30.竜殺しの相棒

「さて、次ね」


吐き気と眩暈が収まったことを確認したユリスは次の仕事に移る。


今回の騒動の後始末だ。イルムから状況の説明をされていたユリスが導き出した答えはとても簡単なものだった。


しかし──裏に何かが透けて見える。


 だからこそまずは彼に話を聞くことになるだろう。今逃げるように学園内を走っている彼に。


迷路のようなこの学園の道を知り尽くしたように走る彼が向かう先はユリスが向かった寮とは反対側。そしてその方向には学園の裏口が。


「そこを止まりなさい。レイモンド=カーリス」


「––––がっ!」


飛行するアイから飛び降りたユリスはレイモンドの背中にドロップキックの要領で踏みつけ、地面に叩きつける。魔銃を彼の頭に突きつける。


「ぐっ、なんのつもりだ。私は君を追って」


「嘘も休み休みにして欲しいわ。方向が寮とは反対でしょう。それよりもこちらこそなんのつもり……と言いたいのですが、理由は既に把握しています。


貴方は竜騎士時代の同期であるバルト=アルベジオと竜騎士を解雇した国王への復讐としてその子供であるアリオス君を利用し、彼とリアナさんを殺そうとした」


ユリスはその心を凍りつける程の低く、冷たい声をアスモンドの耳元に突きつけならが上から見下ろす。


ユリスは既に上司であるキリスに連絡を入れ、全ての裏を聞き出している。


冷淡なその何もかも見透かしたような物言いにアスモンドは混乱したようにユリスを見上げる。


「何故そんなことを君がっ⁉︎」


「そんなことどうでもいいでしょう。……その右手が義手だなんて全然気づかなかったわ」


ユリスは感心したようにそう口にすると、レイモンドはその全てお見通しだと言われたことに驚いたように目を見開いた。


すると彼はユリスから離れるために咄嗟に魔法を発動させる。


「グッ!」


「……っ」


ユリスは魔力探知によってレイモンドから溢れ出したその魔力を感じ取り、彼から飛び退いた。


──パン!


しかし、その際逃げられないようにレイモンドの太腿を撃ち抜いた。


「──! これぐらい、なんでもない!」


痛がるように顔を顰めたレイモンドだったが、それを振り払うように幾つもの竜巻を自分の周りに発現させた。


ユリスはその魔法を冷静な目で見ると、懐からもう一丁の魔銃を取り出し、二丁の魔銃を両手で構える。


レイモンドの魔法のことはキリスからの情報で把握している。そうでなくても予想はしていた。湖ゾーンで使われた魔道具の竜巻は恐らくこの魔法なのだろう。


その竜巻は大きさは魔道具ほど大きくないが、その回転率は高く、とてつもない風圧をユリスは肌で感じる。脇道に生える日の葉っぱや花達はことごとく木っ端微塵に散っていく。


 腐っても元竜騎士に上り詰めたことはある。その竜巻を自由自在に動かし、まるで駒の様に竜巻でユリスを囲う。


「生徒如きが、この私に勝てると思ってるのかい?」


「……」


ユリスはその言葉に目を細めた。レイモンドはユリスがなんであるか理解しているようではなかった。そして、恐らくイルムのことも分かっていない。


それはつまり、レイモンドはイルムの襲撃に関与していない、又は知らされていないということ。そうなってくるとレイモンドという人物の立ち位置が分からない。


「……考えても無駄ね。直接聞きましょう」


「──いけっ」


レイモンドの呼びかけに応じるように竜巻はユリスの周りを回転しながら徐々に迫っていく。


 ユリスは魔銃の引き金を引き、魔弾を放つがそれは竜巻の回転によって掻き消される。


魔弾とは所詮魔力の塊だ。それは魔法も同じ。魔力同士の衝突において、基本的により多くの魔力を持つ力が勝つ。


そう基本的に言えばだ。


そんなことで負けていてはユリスは戦場でやっていけないだろう。ユリスは魔力探知を使い、竜巻における魔力のムラに目をつける。


「現役から離れて、三年くらいかしら。訛ってるわね、レイモンド=カーリス」


ユリスはどこか落胆したようにそう言うと、二丁の魔銃から魔弾が放たれる。するとその魔弾は先程と同じように竜巻には掻き消される……ことはなく竜巻を貫通し、背を向けて逃げようとするレイモンドのもう片方の脚に着弾した。


「──なっ!」


レイモンドは何が起こったのか分からず地面に倒れる。両脚から感じる痛覚という熱に驚いたように目を見開き、その魔弾を撃ったであろう竜巻の中にいる彼女を見る。


魔法とは集中力のいる魔力操作によって行える秘技だ。両脚を撃ち抜かれ、ユリスに何か言いようの無い恐怖を感じる今のレイモンドでは魔法を維持することは出来なかった。


 弱まった竜巻の中から現れたユリスは静かにレイモンドに銃口を向ける。


翻る空色の髪が両目を隠し、その髪の隙間から見える眼光は感情を写していない。どこまでも冷たく、まるで氷の結晶のようなその瞳はレイモンドの心を凍てつかせる。


「な、なんなんだ! 貴様、何者だ⁉︎」


レイモンドは混乱したようにそうユリスに叫ぶ。レイモンドも元竜騎士だ。その瞳が何であるか知っている。明らかに一般人でも生徒でもない……そう、それは戦場を知っている目。


彼女から放たれるその冷気は何物でもない純粋な殺気。


「セントラル竜騎士学園第99期新入生、ユリス=クーベルです。教師なら自分が担当する生徒くらい覚えておいて……いえ、もう貴方は教師ではなくなるでしょうし、どうでもいいことね」


ユリスは無表情で何でもなく言うとレイモンドは唇を噛みしめて、彼女を睨みつける。しかしユリスはそんな視線にどこ吹く風。


「さて……復讐の理由は何となくわかるから話す必要はないわ。私が聞きたいのは一つ。あの黒竜のこと誰から聞いたか、話しなさい」


学園の教師だからと言う理由は恐らくありえないだろう。そんなこと知られれば学園の運営を停止する人間が現れるかもしれない。そうなっていないと言うことはこれを知っているのは恐らく学園内で言えば学園長ただ一人。


ならばレイモンドがどこからその話を聞いたのか。それは全く見えてこない。


未だに足掻こうとするレイモンドの後頭部に魔銃を突きつけるとユリスは静かにその引き金に手をかける。


「言いなさい」


「…………『混沌を望む者』、そう名乗る男から黒竜のこともあの左手のことも聞かされた」


「……そんな見ず知らずの男のいうことを信じたと言うの?」


「はっ……バルトに、王国に復讐出来るなら何でも良いさ。男に出会った時から、一度消えかけていた復讐の炎が再び灯ったのがわかった」


レイモンドは不気味な笑みと狂気染みた目を血走らせる。


「あぁ、今なんだと思ったさ。この機会を逃したら私はこの業火に焼かれながら生きていかなければならない。それなら全部消してしまえばいい。


──私の右手を奪ったバルトも! 私を竜騎士からこんな学園に飛ばしたあの国王も! 全部、全部燃やし尽くして終えば、私は……私は……私は………どう、するんだ?」


勢いよく話し出したレイモンドが突然、茫然とした声を出したことでユリスは気味が悪そうに彼を見下ろした。


どう見てもレイモンドの情緒が不安定だ。復讐の先を考えて動揺するその姿はまるで真っ暗な道を突き進む子供のようだ。


正気を失ったように白い顔になったレイモンドを見て、ユリスはこれ以上話を聞くことをできないと判断したのか、小さく溜息を吐く。


 しかし、その瞬間地面に衝撃が走った。ユリスは咄嗟に手をついてしばらくすると、その地震はすぐに収まる。


その地震で、意気消沈していたレイモンドは壊れたように笑い出した。


「はは、は、ははははははっ!! 終わりだ。あの黒竜も復讐に燃えている。この国はもう終わりっが⁉︎」


ヤケクソにも似たその叫び声にユリスは煩そうにレイモンドの頭を踏みつけて黙らせる。


「貴方の……いえ、その『混沌を望む者』の計画通りに行くことはないわ」


「ぐぅぅっ⁉︎」


レイモンドは首を回して、何故だ! というような視線を受けたユリスは肩を空かせて見せる。


「あの黒竜に勝つことのできる男が一人いるもの。


知っているでしょう、戦場に置いて竜を最も殺した者に与えられる称号『竜殺し』。


歴代の竜殺しは全て竜騎士に与えられことしかなかった。けど今代の『竜殺し』は歴代最年少にして史上初のただの軍人。


──イルム=アストルは歴代最強の『竜殺し』、彼が竜に負けるところを私は見たことがないわ」




あとがき


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魔道具の説明を改稿時に14話に付け加えようと思います。


「説明」


魔力の性質を記憶できる道具。魔力には様々な性質があり、それは与える竜や貰う人によって様々だ。しかし、魔力の元は同じものだから魔力の性質を記憶しておけば、他の人がその魔道具に魔力を注ぐだけでその魔法が使えるようになる。


貴族には魔力光などは、とても普及している。

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