴ね。


私が、今本当に思ってて。 貴方たちにはやっぱり、知ってもらいたい気持ち。

だから言う事にしました。

だけど約束して。

この話しは、聞いたらすぐ忘れる事。 これは今のあなた達には全く残す必要のない事だから。

ただの私のわがままでしかないから。

でも、私という人間をやっぱり知っていて欲しい。 せめて、この世界から忘れられてたとしてもあなた達だけには。

だから、聞いてください。

じゃあ、行きます。


もっと、あなた達と一緒に居たかった。

どうして私だけ先に行かなければならないの?

卒業式私も出たかった。 これから先どれだけ私の大切なアナタは、綺麗になっていくんだろう。

アナタの結婚相手、生まれてくる子供、アナタの成長する姿を見て居たかった。

お父さんを支えてあげたい。

こんなに迷惑をかけ続けた私を、それでも救いに来てくれる人はあなただけだった。

お父さんには、返しきれない恩があるのに、返しきれないまま行くのがつらいよ。


三人で暮らすと言う話。 叶えばいいなと思っていた。

きっと私はこのまま行っちゃうから無理かもしれないけど、三人で暮らそうって約束してもらえた時すごく嬉しかった。

もしかしたら治って、もう一度一緒に居られるかもってそう思ってた。


貴方たちと一緒に居れないのがとても寂しい。


私はあなた達の事が心の底から大好きです。


…………………………」



TVに映るお母さんは泣いていた。

お母さんが叫んだ本当の気持ち。 

辛くて、今まで言いたくて、ずっと我慢していた、母の気持ち。

こんなの見せられて、泣かない家族はいないよ。


――――――――――――――――――――。

映像にはしばらく、言葉を発せない母がいた。


「あははは、

言っちゃった。 これで全部私が秘めてたことも、今まで話さなかったことも全部ここに出しました。



これからは二人とも幸せでいてね。


幸せじゃなかったら許さないんだから」



ここ一番のお茶らけた笑顔を母は見せていた。





「それじゃぁ、またね」




お母さん、お母さん、お母さん!


おまえ、おまえ、おまえ!


わたしもお父さんも、ただお母さんの名前を連呼した。


この映像が終わってほしくなかった。

終わったらもう一生会えない気がしたから。

二度と終わらないまま、流れ続ける事を願っていた。


お願い。

お願いだから、切れないで。








「あっ、それから、」



良かったまだ終わってない!




「私からのあなたたちへの最後の贈り物です」


お、贈り物?


「はい、すぐメモる!

はやくはやく、 ビデオが切れちゃうよぉ~

大丈夫? メモの準備はいい? 」



私たちは大慌てでメモを探して、座った。

もう涙でいっぱいでそれどころでもないのに。視界が霞んで前も見えない。



「うん、大丈夫かな~。

じゃあいくよ。


〇〇区○○○○町○○番地○○

メモってくれたかな? 」


メモはした。

でも、ここって、病院?




「ここに私たちの大切な家族がいます。


そう、気づきましたか?

お父さんと私たちの大切な二番目の子供、四人目の家族です。

アナタの妹になる子よ。

いい、アナタお姉ちゃんになるんだからね」



「大切に守ってあげてね。


これが、私からの、あなた達への最後の贈り物です。


これで本当に、本当に、私からは全部です。


あ、そうだ成長したら、ぜった三人で私のお墓参りにはきてよね。

あ、でもその時は違うお母さんがいて、4人以上になってるかも。





じゃあね、ばーいばーい」



ここで映像は止まった。


私たちは顔を見合わせた。


私たちに、また一人、家族ができたなんて。

お母さんは最後に、新たな生命を私たちに送って、去っていった。


こんなに素敵な贈り物。

送るだけ送って、自分だけ先に逝っちゃうなんて。

私たちのお母さんは、お母さんしかいないんだよ?


最後の最後にこんな報告なんて、せっかくお母さんで浸っていた時間が、一気に失われるじゃない。

私、もっと浸っていたいのに。



謝らなければいけない事をしていたのは、私。

お母さんは何も悪い事はしていない。

お母さん。 ほんとうにごめんなさい。

お母さんの気持ちをわかってなくて、お母さんに辛い思いばかりさせていたのは私たちの方だった。

今更わかったところで遅い。

もう謝ることも、この気持ちを伝える事も出来ない。

なのに、お母さんはテレビの中でも、最後まで私たちが悲しまない様にって、してくれていたんでしょ。


私には解るよ。


だから、最後の、最後に、全部出し尽くしてから、私たちの妹の事を言ったんでしょ?



お父さんも妹が生まれていたことは知らなかったみたいだ。

目を大きく見開いて、驚いていた。



ありがとうお母さん。 お母さんがいてくれたから私たちはここまで成長してこれました。

ゆっくり休んでね。


お母さんの事はこの世界の何よりも、一番大好き。

妹は必ず守るから安心してね。


本当に素敵な贈り物をありがとう。



最愛のお母さんから受け継ぐ、命の贈り物を受け取りに、


私とお父さんは、メモした病院へと向かった。

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私からあなたへ 【5分で読めるシリーズ】 AIR @RILRIL

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