29.彼に頼まれた仕事

 イルム達が黒竜と交戦を始めた時、ユリスもまたある意味口戦を始めていた。


空を飛ぶアイの背中に乗るユリスは背後と隣からの抗議の声を聞き流す。


「先生なんてどこにもいないじゃないか! それにイルム君とリアナさんもいない! 戻ろう!」


「そうよ! ユリスさん!」


洞窟を抜けてすぐアーサーは周囲に先生がいないことに気づき、慌てたようにあたりを見渡した。


そこで気を失ったナオとミラを挟んで前に乗っていたはずのリアナがいないことにも気がついた。


そして、その優秀な頭はすぐに事実に気づいたのだろう。


騙されたのだと。


その答えにフレアもまた至ると、二人してユリスを責めるように声をあげた。


 ユリスはその声に耳を傾けることはせず、何よりも早く学園に向かうことを急いだ。イブもまた戻るそぶりは疎か、後ろを振り返ることもしなかった。


残した二人は大丈夫だと信じているから。


しかしそんなこと上級生二人は知らないし、知らされてもいない。


「黙っててください! ……集合場所に着いたら先輩方は先生に事情の説明をお願いします。あと気を失った彼らのことも」


いつも冷静な彼女からは想像できない焦ったように大きな声にアーサー達は驚いたようなに口を閉じた。


「き、君はどうすんだい?」

「……」


ユリスはアーサーの問いに答えない。彼女は今それどころではない。彼女は意思伝達の魔法を発動させ、ある人に連絡を取っていた。


しかし、そのことで逆にアーサーとフレアは冷静になることができた。怒りの言葉を無視されたことで彼等が口にした無責任な言葉と今の状況を再確認したのだろう。


そして彼等は自分の無力さに苛まれることになる。


背後を見てイルム達を心配するがそれと同時にあの黒竜のことも思い出してしまい、その手がぶるぶると震えてしまうのだから。


 それからは静かなものだった。そんな中、ユリスは集中してこれからのことを考え効率化を図る。アイはパートナーの意思を読み、最短距離で最速の飛行を続ける。


 そうして数分という、驚異的な時間で学園まで戻ってきたユリス達は先生や生徒たちが集う場所に降り立った。


「──! 君達! 無事でよかった! 事情はすべて把握している、今あの黒竜に対抗できる教師が向かってる。それと竜騎士要請もしているから、もう大丈夫だ」


そう言っていち早く声をかけてきたのは一人の教師だった。その教師はどこか焦ったように汗をかきながら、アイやイブに乗っている生徒をチラッと見た。


「レイモンド先生……」


レイモンド、その名前にユリスはその瞳を灰色に近い青色まで温度を落とすとキッと睨みつけた。彼は交流会の湖ゾーンで魔法具を操っていた教師。


「……先輩方、後はよろしくお願いします。私は行きます」


ユリスは歯を食いしばり、冷静にそうアーサーとフレアに伝えるとアイの背中からアリオスを乱暴に落とし、飛び去った。


「お、おい! どこにいく⁉︎」


下から聞こえてくるレイモンドの混乱した声を置き去りにユリスは学園内の男子寮に向かった。


「アイ、三階左から二番目の部屋よ」

「グァ」


アイに乗りながらも男子寮の窓際にゆっくり降り立つとユリスはなんの躊躇もなくその部屋の窓を叩き割った。


 その部屋は何の変哲もない男子寮の一室、少しおかしなことがあるとすれば床に赤黒い跡が残っている点だろう。匂いはしないがとても気味が悪いことになっている。


 しかし、ユリスは部屋に入り込むと一直線にベット傍に立て掛けられたその黒剣を手を伸ばす。


「貴方の主人が大変なの。少し我慢してもらうわよ」


ユリスはその黒剣を手に持つと言い知れない気持ち悪さと吐き気に見舞われることになる。


ふらふらとしながらも部屋から出てアイの頭に乗ると、ゆっくりと目を瞑り深呼吸する。


「ふぅ〜、……展開」


ユリスの脳内はまるで波紋が伝わるように白黒の世界が形成される。


透き通るように建物が見えるわけではないが魔力の位置を的確に捉えることができる。


 そして、イルムの手の甲に付けられた特殊な魔力は既にユリスの知るところだ。その魔力の位置を捉えて、そしてアイの頭に手を置く。


「アイ、お願い」

「グァァァ」


ユリスと同調したアイは彼女の意識によってその力を制御される。アイは口が大きく開く。


口内に膨大な魔力が集められていく。その魔力は蒼炎へと姿を変える。


「──ふっ!」


アイの魔力が十分に溜まられた瞬間、ユリスは力強く手に持った黒剣をアイの目の前、正確にはブレスが放出される延長線上に投げる。


ブォォォォォォォォォ!!


そしてその蒼炎は黒剣を巻き込みながら斜め方向に空に向かって一直線に突き進んでいく。ブレスは雲を割き、空に消えていく。


「さて、次ね」


ユリスは黒剣のことなど気にすることなく次の仕事を片付ける。



あとがき


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