元冒険者のバラシ屋さん

アイボリー

元冒険者のバラシ屋さん

「ですから、あなたたちにお願いできるものはありませんよ」


 ギルド正面入り口の喧騒がかすかに聞こえる。薄暗い裏口は物品の搬出入を行う場所のためか殺風景で、この時間帯は人気もほとんどなかった。

 そんな静まりかえった裏口に冷たい声が響く。


「そこを何とかお願いします。本当に何でもやりますから」


 大男が背中を丸めて必死に頭を下げていた。頭を下げられているのはギルド職員で、大男を呆れたように見下ろしていた。


「何でもって言うのなら、冒険者を続けられてれば良かったじゃないですか」


 そっちの方が稼げたでしょう? とわざとらしく首を傾げる。

 大男クリスは苦い笑いを浮かべた。


「仰るとおりです。ですが我々も命が惜しいもので……。ですから今までと違った形でギルドやみなさんのお力になろうと考えたのです」

「それでバラシ屋ねぇ」


 小馬鹿にしたようにギルド職員は鼻を鳴らす。

 冒険者とバラシ屋は関わりが深いが、全く違う職業だ。

 冒険者は体を張って魔物や獣と戦ったり、素材を採集したり。彼らが得たものをギルドが買い取って収入を得る。

 対してバラシ屋は冒険者が命がけで得たものをギルドから卸されて処理をする。獣の素材なら革を剥ぎ、骨を外して肉を取る。植物なら洗って、不要部分を切り捨て、大きさごとに選別して、枚数も揃える。そういった地味だが不可欠な仕事だ。

 ギルドにとって冒険者は正面から客として出迎え、お茶を出す相手だが、バラシ屋は下請け。こうして薄暗い裏口で立ち話をする相手だ。

 ましてやクリスたちは国内では広く名を知られた、稼ぐ冒険者パーティだった。だからこそギルドにとってその引退は痛手。パーティごとバラシ屋への転職は面白くないだろう。


「そうだ、ドラゴンだって構いません。私どもはドラゴンが得意ですから」


 冒険者時代、クリスたちは幾度かドラゴンを狩り、ギルドに治めた。ドラゴンを狩る事は冒険者にとって名誉である。Sランクパーティに任命される条件の一つでもあった。

 しかしバラシ屋にとってドラゴンは名誉でも何でも無い。

 自分たちの何倍もの大きさのドラゴンから一枚一枚丁寧に鱗を剥ぎ、爪は根元から綺麗に抜かねばならない。血だって一滴だって無駄にできないし、骨に傷を残してはならない。どの素材よりも丁寧な作業が求められるのに、ドラゴン自体頑丈なためにバラシ道具があっという間に駄目になってしまう。

 そのためドラゴン一体をバラすのにバラシ屋は経費も体力もごっそりと持って行かれてしまうのだ。

 バラシ屋にとってドラゴンは美味しくない仕事だというのは、バラシ屋になって知った。


「ドラゴンなんて滅多に出ませんよ。狩ってくるどこかのパーティも引退してしまいましたしね」


 ギルド職員は呆れたようにクリスを睨みつける。

 それでもギルドはかつて稼がせてもらったパーティへの温情はあったようだ。


「何でもっておっしゃるなら、お願いしたいものがあります。やってみますか?」

「ぜひ、喜んで!」




    ○  ●  ○




 作業場の半分を占める黒水晶にナージュは目を丸くした。細身である彼女が前に立つと、その大きさがより際だつ。


「何、これ」

「分からない」


 ナージュの思わず零れた言葉に、クリスは胸を張る。

 ギルドの裏口で彼が必死に頭を下げて引き取ってきた素材は、大男であるクリスが五人集まったような大きさの不格好な楕円形の黒水晶だ。黒水晶は不純物が多いのか表面は滑らかで照り返すものの、中は全く見えない。

 冒険者として長年活躍してきたクリスたちも黒水晶は幾度となく目にしてきた。しかし目の前のそれは明らかに規格外の大きさで、彼らの知る黒水晶とは全く異なるものであると分かった。

 この大きな黒水晶はギルドに持ち込まれたものの、ギルドでも何か分からないためずっと倉庫の片隅で埃を被っていたという。ギルドは各種研究機関とも繋がりが太く、おそらく各所で調査されても不明という結果だったのだろう。


「ディオン、ルイ、どう思う?」


 クリスはナージュの後ろで黒水晶を見ている二人の仲間に声を掛けた。

 ディオンは魔術師で、魔法はもちろん魔物にも詳しい。対してルイは狩人で獣に詳しかった。冒険先で出会すのはたいてい魔物か獣なので二人の知識に幾度となく仲間は救われてきた。

 だがその二人でも黒水晶を前にして首をひねる。


「これは獣ではなさそうだ」


 とルイ。


「獣ではないのは間違いないな。魔力を感じる」


 ルイに同意するディオン。しかしその表情は渋い。


「魔物か何かか?」

「そこまではまだ……。これぐらいの大きさの魔物は珍しくないが、こんな水晶になるなんて話は聞いたことがない」

「そうか。割ってみようか。中に何かあるかもしれないし、それで何か分かるかも知れない」


 クリスは手の甲で黒水晶を叩く。思ったより鈍い音が返ってきた。

 クリスの言葉を聞いて、ナージュが作業場の棚にあるノミと槌を持ってきた。だがパーティの中で一番力のあるクリスがノミで砕こうとしても、黒水晶はビクともしなかった。逆に鉄製のノミが割れてしまったのだ。


「硬いな。鉄が負けるのか」

「他のを持ってくる」

「いや、いい。これが今ある中で一番いいノミだろう?」


 棚へ向かおうとしていたナージュをクリスが引き留める。

 六人がバラシ屋を始めるとき、冒険者時代に稼いだ金でできる限りの投資をした。バラシに使う道具も最上のものを選んだのだ。これが駄目なら普通に手に入るものでは太刀打ちできないというわけだ。


「どうする?」

「買えるものが駄目なら、作ってもらうしかないだろう。ミスリル……いやオリハルコンで道具を作ってもらおう」

「オリハルコンで!?」


 元冒険者の彼らは、冒険者時代に得た素材をまだ持っている。いつか何かに使えるかも知れないと保管しているのだ。しかしパーティで得たものはパーティ全員の合意が必要だ。

 オリハルコンで道具を作るかどうかは、六人が揃ってから話し合うこととなった。


「イルミターリュの峠だと?」

「ああ、どうもそうらしい」


 黒水晶の実物を目にした後、街へ出ていたミュラーが早速知り得た事を話し始めた。

 彼は身軽さを活かした軽業師だった。クリスのように筋力は無いが、ナイフを片手に相手を翻弄し、手数で補った。さらに目が優れていて、仕掛けられた罠に誰よりも早く気付き、素材の真贋を正確に見定めた。

 今彼はその目利きと人当たりの良さから、バラシ屋の営業を担っていた。


「あのデカ物はそこで得たものだってさ。当時それを引き受けた職員から直接聞いたから間違いない」

「だとすると、お宝かもしれないわね」


 アリアが目を細める。

 彼女は治癒術師でありつつ、解呪など補助魔法にも長けていた。まさにパーティの生命線を担った人物である。

 ミュラーが言った峠は、この街の北西にあった。出てくる獣や魔物が手強く、ランクがA以上の者しか立ち入りをおすすめされていない。パーティランクSであったクリスたちは何度も足を運んだ場所である。

 あの峠は魔界にも通じているといわれ、他の場所より魔物が強かったのを覚えている。


「ますます道具を作るべきじゃないか? どうだ、ナージュ」

「作ってもさ、あの水晶だけで終わっちゃうんじゃない? オリハルコンだって安くないんだよ? 下手したらオリハルコンを売った方がマシだったなんて事もあるじゃない」

「その可能性もあるな。だがあれの正体を突き止めればギルドから信頼を得られるかもしれない」

「でもさ、ただの大きな黒水晶って可能性もあるでしょう? ギルドがちゃんと調べなかったってこともあるだろうし。ギルドの調査証明書を見たわけでもないんでしょう?」


 黒水晶は魔界と近い場所で見つかりやすい。そして大きさはともかく魔力を有していて、あそこまで大きなものは滅多にないが、あり得ないことはない。そして黒水晶は高い素材ではない。あの大きさだとやはり誰も買い取ってはくれないので、砕く必要があるだろう。

 そうなれば本当にオリハルコンでバラシ道具を作ったことが赤字になるのだ。

 そのときミュラーが何かを思い出したように手を打った。


「そうだ、あれを持ち込んだのガイゼル・エンディだったって!」

「嘘でしょ!?」

「マジかよ」

「あら!」


 その名が出た途端、誰もが驚いた。一昔前に彼らと同じく冒険者として名前を広く知られた男だった。彼のランクはクリスたちの上を行くSS。国中どころか世界中に名前を知られる人物だった。ただ彼は誰ともパーティを組まず、常に一人で活動し、ドラゴンどころか魔王すらも討ったというとんでもない男だった。

 ただ彼はもういない。

 魔王を討ったときに受けた呪いで、数年前にこの世を去っていたからだ。


「ガイゼルか、直接話を聞けたら良かったな」


 ガイゼルに憧れ、直接会いに行ったことのあるクリスはぽつりと零した。

 そしてガイゼルが持ち込んだものだからこそ、ギルドは正体不明ながらも引き取ったのだろう。


「ガイゼルが関わっているとなれば、ますますバラシ甲斐があるな。ぜひ道具を作ろう」

「私も賛成!」


 渋っていたナージュも手を挙げた。

 こうして誰もが賛同したため、オリハルコンを用いてバラシ道具を作ることとなった。


「あれ、バラせたらいくらになると思う?」


 冒険者から持ち込まれたカエンオオカミの毛皮を剥ぎつつ、ナージュは同じように作業をするクリスに尋ねた。

 バラシ屋は何もギルドだけを相手にしているわけでは無い。冒険者が装備を作りたい等の理由で個別にバラシ屋に持ち込むことがあった。

 ギルドから仕事を回してもらっていないクリスたちの目下の仕事は冒険者からも単発の持ち込みだけであった。


 早速オリハルコンでバラシ道具を作ろうと鍛冶屋に持ち込んだものの、当然すぐには出来上がらない。さらに剣や鎧とは違うバラシ道具となると特注となるため、冒険者時代からの馴染みの鍛冶屋とはいえ高値をふっかけられた。

 あの正体不明の素材はギルドで不良在庫となっていたが、クリスはそれなりの額で引き受けていた。ただバラすためだけに少なくない額が動いているのだ。少しでも回収できなければさすがに痛い。


「ああいうのは金じゃない。ギルドから認めてもらうためにやるんだ」

「そりゃあ、分かっているけどさ」


 クリスはガイゼルが関わっていると分かった途端に利益を考えないようになっていた。むしろガイゼルが採ってきたものを自分がバラせることを誇りに思ってすらいるだろう。

 しかしナージュは違った。

 彼女は現実的で、信頼とかよりも利益重視だった。信頼も長い目で見れば不可欠と分かっていたが、荷物を押しつけられたとも考えていた。むしろ引き取っただけでも十分だとすら感じられる。


「正直今月だって利益出るか分かんないじゃん」


 冒険者からの依頼は確かにある。しかし冒険者にはそれぞれ馴染みのバラシ屋がいたわけで、その上で昔世話になったからとバラシを依頼されている、というのが現状だ。

 仲間の中で人当たりが良くて口のうまいミュラーが営業に出ているものの、未だに固定客がいない。

 始めたばかりのクリスたちでは、バラシ屋としての腕も未熟だった。

 クリスに正体不明の素材を押しつけたギルド職員の言う通り、冒険者を続けていた方がまだ良かったかもしれない。


「ちょっとやそっとの赤字で文句を言うんじゃない。死なないだけでもマシだろう?」


 クリスたちがパーティごと転職したのはそれだった。

 六人のパーティで五年やってきた。その間に数え切れないほど命の危機があり、それを全員で乗り越えてきた。そして稼いだ額だってランクにふさわしいものだ。

 バラシ屋を始めたばかりでそれぞれ小遣い稼ぎをしていたって、正直食うに困るようなことにはならない。かつての稼ぎでいくらでも補填ができる。しかし何も道楽のためにバラシ屋をしているのではない。一日でも早くこの商売を軌道に乗せなくてはならなかった。


「とにかくギルドから信頼を得るのが先決だ。冒険者相手よりギルド相手の方がずっと稼げるんだからな」


 そもそも冒険者がまず素材を卸すのはギルドだ。ギルドには毎日大量の素材が集まり、それをバラシ屋に卸している。今のクリスたちの敵は同業のバラシ屋なのだ。ギルドから信頼を得て、他のバラシ屋に卸されている素材を少しでもこっちに回してもらわねば、経営が黒字にならないだろう。


「そうだけどさ、なんかギルドの態度ってこんなに変わっちゃうの? 私たちギルドもそれなりに稼がせたと思うんだけど!」


 ギルドへの不満を口にした途端、ナージュの手元が狂って、ナイフが毛皮を切り裂いた。


「おい、ちゃんとしてくれよ。それはお客様のだからな!」

「分かってるよ……」


 元冒険者だからこそ、バラシ屋に託した素材が駄目にされることへの怒りはよく分かる。バラシ屋に素材を託すのは信頼しているからだ。その信頼を裏切ることは客が離れることを意味している。


「後でアリアに治してもらおう。カエンオオカミならちゃんと治してくれるだろう」


 アリアの治癒術は素晴らしいものだった。すでに素材となったものでも、元が生物であれば完璧に治すことができた。しかしいくら完璧に治せるからと言っても、彼女ばかり頼るわけにはいかない。彼女の治癒術を使った場合、その分素材を傷つけた人からアリアに分け前を譲るという取り決めをしたからだった。


 それから一週間経ち、ようやくオリハルコンで作られたバラシ道具が出来上がった。


「おっし、いくぞ」


 ノミと槌を手にしたクリスは、背後の仲間に声をかける。各々が静かに頷く。クリスは仲間の了承を気配で感じ取ると、ノミの先を黒水晶の表面へと宛がい、そしてノミに槌を打ち込んだ。


 カンッと澄んだ音が作業場に響く。


 クリスの背後で別のノミを手に見守っていたナージュは、オリハルコンで作られたノミがすんなりと黒水晶に入り込んでいくのが見えた。

 少なくとも、オリハルコンが全くの無駄にはならなかったようだ。

 ほっと胸をなで下ろしたそのときだった。

 槌がノミを打ったその数瞬後、大柄のクリスよりも大きな黒水晶全体に、太く長い亀裂が走り、六人の前で黒水晶が砕け散ったのである。


「気を付けろ!」


 クリスが一喝。誰もが気を引き締め、それぞれ身構える。何が起こるか分からない。だからこそ落ち着いて状況を見定めなければならない。それを誰もが分かっているため、みな口を閉ざし、崩れゆく黒水晶を見守った。

 作業場内に結晶が崩れ落ちる甲高い音が響き渡り、埃が舞い、やがて静まる。


「何ともない、か……」


 ミュラーがわずか落としていた腰を上げ、体を起こす。それを切欠に仲間たちも警戒を解き始めた。


「水晶の中には何がある。砕け散った途端に魔力が濃くなったぞ」


 ディオンはいつの間にか取り出した杖を両手で握りつつ、クリスの横へと歩み出る。魔力が濃くなったことはアリアも気付いていて、すぐに作業場内に結界を張る。濃い魔力は人に害を成すことがあるからだ。


「これは、一体……。人、なのか?」


 クリスは呆然と水晶の中にあったものを見つめた。


「何があったの?」


 ナージュも作業場の隅に置いておいたショートソードを拾い、進み出た。

 彼女はそれを目にすると、何度か瞬かせた。大小まばらな黒い破片の中に大柄な人が横たわっていた。大柄とは言うが、それはただの大柄ではない。大男のクリスよりもさらに二回りも大きくて、人の形をしているが、とても人間のように思えなかった。

 さらに肌の色は全身黒褐色で、頭部には山羊のようにねじ曲がった角が二本生えていた。


「魔族か」


 魔術師のディオンが言った。

 魔族は魔界という魔力で満ちた異界に住む亜人種だ。その存在は冒険者なら誰でも知っていたが、滅多にお目にかかれない珍しい種族。そもそも魔界そのものに行くことが難しく、結果として人間と魔族は全く交流がなかった。


「これはガイゼルが持ち込んだんだったな。なら、おかしい話じゃない」


 ガイゼルは魔王を討った。魔王は魔族の王でもあるという。魔王を討ったということは、魔界に足を踏み入れたことに間違いは無いだろう。


「魔族か、それなら魔術研究機関にでも持って行く?」


 魔族のことは分からないことが多い。だから魔族の遺体はそれだけでも貴重な標本となることだろう。


「待て、あいつの額をよく見てみろ」


 ルイが指差す先を目で追うと、そこには化粧の様な白い印が刻まれていた。魔族は黒褐色の肌を持つため、白い化粧をするのだろう。そんな未知の種族への知見を得つつ、その白い印が何か引っかかった。どこかで見た覚えがあるのだ。


「ガイゼルの受けた呪いと同じ印だ」


 クリスが気がつき、思い出しつつ語り出した。


「魔王は命と引き換えに呪ったと聞いている。だから魔王の印を刻んだんだと」

「おい、待てよ」


 ミュラーが口元を引きつらせつつ不自然に笑った。

 それが意味する事に気付くと、その場にいる誰もが信じがたかった。


「そもそもガイゼルが魔王を討ったと認められたのは、魔王の死の呪いを受けていたからだ。そのことはみんなも知っているだろう?」


 当時ギルドの掲示板にガイゼルの偉業と共に彼の受けた呪いについても詳細に張り出されていた。あの額の白い印も、そのときガイゼルが受けた呪いの印として誰もが目にした。


「ガイゼルは魔王を討ったと認められたわ。でも確かにその後魔王そのものがどうなったか、誰も知らなかった。そうだったわね」


 いつも穏やかな笑みを浮かべているアリアですら、目の前の魔王の遺骸に愕然としている。

 冒険者が命を賭けて冒険に繰り出すのは、獣や魔物の素材が高値で買い取られるからだ。つまり討つことではなく、持ち帰ることが最大の目的である。


 伝説の冒険者ガイゼルは魔王を討ち、その遺骸をギルドに収めていたのだ。


 ただの魔族の遺骸だったなら、ギルドに報告して魔術研究機関にでも持ち込めば良かっただろう。しかし魔王だ。その遺骸の価値はただの魔族と比べものにならない。

 濃い魔力を発する魔王の遺骸をディオンとアリアで何重にも結界を張り、布をかけて隠す。砕け散った黒水晶も魔王由来の素材の可能性が高いため、かき集めて魔力を封じる効果のある箱に収めた。


 六人は一端作業場を離れ、魔王をどうするのか話し合うことにした。


「みんなは、どうしたい?」


 クリスは順番に意見を聞いていく。全員がそれぞれ意見を出し、それから話し合って決める。このやり方は冒険者パーティを組んだときから変わらなかった。


「私は魔術研究機関に収めるべきだと考える。魔族はともかく魔王の遺骸だ。貴重すぎる研究材料となることだろう」


 とディオン。


「ギルドに報告書と共に返すべきだ。ガイゼルの遺品でもある。彼の遺品はギルドが保管するって決まりだろう?」


 これはルイ。


「すでにギルドはこれを俺たちに寄越した。なら中身が何であれ、もう俺たちのものだろう? 金を生まないやり方はしたくないね」


 ミュラーだ。


「ギルドの様子を見たいな。彼らでもあれが魔王だったって分からなかったわけでしょう? それを私たちが分かったって、いつ知らせるかって大事だと思う。魔王はそれまで私たちが持っていよう?」


 とナージュ。


「神殿に収めるべきよ。あんな姿となっても彼は魔族の王だったのよ? なら王として丁重に埋葬すべきだわ。研究標本や、素材としてバラすなんて恐れ多いわ」


 アリアが訴えた。


「そうか」


 クリスは悩ましく零す。全員の意見は一致しなかった。ミュラーに促されて、彼自身の考えを口にした。


「俺は俺たちのために魔王を使いたい。あれが魔王だったって俺たちが突き止めたってことは俺たちの評価に繋がるだろう。だからギルドに報告するのは賛成だ。だが魔王が何かの素材として使えるかというと、まず難しいだろうな」


 魔王の存在は意外にも魔族よりも知られている。魔界に住む恐怖の王として、子どもをしつけるために大人が脅しとして口にするためだ。

 だが魔王がいても実際に討ったと確認できるのはガイゼルだけ。過去に討たれたという話はあるが、ガイゼルのような証拠はなかった。

 だから魔王の遺骸を素材として使った記録も技術も無い。だから魔王は素材として使えないのだ。

 だとすると標本として研究機関に収めるか、ギルドに魔王だったからと突き返すか、アリアの言うように丁重に葬るかのどれかだ。


「研究機関に収めるのも、王として丁重に葬るのもふさわしいように思う。だが俺たちが決めて良いことではないんじゃないか?」

「そうね、私たちには荷が重い話だわ」


 アリアが頷く。

 道理で正しくとも魔王は自分たちにとって異界の王でしかない。それを個人の一存で神殿に王として葬ってくれと言っても叶いがたい。神官たちも人である。魔王だと言って渡されても、魔族の遺骸として扱い、彼らがバラしてしまうかもしれない。魔族の遺骸は素材としての使い道がすでにあった。しかも希少素材として高値が付く。


「クリスが決めてくれ。俺はそれで納得する」


 ディオンが腕を組みつつ頷いた。彼は誰よりもクリスを信頼していた。彼なら間違ったことはしない、と。そもそも魔王の遺骸をどうするかなんて、何が正しいのか分からないが。それでも彼の出した答えに、ディオンは気に入らないことはないと分かっていた。


「そうだな、俺もクリスに託す」


 ミュラーがディオンに倣うと、他の仲間たちもクリスを見つめて頷いた。

 この流れもパーティ時代と何も変わっていなかった。

 クリスも口元を引き締めて、みんなを見渡し大きく頷く。


「分かった。なら、こうしないか?」





    ○  ●  ○




「へぇー、今月は四体も卸されたのか」


 取引先の鍛冶屋回りから戻ったミュラーは、帳簿に目を通して感心する声をあげる。


「頑張っているパーティがいるのよ。聞いているでしょ? オリバー・エンディのパーティよ」


 アリアがギルドで仕入れた情報を語る。


「ああ、ガイゼルの親戚だとか言う? もうドラゴンを四体も狩れるようになったんだな」

「パーティランクもS。半年で私たちに並んだわ」

「ひゃー、末恐ろしいな。ま、おかげで稼がせてもらってるから構わねぇけどよ!」


 そのとき作業場から前掛けと両手を血に染めたナージュが顔を出した。


「あ、ミュラー戻った? 丁度良かったぁ。こっち手伝ってよ。手が足りないの」

「えー、俺戻ったばっかりなんだけど……」

「いいじゃない。ほら、着替えて!」


 自分より小柄でさらに女のナージュが血まみれになりながら働いているのを見て、さすがにミュラーも動かざるを得なかった。


「分かったよ。ちょっと待ってろって」

「ありがとー! ミュラーも入ってくれるって!」


 ナージュはミュラーを見送ると、すぐさま振り返ってバラシ作業中のクリスやディオン、ルイに向かって叫んだ。


「そりゃ助かるな。ほら、ナージュも作業戻れよ」


 ナージュは元気よく返事すると、すぐに作業途中のドラゴンの元へと向かった。


 クリスは魔王をギルドへと返すことにした。しかしただで返したわけではない。魔王という貴重すぎる存在に値を付けることはとてもできなかったが、代わりにとある権利を要求した。

 それがドラゴンのバラシ独占だ。

 元々ギルドに収められるドラゴンの数は少ない。年に五体あれば多い方で、バラシたがるバラシ屋もおらず、ギルドからお願いしてバラしてもらっているという実情があった。ドラゴンのバラシはとにかく厄介で、傷つけたら素材としての価値が大分落ちてしまう。

 だからこそ、クリスが独占しようと言ったのだ。

 元々彼らはドラゴンを何度も討ったことがあり、その特性も知っている。万が一バラシ中に傷つけてもアリアの治癒術で完璧に治すことができる。

 自分たちならどこよりも最高の状態でバラすことができるのだ。だからこそ独占を許されると考え、ギルドも他のバラシ屋も認めた。

 元々年に数回あるだけのドラゴンのバラシ。ドラゴンを好んで狩るパーティのおかげで予想以上の多忙を極めているが、そのおかげでようやくバラシ屋として軌道に乗った。


 こうして、六人はドラゴン専門のバラシ屋として広く知られるようになったのだった。

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