第19話 まるで観察日記
「世論はSachiがこの国を治めるべきであるという声が多いが、この国を手に入れるのは」
男はフォークをまるで叩きつけるかのように白身魚のムニエルに突き刺した。
「この私だ!」
男は野生児かのようにムニエルを食べ始める。
「そうです。この国を治めるべきなのは貴方様ですよ」
その様子を見て慌てて秘書が男を宥めにかかった。
「本当にSachiは私を選んでくれるのだろうな?」
「えぇ、開発者が病院で入院している間に工作員がSachiへそう指示を出すプログラムを施したようです。予定通りに事は遂行されております。安心してください」
「ならいいのだが」
男は頭に血が上ったのを落ち着かせようと、ワイングラスに注がれた白ワインを飲み干した。秘書がおかわりを注ぐ。
「しかし、近日中に開発リーダーが職場復帰をするとの話が……」
秘書が男の耳にボソッと話すと、その言葉に男は眉間に皺を寄せる。
「私が総理に任命される前にプログラム改ざんが見つかってしまったら、計画が水の泡だ」
「えぇ。どう処理をいたしましょうか?」
「今度は完全に処分をしろ。死体は私の所有の産廃処理施設の空きスペースにでも遺棄すればいい」
「承知」
「あー。あと、使えない襲撃部隊の捕まった下っ端どもの処分も頼むぞ。口など割らせないようにな」
「かしこまりました」
秘書は男に軽く会釈をすると、部屋から退室する。
「……近日中に私が国の長になる。長年の夢が叶うのだ」
男は注がれたワインを祝杯かのように高々と掲げ、煽るように一気に飲み干した。
***
医者から許可が下りて無事退院となった日。
元々ボコボコにされてからそのまま運ばれて来たので持ってきた荷物なんてほぼ無いに等しいのだけれども、細々と荷造りをするおれ。
その様子を病室の扉のすりガラス上に見つめる人影。
「……」
ガサゴソと紙袋に荷物を詰めながら、おれは何度もチラチラとその人影を見てしまう。
「……」
めっちゃ気になる。
人影の正体はちゃんと分かっている。長谷川さんが用意してくれた護衛の人だ。病室の中へ入ってくればいいのに、どうしてすりガラスからおれの様子を確認しているんだ?
「あのー……」
我慢できずに扉に浮かび上がる人影に声を掛けてしまった。
「はい、何か用でしょうか?」
人影はハキハキとした口調で答えた。
「病室へ入ってきても大丈夫ですよ」
というかそのままだととても気になるから入ってきてください!
「あ、大丈夫です。私が中に入った途端廊下に何か仕掛けられる事態になってしまったら大変なので」
人影はおれの申し入れを丁重に断る。いや、そこでじっと人影が浮かび上がるのがおれにとっては気になってしまう出来事なんですけど!
もしかして俺の様子をすりガラスから観察して観察日記でもつけているんじゃないかとさえ考えてしまう。○月◇日、今日も芽は出なかったとかそんな系統の観察日記。○月◇日、今日もターゲットは冴えて無かったとか書かれているはずだ。絶対に。
そんな事を考えて悲壮感を感じながら、おれは身支度を終え、用意してもらったタクシーで自宅へと戻る。例の人影こと、護衛の人も遠くから見守るらしい。
俺はまた一週間ほど引きこもりリモートワークということになった。まぁその方が護衛の人も仕事がやりやすいだろうという社長からの提案だった。
犯人は捕まったけれどもまだおれへの襲撃はあるだろうし、はたして一週間で全て丸く収まるのだろうか。
そんな事を考えながら、業務用のチャットをタブレットで開く。おれがログインすると真っ先にコメントを寄越したのは田中だった。
《ぜんばいいいいいいいいいいいいいいい。退院おめでどうでずうううううyfはskdfl;あう》
急いでタイピングしているのか何を書いてあるのか全く読み取れない箇所がある。
《早く職場にも来てくださいね! もうシステム管理業務を二人でするのは疲れるんですうううううううう》
《ということだ、結城早く戻ってこいよ》
田中の悲鳴の次に姫野がコメントを残してきた。全く、コイツらはおれに全て頼りきりじゃないのか?
《あと一週間したら戻る。ソレまで耐えろ》
おれのコメントに田中が更に悲鳴のコメント投げたような気がするが、見なかったことにしよう。
業務チャットもここまでにして、作業でもしようかと思ったその時。タブレットにメール着信を知らせる通知音がなった。俺はメールアプリを開くと其処には差出人不明の新着メールが一通入っていた。
「……迷惑メールか?」
そそくさと削除しようと思ったとき、ふと件名を見た。
“Door of truth”
「……」
その言葉がなんだか引っかかってついメールを開けてしまう。
そこにはとんでもないことが書かれていたのだった。
AI内閣総辞職 黒幕横丁 @kuromaku125
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